第23話 他人の恋バナほど楽しいものはない

 


「………………」


 語られた内容に、周りは声もなく黙りこんだ。


 ウェルジオ・バードルディは、剣術大会での功績が認められ、正式に騎士としての立場を得た。

 若いながらも実力があり、国の宰相を務める父の仕事を手伝うこともある。


 ゆくゆくはアースガルドの次期国王となる、第二王子リオンを支える立派な側近となるだろうと、皆が認める人格者だ。

 そんな彼が、わざわざパートナーを務めるようなご令嬢……。


「美容の知識に優れてるって話も聞いたな。ほら、最近町の一角にできた珍しいお茶を出すカフェ。あれもアヴィリア様の発案だって話だろ?」

「あれか!? 最近やたら女どもが行列を作る店って言う……」

「うちのお袋も行ってるな……」

「知ってるかお前ら……。たまに食卓に並ぶコロッケもその方が発案らしいぞ?」

「まじで!?」


 噂じゃ身分を笠に着るような性格で、自分を飾り立てることにしか興味はなく、周りの人間など一切気にも留めないという話だが……。


「この前、パーティーに参加してた奴らが話してるのを聞いたんだけど……、もうすっげえ仲睦まじいって感じで、参加者みんな、二人のダンスには思わず魅入ったって話だぜ?」

「聞いた聞いた。初々しいカップルみたいだったって」

「一緒に見学に来るくらいだし、セシル様との仲も本当は良好なんじゃないか?」

「バードルディ公爵とヴィコット伯爵は旧知の仲だし……」

「ぇ、………………なにそれ、秒読み……?」

「「「…………………………」」」


 思わず顔を見合わせる男たち。これらのピースによって組み立てられる答え、それは。


「……いやいやいやどうかな、それはどうかなっ。アヴィリア様はしっかりしてそうな感じだったけど、なんか年下の男の子を見てるって感じだったぞ?」

「ウェルジオ様は真面目なぶん、ちょっとお堅いからなぁ……」

「仮にまとまっても「結婚までは交換日記で!」とか言いそうな感じだよな!」

「うわ、言いそう」

「うわ、進まなそう」


 目の色を変えてはしゃぎ出す男たち。

 剣だの弓だのを腕に抱えながら表情はこれでもかというほどニヤけている。

 お前ら、さっきまで信じられないとか言ってなかったか……?


 仕方ないじゃないか。城に勤める兵士が集う宿舎なんて、浮いた話もなければ娯楽も少ない。そんな奴らにとって他人のゴシップはまさに最大の娯楽だ。しかもそれが恋バナだというのなら尚更楽しいというのが人間のさが。

 ただし自分以外の他人に限る。え、自分? そっとしておいてくれ。


「本人たちに痺れを切らした父親たちにまとめられるに一票!」

「いーや! セシル様に焚きつけられて話が進むに一票だ!」

「甘い! ウェルジオ様の男らしさにアヴィリア様が落ちる! これだ!」

「俺は逆だ! アヴィリア様の優しさにウェルジオ様が我慢できなくなるに一票!」

「いやいや君たち、伯爵の溺愛っぷりを知らないのか! 俺は伯爵に邪魔に邪魔されてキレたウェルジオ様がアヴィリア様を攫い出すに一票だ!!」

「おお――――――……!!」


 パチパチパチ。

 思わず柏手が鳴り響く。盛り上がる彼らの周りはどんどん熱気が上がっていく。夏だというのに全く暑さが気にならないのは、自分たちも同じように熱くなっているからか。


「景品はどうするよ?」

「食堂の一番高いメニューでどうだ?」

「給料一ヶ月分」

「きっついなそれ」


 話の内容がどんどんヒートアップして行く。


「――――――楽しそうだな……、お前ら」


 と、突然背後から降ってきた地の底を這うような低い声に、全員身体が石のように固まった。

 何故だろう、さっきまでの茹だるような暑さが真冬のようにどんどん冷え切っていく……。


 勇気を振り絞ってそぅっと後ろを振り返れば、そこには凍てつくように冷たいアイスブルーの瞳を携えて、今もっとも会いたくない人物が立っていた。


「うぇ、ウェルジオ……さま……」


 腕をゆるく組みながら一歩一歩ゆっくり近づいてくる姿は見惚れるほどに優雅で完璧だが、今はその足音が地獄へのカウントダウンにしか聞こえない。


「この暑さの中、元気だなお前ら……。よほど体力が有り余っているようだね」


 にっこり。


 まるでそんな副音声が聞こえてきそうなほどに、世の令嬢たちが見れば誰もが頬を染めてその身を熱くするだろう美しい微笑みを向けられるも、その瞳の冷たさは変わらない。

 それを正面から受け止めた彼らはまるで氷の中に捕らわれてしまったかのようにその身が凍りつくのを感じた。

 聞くところによれば、彼の妹君はその視線の鋭さで人を石のようにしてしまうと言うではないか。

 なんだ? バードルディの人間には不思議な眼力でも備わっているのか……?

 わかっているとも。これはただの現実逃避だ。


 彼らの目にはしっかりと見えている。

 氷の微笑みを浮かべる美少年の背後に佇む恐ろしいハデスの姿が。


「演習場100周!!」

「「「喜んで逝ってきまーーーーすっ!!」」」


 冥府への切符を渡される前に彼らは脱兎のごとく駆け出した。


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