第30話 ……それでいいんだよな?爺さん
「ゆきつ……わぷっ」
何かを言う前に、弁当を手放して俺の唇を奪う彼女。その顔には、一切の表情も見えない。
「……なんで?」
口元が糸で繋がったまま、そう訊く雪常。向こうの床には、
「くるりの事、一番好きって言ったの。ねぇ、どうして?そんな事したって、小戌が一番好きなくるりが悲しむだけなの」
それを言ったのは覚えてる。
「私です。私なんですよ。小戌さんは、自分の足を犠牲にしてまで私を助けてくれました。信じられるのは、言葉じゃなくて行動なんです。それに、私のせいで失ったモノを埋められるのは私だけです。そうですよね?小戌さん」
「ねぇ、小戌。くるりの事、置いていかないで欲しいの。無責任は嫌いだって言ってたの。くるり、小戌になら壊されてもいいと思ってる。だから、また一番好きだって言って?」
互いに互いの話を聞かず、別々の言葉を俺にぶつける。耳には同時に二人の声。まくし立てられて、もみくちゃにされて、しかし俺の頭は意外にも冷静だった。抵抗出来ないことが、逆に頭を働かせたのかもしれない。
「小戌」
「小戌さん」
この状況を、誤魔化すつもりはなかった。
そもそも、誤魔化してどうにかなるようなモノでもないし、なんなら俺は彼女たちの好意をしっかり自覚していると思っている。
見て見ないフリはしない。責任逃れはしない。当事者として、彼女たちの向ける感情を受け止める必要がある。そんな事は、ずっと前から分かってたハズなんだ。
だったら、もう逃げるのは止めよう。どうせ、逃げた先にも似たような試練はあるんだから。今ここにあるモノをどうにかする方法を考えるべきだ。……刹那的だって?バカな俺には上等だよ。それに、先のこと考えて生きられる頭のいい人間なら、こんなに多くを失ったりはしてない。
例えこれから起きる事が、静かでささやかな幸せから遠ざかる行動だとしても。俺は、今の俺のやるべきやりたい事を選ぶよ。もう、充分辛い目にあっただろ。だったら、少しくらいはわがままを言ったっていいハズだ。
……それでいいんだよな?爺さん。
「いいよ。ならお前ら全員、俺のモンにしてやる」
言って、虚ろな目をする2人をまとめて抱き締めた。
「……え?」
「俺は1人、お前らは4人。全員が自分だけを見ろなんて言いやがる。けど、それぞれに良いところがあって、おまけに求める役割はバラバラだ。その中から選べと言われても、無理に決まってる」
「でも……」
口答えされる前に、腕に力を込めて更に引き寄せた。
「だから、全員一番好きでいいだろ。ダメならお前らが諦めろ」
我ながらメチャクチャだ。でも、もしこれをどっち付かずと捉えるヤツがいるなら、俺はそいつをぶん殴ってやる。選べなかったんじゃない、全員を選んだんだ。否定するお前には出来なくても、俺にはそれが出来るってだけだ。
抱えたんだから、もう離す気はない。離れていくならみっともなく追いすがってやる。もしも彼女たちの誰かに「他にも女はいる」だなんて言われたら、そいつが分かるまで説得してやる。俺を舐めるなよ、一生愛し続けてやるからな。
後悔しやがれ、バカヤロウ。どうせ、俺たちは世間の嫌われ者なんだから。一人なんて言わずにみんなで集まって慰めあった方が、よっぽど幸せに生きていられる。
寂しいのは、辛いもんな。
「……本当に、好きなんですか?」
「好きだ。それに、好意を向ける相手を嫌えるほど裕福な暮らしはしてねぇよ」
「一番?」
「そうだ」
本当だ。心の底から、そう思っている。ここにいない累木と隈乃見にだって、まったく同じ気持ちを持っている。俺を好きだと言ったから、俺に優しくしてくれたから。惚れる理由なんて、それで充分だ。爺さんのときから何も変わっちゃいない。
「なら、ひとまずはそれで許してあげるの」
「……そうですね」
こうして、俺は地獄のような天国に。あるいは天国のような地獄に助走をつけたジャンプで突っ込んだのだった。
後悔はしていない。でもそれは、きっと俺がどうなるのかを考えられないバカだからだと思ってる。
ホント、バカでよかったよ。
「よし、そうと決まればまずは……」
「エッチしたい」
「しない、まだしない。ここは病院だぞバカタレ」
それに、また発作的に壊しかねない。
「じゃあ何も変わらないじゃないですか」
「うるさい。腹ごしらえだよ。雪常、そこに転がってる弁当を貰うぞ」
言って、義足を繋ぎ弁当箱を拾い上げると手で掬って元に戻した。床をきれいに掃除してくれているロボットには感謝だ。
「汚いの」
「いいんだよ」
「……ホント、そういうところですよ」
これは食い意地が張ってるだけだけどな。いいように解釈してくれたなら、訂正する必要もないか。
……しかし、自分でもわからない事が一つある。それは、あれだけ嫌っていた『未来に何かを残す』という行為への不安な気持ちが、綺麗サッパリ失われている事だ。だからこそ、こうして関係を改める決意ができたワケだが。
もしかして、記憶と一緒に抜け落ちたのだろうか。だとしたら、俺が覚えていないエピソードの中に、死ぬほど殺したいヤツでもいたのか?次は必ず潰す、みたいな。そんなどデカい恨みを持ったのかもしれない。
……そいつは、一体どんな人間だったんだろう。俺は俺の嫌いな人間を、
なんて、そんなことを考えながら、少し潰れてしまっているカニフライを頬張った。わざわざ朝に作ってくれたんだろう。まだ、少しだけ温かかった。
「ンマイ」
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