第23話 負け犬君が這いつくばるところを見たくてね(深雨視点)

 × × ×


 この学校に来て3ヶ月弱。最初はまとまりの無かったクラスも、ようやくこの俺刀道深雨とうどうみさめを頂点にあらかたのピラミッドを完成させた。中学の頃は全校を支配するのに1週間程度だったから、如何いかに変異人類たちのクセが強いのかが分かる。まぁ、これからじっくり俺の下僕共を使って侵略してやるさ。


深雨みさめ、どうしてわざわざ体育祭に出席を?それに1500メートル走なんて」


 星加有珠ほしかありす、俺の下僕8号。下僕の中でも俺の次に美形な者の一人だ。


「そうだね、なんとなくかな」


 このパンピー向けの爽やかな口調も飽き飽きだ。支配するのに都合がいいとはいえ、スッパリ物事を伝えられないのがかったるくて仕方ない。近道のために使ったはいいモノの、どこで切り替えるかは少し考えものだ。


 閑話休題。


 ……体育祭に参加した理由。そんなの、鷽月小戌の存在に決まっている。


 あの男は、何故か俺に従わない。それどころか、毎朝「おはよう」などと挨拶をしてきやがる。ファティマズ・アカデミー屈指の負け犬の分際でこの俺と対等にでもなっているつもりか?フザけやがって。

 クソ、計画の試行錯誤の最中にうっかり返事をしてしまったのが運の尽きだ。俺としたことが、一生の不覚。


 更にムカつくのが、ウチのクラスの美少女を3人も抱えてやがるコトだ。おかげで俺の下僕が減ってしまっている。度し難い。全くもって度し難い。そんな事、本来なら俺の人生にあってはならない。


 俺は、顔が良くて性に頓着のない上品で下品な人間が好きなんだ。男も女も同じ。とにかく、美しくてエロいヤツ。それが俺が側に置いておきたい人材の条件、他はどうだっていい。性別なんてクソくらえだ。


 だから、ここらであの負け犬に実力の差を思い知らせてやらなければならない。その為に、こんなクソダルいイベントにまで顔を出してやっている。すべての鬱憤は、あいつをた叩きのめすコトで晴らすとしよう。


 しかし、懸念材料もある。それは未だにあいつの変異技能が不明である、という点だ。

 くるりや夜菜や一絵はまったく口を割らず、どういうワケかあいつの技能を知る機会は偶然によってことごとく潰されている。先月の技能テストでも見かけなかったし、おまけにその後ホームルームにも戻ってこなかった。


 どこか、作為的だ。そういうところも気に食わない。天に選ばれたのは俺のハズだろ。不自然に巻き込まれるなら、間違いなく刀道深雨なんだよ。


「よぉ、刀道。お前も1500メートル走なんだな」

「いやぁ、負け犬君が這いつくばるところを見たくてね」


 ……スタートラインに立つと、いきなり話しかけられた。こいつ相手ではせっかくの爽やかキャラが崩れて本音を喋ってしまう。それなのに、悪口の一つも言い返してこないのも本当に腹が立つんだよ。この俺の存在をどうでもいいと思ってるのか?


 ナメやがって、ブチ殺してやる。


「深雨!頑張れ〜!」


 クラスの下僕共が、俺を見て声援を送っている。俺が出るから、負け犬以外のクラスメイトは参加をしていない。つまり、どいつもこいつも俺には勝てないと実感しているという事。崇めろ、カスども。


 そして、1500メートル走は一度に走る人数が最も多い競技なだけあってかなり注目されている。これだけの数の人間が技能で潰し合うというんだから、興味が湧かないほうがおかしい。つまりここで虐殺を繰り広げれば、それだけ俺の評判も広く轟くってワケだ。


「全部で20人くらいか?みんな強そうだぜ」

「大したことないだろ」

「余裕じゃん、流石アルティメット刀道」


 あ、アルティメット?なんだそれは。


「1年1組は俺とお前しかいねぇみたいだ」

「あぁ、そうだね。それがどうした?」

「いや、なんでもない」


 そういって目を瞑ると、負け犬は深く息を吐いてコンセントレーションを高め始めた。他の音は、聞こえていないみたいだ。


「……?」


 不思議に思ったのは、こいつの放つプレッシャーが明らかには異質だったからだ。まるで、戦う気が一切ないような。それなのに、譲る気は一切ないような。そんな、自らの技能によって有利を取る策を練る変異人類において、あり得るハズのない感覚。


「位置について」


 空砲のピストルを構えた生徒が呟く。その時、突然負け犬の姿が俺の横から消えた。なんだ、あいつどこへ。


「よーい」


 そして聞こえる、地面を強く踏みしめる音。気配は、腰より下にある。……ま、まさか。


「行くぜェ!!」

「クラウチングスタートだとォーッ!?」


 瞬間、発砲音と同時に技能を発動する周囲の生徒の下を潜り抜けて、ダッシュで集団をブッちぎる負け犬の姿があった。背中は遥か前方へ。既に、コーナーへ差し掛かっている!


 そんなバカな話があるか!?だって、これはバーリトゥードなんだぞ?何でもありルールで敵を潰さないだなんて、おまけにフライング気味で技能を発動してるヤツだっていたんだぞ!?防御しなきゃ体が吹き飛ぶかもしれないのに、短距離のように不意をついて終わるようなレースじゃないのに!


 コイツ正気じゃないッ!


「クソ!」


 意識のお蔭で僅かに俺が早かったが、走り出したのは周りの生徒たちも同じだ。しかし、その差は既に50メートル以上。おまけに、あいつ普通に走るスピードが速い!


「【スカーフェイス】ッ!!」


 技能を発動して、コーナー終盤の負け犬に狙いを定める。俺も一瞬焦ったが、その速さが命取りだったな。ターンで直線距離が縮まったせいで、技能の射程に入っているぞ!

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