第14話 俺ケータイ欲しかったんだよ!
× × ×
目を覚ますと当たり前のように誰かが居る。そんな異常事態に慣れ始めたのは、累木に衝撃的な告白をくらってから二週間後の事だった。
「まだ7時ですよ。もう少し寝ましょう」
「……いや、いい」
どうやって彼女たちが俺の部屋に入ってくるのかは永遠の謎だ。最初は、密かに内通者がいるんじゃないかと疑ったのだが、考えてみれば俺に男の友達はいないからそれはそもそもあり得ないとすぐに気が付いた。……チクショウ。
起き上がって、歯磨きと洗顔。炊飯器に残っていたご飯をレンジに入れて、味噌汁用の湯を沸かす。
「ところで、今日は日曜日ですよ。お休みですよ、どこに行きますか?」
「どこって、八光さん。何故あなたと出かける事が決まっているんでしょうか」
「いいじゃないですか。休みに友達と遊ぶことに、何かおかしい事がありますか?」
「……いや、ない」
ないけどさ。
……まぁ、いいか。
「ただ、学外に出たって使える金が無いんだ」
「あれ、先週の金曜が給料日ですよね?確か、本来なら翌月末に受け取りですけど、小戌さんが学校に頼んでみたら三万円だけ先に渡してくれるって話になってましたよね?」
何で知ってるとか、訊くだけ無駄。
「教科書買い直したり、夏用のワイシャツ買ったり。あと、貯金とかしないと」
「せっかくの初任給なんですよ?あ、小戌さん、ケータイ持ってませんよね?買いに行きましょう」
「……え?ケータイって、そんなに簡単に買えるモノなのか?お金足りる?」
「口座と印鑑と身分証があれば買えますよ。初期費用も、ローンならいりません」
「じゃあ行く!俺ケータイ欲しかったんだよ!」
まさか、そんなに簡単に手に入るモノだったとは。うへへ。ついに俺も、ケータイを手に入れるくらいにまでいい生活を手に入れたか~。
いや、別に連絡を取りたい相手がいるワケじゃないけどさ。あれ、持ってるだけで人としてのグレードが上がる気がするよな。マジでテンション上がって来た。
「八光のって、どんなヤツなんだ?」
おにぎりを握りながら訊く。塩はまだ振っていない。
「私のはこれです」
そう言って、小さな四角い機械を手のひらに乗せて、空中に映像を浮かび上がらせた。
「ホロの仮想ディスプレイなので、形は好きに設定できますよ」
「……えっ?なにこれ。電話じゃないじゃん。どうやって通話すんの?」
「このイヤホンマイクを耳に付けておくんです」
指差したのは、耳の手前にくっつけてある、ホクロみたいな丸ポチ。凄く小さい。
「すげぇ。俺が知ってんのって、もっと画面をポチポチする感じのヤツだったんだけど」
「スマートフォンは、20年前くらいに無くなりましたよ。というか、どうして知らないんですか?」
「あぁ、俺ってここ来るまでホームレスだったからさ。いや、すっげぇ。こんなの絶対欲しいじゃん」
「ホーム……、え?」
「よし、ご飯食べたら外出申請出しに行こうぜ。確か、当日でも午前中なら審査通ったよな」
という事で、俺たちは電車に乗って新宿へ向かい、モトハシカメラでケータイを買った。やったぜ!
「で、これどうやって使うんだ?」
「仕方ないですね。部屋に戻ったら、私が設定してあげます」
そして、浮かれ気分で部屋に戻って来ると、そこには怒れ気分の雪常と困れ気分の累木が待っていた。
やっべ。
「なにしてるの?小戌」
「デートです。新宿に行ってきたんですよ?そうですよね、小戌さん」
「ふぅん、小戌君は夜菜ちゃんを選ぶんだ」
マズい、また喧嘩が始まる。こいつらの煽り合いからの流れるような喧嘩はもう見飽きたし、その度に俺の部屋の家具が壊れるのが本当に嫌だ。というか、どうして直接言い合わないで俺を通すんだよ。意味わからん。
「け、ケータイ欲しくてさ。付き合ってもらったんだ」
「それ、くるりでもいいの。くるりだってケータイ持ってるし」
「あたしも行きたかったなぁ」
「えっと、そうだ。頼みがあるんだけど、二人も俺に使い方教えてくれないか?あと、連絡先も」
「いえ、私が全部やるのでいいです。それに、私以外の番号は登録させません」
「よし、じゃあ始めよう」
強引に話を押し進めて、早速ケータイの準備を始める。とりあえず、やる事があればそっちに気が向くだろう。
……この学校に来るまで、俺の戦いにリターンマッチは無かった。何故なら、ストリートでは二度と歯向かう気も起きないくらいに徹底的に叩きのめして、完全なる敗北を味わわせていたからだ。
だから自分でも気が付いていなかったのだが、どうやらヒートは同じ相手に仕掛ける事が出来ないらしい。その為、俺はこの三人の喧嘩を止める事が出来ずおまけに巻き込まれれば毎回痛い思いをしなければならなくなってしまったのだ。
その代わり、この二週間で俺は随分と頭を回す事を覚えたと思う。例えば、彼女たちの好きなモノを調べてそっちに話題を逸らしたり、頼ってみる事で気分をほだしてみたり、俺の信念ギリギリの譲歩を行って満足させてみたり。とにかく、彼女たちの争いを止める為の術を覚え始めた。やっぱり、技術ってのは実践で鍛えられる。これ、俺の持論ね。
学校という箱庭では、ひょっとすると俺の最強はあまり意味を成していなくて、評価通り本当に落ちこぼれなのかもしれない。そんな事実に割と絶望して落ち込んだけど、仕方ないから切り替えて今はこの隙間をどうやって埋めようかを検討中ってワケ。
だって、負けるのなんて絶対に嫌だからな。
閑話休題。
「よし、これでセッティング完了か。ありがとな」
礼を言って、ディスプレイを動かす。一番安いヤツだったけど、これでようやく俺もケータイユーザーだ。差し当たって、いつも世話になってる母さんと病室棟のドクターには、俺の連絡先を知っておいて欲しいな。
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