第18話 ふたつの世界

 


 ドクリと心臓がはねた。

 声が震えていることが自分でもわかる。


「どういうこと……、他にも……って? あ、でも……いた、って……」


 過去形で言うということは、今はもういないってこと……?


「俺も、知ったのはこの一年の間になんだ。君のことを知ってから、そういう存在が他にもいるかもしれないと思って、俺なりに調べてみたんだ」


 正直、驚いた。

 この世界に転生を果たしてから二年近く経つけれど、私は一度もそんなこと考えたことがなかった。

 自分以外にもいるかもしれない、なんて。


「アヴィリア、君は不思議に思ったことない? ふたつの世界は、世界観がまるで違うのに、共通しているものが多すぎるって……」


 ドクリ。また心臓が音を立てる。


 図星だ。転生して二年、何度も何度も思ったことがある。

 動植物の名前から食材まで。調理に使われる調味料に至っては呼び名も使い方もすべて同じ。

 今まではそこまで不思議に思わなかった、この世界にもあるんだな、くらいしか。


 でも、レグに言われて初めて思う。

 それはあまりにも、おかしいんじゃないか、と。生み出される工程も、何もかも違うのに、同じものが出来上がるなんて。

 紅茶の品名なんていい例だ。茶葉の名前は作られた地名に由来するものが多い。なのに、この世界でも同じ名前なんて、確かにおかしい。


「調べててわかったのは、それらをこの世界で初めて作って世に出した人物はそれぞれ別人。生きた年代も全く別の、なんの繋がりもない赤の他人だった……」


 国外でも多く使われている調味料の数々は、かつてある行商人が開発して売り始め、あちこちに広めたもの。

 子供から大人まで幅広く愛されるクッキーやケーキなどのスイーツは、かつてある一人の菓子職人の手によって生み出されたもの。


「でもね、彼らは自らの作ったものに対して、同じような言葉を残しているんだ」



『これはこことは違う、遠い遠い国のモノなんだよ』と――――――――――。


 それはいみじくも、私が「月が綺麗ですね」という言葉の意味をウェルジオに語ったときに使った言葉と同じもの。


「じゃあ…………」

「そう。彼らも多分、俺たちと同じなんだ」


 どんな形で繋がりを持ったのかはわからないけれど、彼らは確実に『あの世界』を知っている。


「俺が、君にどうしても会いたかったのも、それを確かめたかったからでもあるんだ……。現状を見る限り、今は俺と君だけしかいないと思う……。ふたつの世界の繋がりは何なのか、どうして俺たちみたいな存在がいるのか、肝心なことは何も分からなかったからさ」

「それは私も同じよ。残念ながら答えられるようなことはないわ」


 私の感覚で言うなら、本当に「目を覚ましたらここにいた」という感じだ。

 仕事帰りに交通事故にあったことは覚えている。そして次に目を開けたら、私はアヴィリアだった。

 幸いにも、それらを前世の記憶として思い出した形だったから「ここはどこわたしはだれ」なんていう状況にはならずに済んだけど。


「その事故に原因があるとか?」

「それはどうかしら……。こう言ってはなんだけど、向こうじゃ割と頻繁に起こる部類の事故よ? これが原因なら、この世界は今頃転生者でごった返してるわ」

「うーん、何か特殊な状況だったのかな……」


 口元に手を当てて考え込むレグを尻目に、私はすっかり冷たくなったミントティーをカップの中でゆらゆら揺らして眺めていた。



 広沢咲良の最後は、しっかりと覚えている。


 仕事帰りの途中で、大きなトラックがすごいスピードでこっちに突っ込んでくるのを見たのだ。

 それで私、とっさに『危ない』って思ったのよ。このままじゃ轢かれちゃうって。だから、必死に手を伸ばして――――。


 ……………………あれ?


(手を、伸ばした…………?)


 なに、に?








 ダ  レ  に  ?









  『――――――――――――   ッ!!』








「……っぃ!!」


 突如、頭の中に響いた強い声に、今までにないほどのひどい頭痛を感じた。

 思わず頭を押さえてうずくまれば、異変に気付いたレグが慌てて声をかける。


「どうしたの!?」

「ぴ!? ぴーっ、ピピィ!?」


 私がうずくまったことで、肩の上でくつろいでいたピヒヨがころんと落ちた。

 心配そうに鳴く声が聞こえるが、それらに答えている余裕はなかった。

 ガンガンと、頭の芯まで届くような痛みに何も考えることができない。まるで脳みそをまるごと締め付けられているみたいに。


「……ぅうっ」

「ピピィ! ピピィ‼」

「ちょっと待ってて! すぐに誰か……」


 おろおろと慌てる彼らの声を意識の端っこでなんとか拾う。


「おいっ! そこで何をしとるっ!?」


 そこに響く、第三者の声。

 自分のよく知っている声だ。その強面の見た目とは裏腹に、お父様にもお母様にも、屋敷のみんなからも好かれてて、いつも頼りにされてて頼もしい、みんなのおじいちゃん。


「……ル、じぃ」


 その姿に安堵して、ほっと息をつく。

 心なしか、痛む頭が和らいだ気がして……。


「レグ!? お前何故ここにいる!? 10人の見張りはどうした!?」

「げっ、じぃちゃんっ!?」



 続いた言葉に全部まるごと吹っ飛んだ。



「…………はい?」




 ナンテ?


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