第47話 遠い彼の地から星は想う 4
帰らない。
そう決めた秋尋ではあったが、それで全てが解決したとは思わなかった。
自分がそう決めたからと言って、“十七歳で向こうに帰る”という未来が、変わったとは限らないからだ。
未来の自分はどうして向こう側に帰ることになったのか。それが分からなければ、安心はできなかった。
だから秋尋は聞いてみた。少なからず、未来の自分のことを知っている幼馴染に。
その答えがこれである。
「あー、なんか召喚? 的なことをされたんじゃなかったかなー? 次期国王になるはずだった第二王子が病気で亡くなって、それで国が焦ったんだよね。世界中から精霊に使える巫女やら神官やら呼んで、何日もかけて複雑な儀式とかして、それで呼び戻した……って感じだったと思うよ」
しがない下っ端メイドだったから詳しいことは分かんないわ〜、とけらけら笑う幼馴染の話を聞きながら、秋尋は膝から崩れ落ちそうになるのを必死で我慢していた。
(…………なんてこった。ほぼ強制じゃねーかっ!)
こちら側の意思を無視した強制異世界召喚。
さよならの挨拶ひとつ許されず、往復不可の片道切符で異世界行き。
そしてそのまま帰れなくなったのだ、帰りたくても。ひでぇ話もあったもんだ。
(い、嫌だ、ずえぇっっっったい嫌だ!!!)
本気で勘弁こうむりたい。実の家族と十七年振りの涙の再会とか、そんな綺麗な話じゃねえよこれ。
なんとか回避せねば。でもどうやって?
「あ」
(王様になるはずだった第二王子が亡くなったから、慌てて俺を呼び戻した……って言ってたよな、たしか)
なら、その第二王子が死ななければどうだろうか。
少なくとも、慌てて強制召喚という未来は避けられるかもしれない。
そう考えた秋尋は、そのことを精霊に相談してみた。
「なあ、お前らって、第二王子のことは知ってるのか?」
『知ってるよー』
『リオン・レグルスっていうのよー』
『体が弱いから一日中ベッドの上で寝てるのー』
『一日中お部屋の中なのー』
「はぁあ⁉ 一日中⁉ それじゃ良くなるものも良くならないだろ⁉」
一日中ベッドの上と聞いてまず思ったことは「マジありえない」だった。いかに病弱といえど、適度な運動は必要だ。体力維持には運動が一番。秋尋は意外に体育会系である。
なんとか体を動かすよう、教えることはできないものか……。
そう悩む秋尋に、精霊が示したのは『夢で会う』という方法だった。
『二人は兄弟だから、繋がりやすいと思うのー』
『二人の意識を繋ぐのー』
「そんなことできんの⁉」
『『だって精霊だもん』』
なんとも便利な言葉である。
とまあ、そんな経緯はともかく。
秋尋は異世界アースガルドの第二王子、自分の弟にあたる人物と、うつつの中での会合を果たすこととなったのであった。
広い広い部屋の中で一人、ぼんやりと過ごしている幼い少年。
秋尋はその少年の“中”にいた。
意識の共有とでも呼べばいいのか、秋尋の意識はそこで少年の……弟の意識と共にあった。
(俺の、弟……か)
こちらは繋がっていると自覚しているが、向こうはそうではない。だから、弟が自分に気付くことはない。
それはちょっとだけ、寂しい気もした。
精霊の言った通り、弟は一日中部屋の中だった。外に出て、太陽にあたることさえしない。
(これはダメだろ。ずーっと部屋の中って、そりゃ体によくねーよ)
そうは思っても、あくまで意識を共有しているだけの秋尋には、この体を動かすこともできない。
ただ様子を眺めているだけだ。
「……どうすれば、僕もみんなみたいに元気に走り回ったりできるのかなぁ……」
弟が呟いた。とても小さな、羨望に満ちた声だった。
健康体への憧れはあるらしい。だが、どうすればいいのか、それが分からないようだった。
王子という立場上、宝石のように大切に扱われているのも原因かもしれない。
『動けばいいんだよ。体ってのは、動かないでいるだけでどんどん鈍っていくぞ?』
秋尋は応える。言ったところで、聞こえるわけがないと分かってはいても、言葉にせずにはいられなかったのだ。
するとどうだろう。
まるでその声が聞こえていたかのように、弟はベッドから起き上がり、体を動かし始めたではないか。
(え、嘘。もしかして、通じた……?)
意識を共有していると、こういうこともあるのだろうか……。
だが何はともあれ、動こうとしてくれたのは良いことだ。これで少しでも体力がついてくれればいい。
幸い弟は病弱ながらも根性はあったようで、三日坊主になることもなく、その後も毎日体を動かし続けた。
「はぁ、はぁ………、も、だめ……っ」
バターン!
『おい! しっかりしろ⁉ ああっ、こんな廊下じゃ体が冷えちゃう! 誰かーっ、誰かぁーーっ‼』
「腕を頭の後ろで組んで、足をまっすぐ、そのまま上半身を起こ……お、起こ、……おこ、すぅぅっっ!!?」
『頑張れ! もうちょっとだ! よーしっ! 20cmは浮いたぞ! 昨日より5cm上だ!』
そんな弟を秋尋は常に見守り続けた。
そんな状態が一ヶ月二ヶ月と続き、気づけば一年以上もの時が経っていた。
「はぁっ、はぁっ……、は、やったぁーーっ! お庭一周、ついに走りきったぞーー‼」
『おめでとう! 頑張ったな! 息は苦しくないか? めまいとかないか?』
その頃には、弟も人並みの体力を持つことができるようになっていた。無駄に広い城の庭で、両手を高く天に伸ばして万歳する。
そんな弟を見ながら、秋尋は自分のことのように喜んだ。気分はすっかりアスリートの成長を見守るコーチである。
「こんな風に走れるようになるなんて……、一年前は思ってもいなかったなぁー」
『ほんと、よく頑張ったな。偉いぞ』
いや本当に。体を動かしてくれてよかった。あのままじゃ体力も筋肉もただ衰えていくだけだったよ。
一方的ではあるが、秋尋は共に在るうちに、こんな関係も悪くはないな、と思いはじめていた。
……若干、ストーカー的な犯罪臭を感じなくはないけども。
「凄いや……! 夢の言う通りだ。やっぱりあの夢はただの夢じゃないんだ!」
『え?』
そんなことを思っていた秋尋は、ついで弟の口から出た言葉に、意識だけの状態であるにも関わらず、音を立てて固まってしまった。
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