第48話 手を貸す事さえ残酷なんだ

「えーっと、玖我くがくんさ、ハーレム気取りで犯罪者にでもなりたかったの?」

「むしろ今すぐお前を締め上げて、犯罪者になってしまいそうなんだが」

 

 リビングでの状況に困惑し、立ち尽くしている俺の背後から来た明希乃あきのは、あっけらかんと茶化しを入れてきて腹が立つ。

 早くこの厄介な女を、我が家から追い出したい。

 

「じゃあこんなに可愛い子ばかり家に呼んで、しかも一人を泣かせてまで何をしてるの?」

「全員菜摘なつみの友人だし、二人は初対面だ。蓮琉はるを泣かせたのだって、ほとんどお前が原因だろ」

「はぁ? 私のせいにする気?」

「なあなあにしてた俺にも非はあるが、トドメはお前の言い方だと思ってるぞ」

「二人ともやめてよ!!」

 

 喧嘩の仲裁に入ったのは、またもや菜摘だった。

 泣き続ける少女を見ていた視線は、鋭くなってこちらに向けられる。

 

「すまん。蓮琉ちゃんはどうしたんだ?」

「それがうちらにも分からないんすよ。こっちに戻った途端、ボロッボロ泣き出して……」

「マサくんさんのとこでなにかあったんですか? ハルちゃんつらそうでしたけど」

 

 友人二人の話しを聞く限り、どう考えても俺らのやり取りを気にしているのだろう。明希乃の追い出し方も痛烈だったし、少女が受け止めるには荷が重過ぎる。かと言って、明希乃の指摘が間違っているわけでもないけど。

 

「それよりそっちの女の人は誰ですか?」

「え? あぁ、俺の古い友人だよ」

「へー。マサくんさん、浮気とかはダメっすよ? 菜摘泣かせたら、うち許せないんで」

「そんな事態にはならないよ」

 

 いぶかしげな愛華あいかからの指摘は見当違いだが、菜摘と蓮琉に対して誠実であるかは、今は自信が持てない。明希乃が絡まなくても、彼女らをこうして苦しめていれば、友人に恨まれる要素にはなる。

 

「それよりさ、君達はそろそろ帰った方がいいんじゃないか? 結構いい時間だぞ」

「でもハルちゃんこのままにして帰れませんよ」

「気持ちは分かるけど、君らの親御さんだって心配する。学校で会ったら、また励ましてくれ」

「わかりました。菜摘、平気そう?」

「うん。二人ともありがとう」

 

 気まずそうに玄関を出る女子高生達を見送り、リビングへと戻った。多少は落ち着いて見えるけど、まだ蓮琉は俯いたままである。

 

「すごいのね。今時の女子高生って」

「そう言うな。一回り上の世代からしたら、お前だってそう見えたんだから」

「私、全然ギャルじゃなかったけど?」

「じゃあスケバンか?」

「その表現が、すでにオッサン臭いわ」

「なら同い歳のお前はオバサンになるな」

 

 どうでもいい会話でお茶を濁している場合ではない。自責の念に駆られる少女と、フォローしているギャルをなんとかしなくては。

 

「蓮琉ちゃん、君は何も悪くない。この状態が続けられない事に、俺がもっと早く気付くべきだったんだ。本当にごめん」

「……玖我さんは謝らないで下さい」

「乗り掛かった船だし、必ず解決策を見付けるから、もう少しだけ時間をくれないか?」

「もう充分です。私、すごく楽しかったので、これ以上はご迷惑をおかけできません」

「ハルちゃん? もうあたしと一緒は辛い?」

「ううん。これからも学校は通わせてもらうから、菜摘ちゃんとは仲良くしていたいよ」

 

 それが出来るなら、一番良いのかも知れない。無理に俺の近くに居ない方が、蓮琉自身も気が楽だろうし、菜摘とも自然な友人関係が保てる。

 だが本当に、学校には通い続けられるのだろうか。一度辞めさせて、花嫁修業に専念させる程の親だ。交際相手が居ないと分かれば、また結婚を強制させる可能性が高い。

 そんな懸念をよそに、明希乃から語り掛けた。

 

「そうするべきだと思うわ。あなたのお父さんも、娘を憎く思うタイプじゃないし」

「知った風な口ぶりだな。家に閉じ込めようとしたり、見合いを強要する親だぞ?」

「過保護なだけでしょ。自分の手の届く相手の所に嫁に行かせて、安心したいだけよ」

「え、なに? お前本当に知り合いなの?」

「今私が請け負ってる仕事、五影いつかげさんの会社からの委託よ。社長ともチラッと話したわ」

「初耳だな。五影家の会社ってIT系なのか?」

「大手の保険会社よ。ホームページを一新したいって理由で、私に依頼が来ただけ」

 

 なるほど。明希乃はウェブデザイナーとしてそこそこ実績があるし、どんな業種とでも繋がりを持つ可能性はあるか。

 しかし親との面識があって、その上で忠告に来たとあれば、何か吹き込まれているのではと不安になる。

 

「彼女の父親に俺の話でも聞いたのか?」

「何も聞いてないわよ。仕事内容の擦り合わせだけ。その時社内で山内くんに会って、お茶しながら初めて玖我くんの名前が出たわ」

「そうか。それならいいんだ」

 

 親の差し金ではないとホッとしたところで、今度は急に蓮琉が立ち上がった。目の前に居る菜摘が驚くほど、なんの予備動作も無しに。

 

「私もそろそろ帰りますね」

「え、ハルちゃん大丈夫?

 おうちまで送って行こうか?」

「ありがとう菜摘ちゃん。でも大丈夫だよ。

 悠太ゆうたくんが暇してるし、遊んであげて」

 

 精一杯の強がりを見せた黒髪少女は、俺と明希乃に深々と頭を下げた後、静かに玄関の方へ歩いて行く。何か言葉を掛けてやりたいが、彼女の意志が揺らいでしまいそうにも思えたし、何より隣に居る明希乃に服を摘まれている。その意味は当然、黙ってこのまま見送れというものだとすぐに気が付いた。

 菜摘もそれを察したのか、すれ違いざまに作り笑いだけを浮かべて、蓮琉を一人で見送りに向かう。

 

「俺だって空気ぐらい読めるわ」

「空気は読めても、女心は読めないでしょ」

「それは違いないな」

 

 この一件を境に、蓮琉は俺の前に姿を現さなくなった。今まで通り登校はしているみたいだが、連絡も来ないし俺からも連絡を入れていない。


 悪い状況ではないと頭では理解出来ても、感情だけが悶々とした日々は、すでに二週間が経過していた。

 

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