第18話 前兆?

「それで、報告は?」


そこは塵一つない、白を基調とした清潔感の溢れる執務室だった。

髪をぴっちりと七三に分けた30代程の神経質な顔立ちの男が、目の前に立つ所在なさげな年配の部下に対して言葉を投げかけえう。


「は……報告では――」


「ふむ」


部下からの報告を聞き、男は豪華な意匠を施された椅子に腰を下ろした。

そして目の前の机に肘をついて口元で指を組み、苦い表情で考え込む。


「タラントの森消失と、巨大樹の出現……一体、何が世界に起ころうとしているのか……」


広大な森の消失と、その後その森のあった辺りに突如出現した天にも届かんばかりの巨大樹。

その二つの異変がリンクしているのは間違いない。

だがそれが何を指し示すのか、男には判断できなかった。


「いかがいたしましょう?サイレス宰相閣下」


「情報が無さすぎて、判断のしようがないな。調査隊の準備は?」


「は、出発は2日後。考えうる最高のチームを編成し、事に当たらせるつもりです」


「駄目だ」


「は?」


「まずは先行調査隊を向かわせろ。編成は能力がそこそこで最低限の仕事が出来る、もしくは能力が優秀でも人格に問題のある者達で固めろ」


「いや、しかし。これ程の異変ですから」


部下の男は暑くも無いのに――それどころか寒いぐらいだ――大量の汗をかき、ハンカチを取り出して額の汗を拭いながら、異を唱え様とする。


だが――


「これ程の異変だからだ。まずは捨て駒を使い、安全と最低限の調査を行った後、本格的な調査隊を向かわせろ」


――それは宰相によって一蹴された。


何が起こるか分からない、未曽有の危険が待ち受けている所に優秀な人材を送り込む事はできない。

彼らを失えば、その補填に軽く10年はかかる事に成るだろう。

一早く異変の原因を突き止めたい気持ちはあるが、これから何が起こるか分からない以上、今優秀な人材を失う訳にはいかなかった。


サイレスはそう考え、部下に安全確保の為の調査隊を先に送る様に命じる。


「但し、先遣隊には十分な報酬と補償を約束してやれ。以上だ」


捨て駒を用意するなど、彼にとっても心苦しい事だ。

だが国の事を思えば仕方のない事。

だからせめて、それ相応の報酬を用意する。

これが死地へ向かう者達へと送る、彼にとっての精一杯の手向けだった。


かしこまりました」


部下の男は頭を下げ、そそくさと執務室から退散していく。

まるでさっさとこの場から立ち去りたくて仕方がなかったかの様な振舞だ。


「やれやれ、この緊急時に自身の感情も制御できないとは。どうしようもない男だ」


逃げる様に出ていった男にサイレスは言葉を吐き捨てる。


彼と高齢の部下は、一度揉め事を起こしていた。

原因は嫉妬だ。

若くして宰相に上り詰めたサイレスに部下の男が噛みつき、結果、彼によって手酷く痛いめに合わされている。


それ以来、男にとってサイレスの存在はトラウマとなっていた。

あの異常なまでの発汗は、極度の緊張から来る物だ。


「しかし……鬼が出るか蛇が出るか。何も起こらないのが理想ではあるが、まあ無理だろうな」


男の苦々し気な言葉が広い執務室に響く。

カレンド王国宰相サイレス。

彼はこれから起こるであろう未曽有の危機に対し、頭を悩ませる事となる。

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