第45話 遠い彼の地から星は想う 2

 


「…………じゃあ確認するよ。君たちはいったい何かな?」

『精霊だよー』

『妖怪じゃないよー』

『ないないよー』

「…………俺の生まれた国の名前は?」

『アースガルドだよー』

『あきひろは王子様よー』

『王様と王妃様の子なのよー』

「………………ジーザスッ‼!」


  我慢できなくなった秋尋はとうとう頭を抱えて天を仰いだ。


 えーん、夢じゃなかったよー。何だよ、精霊とか異世界の王子様とかさー! 俺はラノベの主人公かっ!!!


 場所を自宅に移し、妖怪(仮)から、勇気を出して初めてまともに話を聞いた秋尋は、その語られた内容のあまりのぶっ飛び具合に本気で泣きたくなった。

 自分の出生を知りたいと言う気持ちに嘘はないが、こんなファンタジーな真実があるなどと誰が思うよ。本気で頭が痛い。うぉおおぉぉ〜〜と言葉にもならない呻きを上げながら部屋の中をゴロゴロ転げ回る秋尋。そんな奇行を楽しげに見ている妖怪(仮)、改め精霊の皆々様。


『あきひろごろごろー』

『私たちもするのー』

『あきひろと遊ぶのー』

『やっとおしゃべりしてくれるのー』

『ずっと無視してたのにね』

『酷いよね』

『ね』

「……ごめんて」


 間延びするのかはっきりするのかどっちかにしてくれ。怖いわ。

 秋尋がずっと妖怪の類いだと思っていたこの謎生物の正体は精霊だったらしい。ついさっきまではぼんやりした光の玉のような姿をしていたが、今は手のひらサイズの小人のような姿で、その背中には半透明の羽みたいなものが生えている。


『具現化なのー』

『こうすると人に見えるようになるのー』

『このほうが話しやすいでしょー』

『人と話す時は昔からこうなのよー』

「便利だな……」


 彼ら曰く、精霊にも色々種類があり、さらには下級から上級などの位もあってそれぞれ姿も多種多様らしい。

 そういう彼らは下級精霊の一種で、これといった姿を持たないエネルギーの塊のようなもの。しかし、その状態だと普通の人の目には映らないという難点があるので、対話の際には分かりやすいよう、姿を具現化しているのだとか。


『こっちの世界は精霊を信じてる人がそもそも少ないのー』

『お話もできないのー』

『アースガルドにはいっぱいいたのにねー』

『でもおかげでいたずらし放題なのー』

『誰も気づかない』

『完全犯罪も可能』

「おい」


 なんか聞き捨てならないこと聞こえたんだが? こいつら普段俺の周りふよふよしながら裏でそんなことやってたの? そういえば前に孤児であることを馬鹿にしてきた奴らが大群の蜂に襲われて大変な目にあったとか、急に校庭の真ん中で脱ぎだして踊りだしたけど「体が勝手に動いたんです!」 なんて下手な言い訳をして誤魔化そうとしたという珍事件があったりしたけど、もしかして犯人、君たちだったりすんの? 肉体攻撃と精神攻撃のコンボとか、鬼か。

 そう思ったけど秋尋はそれ以上聞かなかった。真実は闇の中にそっと置いておく。怖いし。

 それよりも、秋尋にはどうしても彼らに聞きたいことがあった。自分のことを知っているだろう彼らなら、もしかして、と。


「……ねぇ。俺は、さ……。両親に、いらないからって捨てられたとかじゃ、ないんだよね……?」

『違うよー』

『あきひろが生まれた時すごく喜んでたものー』

『いなくなっていっぱい探してたものー』

『あのままあそこにいたら危なかったからー』

『私たちが安全なここに連れてきただけなのー』

「そっかぁ……」


 じわりと熱くなった瞳から涙が零れたりしないよう、秋尋はぎゅっと瞼を閉じて歯を食いしばった。


 よかった。それが分かっただけでも。それだけが、ずっとずっと気になっていたのだから。


「あ、じゃあさ! 俺の本当の名前って、なんていうのかも、知ってり……する?」


 ドキドキ。逸る気持ちで秋尋は精霊に再度、問いかける。


『レギュラスよー』

「レギュ、ラス……」


 口にすれば、それは不思議なほどに体に馴染んだ。


(“レギュラス”……。それが、俺の、本当の名前……)



 “ーーーーレギュラス”

 “ーーーーレギュラス……”



「……あ、」


 その瞬間、脳裏によぎる、懐かしい声。



 “ーーーー見て、あなた。レギュラスが笑ったわ”

 “ーーーーどうしたレギュラス。何がそんなに楽しいんだい?”



 耳をくすぐる柔らかな子守唄。

 いつも頭をなでてくれた大きな手の温もり……。


 それは、たとえ世界を渡ろうとも、決して消えることはない、魂に刻まれた記憶。


「…………っ」


 秋尋の瞳から、我慢していたものがとうとうこぼれた。


 ずっと、ずっと気になっていた。

 俺の本当の家族は、両親は。俺のことがいらなくて、だから捨てたのかなって。

 身元を示すものを何ひとつ持たせずに、施設の職員が探しても名乗り出てくる気配すらもなく。

 俺はそんなに、いらない子だったのかなって。


 でも違った。そうじゃなかった。ちゃんと理由があった。

 生まれたことを喜んでくれてた。探してくれてた。

 よかった。俺は捨てられたんじゃなかったんだ。こいつらに連れてこられただけだったんだ………!








 …………………………ん? ちょっと待てや。








「…………って、そもそもの原因お前らなのかよっっ!!?」

『きゃー』

『あきひろ怒ったー』

『怒ったー』

『血圧上がるぞ』

『ぞ』

「やかましいわ!!!」


 これが怒らずにいられようか。いまだかつてないほどの怒りが秋尋を襲う。

 キャーキャー飛び回る精霊たちは意味が分かっているのかいないのか、秋尋に構ってもらえるのが嬉しいようで楽しげにはしゃぐばかり。


 秋尋はこの日、ずっと気になっていた自分の出自だけでなく、自分を親元から引き離した誘拐犯の正体まで知ったのだった。


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