高校生百物語

白銀 来季

第一話 ついに始まる高校生活

1-1 ついに始まる高校生活

ー 四月某日


 彼らはこの日、朝日に照らされたこの目新しい体育館に集められた。春にしては暑苦しい館内だったが、それは、彼ら新入生たちが、身体から湧き上がる熱気を抑えられずにいたからかもしれない。

 そう、今日から誰もが憧れる高校生活が始まる。いや、正確には、これから誰もが憧れる高校生活づくりが始まるのだ。


 え、新生活とかめんどくさくね。

 正直言って、中学校戻りたいよね。

 もう早く帰りたいー。


 などと、いかにもめんどくさそうに、あるいは一歩引いてますから、と言わんばかりに話す彼らも、総じて結局心踊らされていることを彼は知っている。なぜなら、他ならぬこの彼も、中学生からの馴染みにこうやって、やれやれ疲れたな、などと言いたげな笑顔を向けているからである。


「でも、私はこれからの高校生活楽しみだけどなー。」


 いや、俺もそう思ってるけど・・・、そんな風に楽しみにしてるの、なんか恥ずかしいじゃん。


「そっかー、俺はちょっと憂鬱だなー。」


 実際、ちょっと暑苦しいのは嘘じゃない。だが、それは今この瞬間の話であって、これからの高校生活が憂鬱だなどという考えは、俺の頭には一切浮かんでいない。


「えーなんでー。新しい友達だってできるし、高校は行事も大規模で、中学よりよっぽど盛り上がるらしいし、しかも華の高校生なんだから、恋人の一人や二人できるかもよ?坂上、顔はいいんだからさ」


 めちゃくちゃ楽しそうじゃん、俺は素直にそう思った。だがその素直さを、俺は表には出さない。それは思春期特有の考えなのか、若者にある、いわゆる痛い’逆張り精神’なのかはわからない。しかし、実際問題それを恥ずかしいと思ってしまうのだから、俺にはどうすることもできない問題だった。


「お世辞ありがとな。ま、明日からもよろしく、早見。」


 隣に座る腐れ縁が、大きなため息をつきながら、こちらへ気怠そうな目を向ける。


「坂上は、その卑屈なとこさえ治ればなー、惜しい・・・。ま、こちらこそよろしくね。」

 

 うっせー。


 俺たちがそんな会話を繰り広げているうちに、入学式は開会を迎えた。プログラムの最初は、学園長の挨拶。何やら個性的なスーツに身を包んだ、いかにも、な人物が舞台に登壇すると、前に座っていた教員たちは彼を拍手で出迎えた。

 司会のこれまでの雑多な説明は、俺も早見も話半分という感じで、まともに聞いてはいなかった。それは何も俺たちだけに限った話ではなく、ここにいる新入生の大半が同じような状況であったが、この時だけは違った。それもそのはず、この学園長、マイクの電源を入れた瞬間、けたたましいハウリング音と共に、大きな声であることを宣言したのである。


「諸君!狂いたまえ!」


 ・・・? 


 困惑する新入生たちをもろともせず、学園長は続ける。


 「この、高校という場所に青春は存在しない!あるのは時間だけだ。じゃあ青春はどこにあるのか、それは、諸君らの中にある。だから、何も考えずに生きていても青春なんてものはやってこない。そして、そうやって時間を浪費した大人たちは言う、高校生活に青春なんてない、夢を見るのはやめろと。でもそれは違う!青春は作り、共有するものだ。部活だって行事だってなんでも構わない。この高校という膨大かつ短い時間の中で、諸君らが、これだけは譲れないというものにぶつかったとき、周りから無理だ、できっこないと言われたとき、そのときこそが、君の青春の第一ページ目だ。諸君らには、ぜひそこから決意の一歩を踏み出してほしい。もちろん、代償は大きいだろう。幻想にしがみつく馬鹿者だとか、自分の能力を理解できていない愚か者などと蔑まれるかもしれない。しかし、頑張る姿というものは必ず誰かを惹きつける。そして、その誰かが必ずまた誰かを惹きつける。そうやって、個々の中の小さな青春が現実を変えていく。そして、その現実こそが諸君らが永遠に忘れることのない、色あせない青春として共有されるのだ。この世界は足の引っ張り合いだ。なにも成し遂げられなかった人が、成し遂げられるかもしれない人を、成し遂げられないような人間にしてしまう。私は、それが悲しくて堪らない! そう、一歩踏み出せない人間なんていない。踏み出せないと思うのは、そういった過去に失敗した人間たちの、助言という名の縄に縛り付けられているからだ。さあ諸君よ、君たちを縛るものはもうなにもない、思う存分、その小さな青春を、この時間だけがある学校を、自分たちだけの大きな青春に変えてくれ。それができるのは、世界でたった一人、諸君らだけなのだからな。」


 あっついなー、この先生。


 「さて、ここで最初に言った言葉を思い出してほしい。これは、かの有名な幕末の思想家、吉田松陰の言葉だ。君たちは、狂ったように自分のやりたいことを追い続ければいい、常識などに囚われるな、きっとその先に、まだ誰も知らない青春が待っていることだろう。」


 勢いに圧倒される全校生徒を尻目に、学園長は熱狂的な演説を締めくくった。


 ―――。


 静まり返る体育館。ここに座る全員が、誰かがなにかを起こすのを待っていた。そんな状況を見て、俺は、先陣を切って拍手でもしようかと手を持ち上げたが、ちょうどその時だった。脇に立っていた、若々しくカジュアルな服装の男性が、両手を腰の位置まで持ち上げて、拍手の口火を切ったのである。その音は、瞬く間に館内全員の拍手へと増幅され、体育館は一気にその渦に飲み込まれた。学園長は、微笑みながらこちらに向けて一礼すると、舞台を後にした。その様子を見た俺たちは、その間も拍手を止ませることはなかった。


 やれやれ、という顔をしながら、仕方がないと言わんばかりに拍手をしている自分をよそに、俺は、これから始まる高校生活に心を躍らせた。


― こんな風に、彼らの高校生活は始まる。これはある国の、ある高校の、ある世代の、しがない高校生たちが描く物語である。それがどのような経過をたどり、どのような結末に至るのか、それは誰にもわからない。ただ、彼らが全力で駆け抜ける三年間は、間違いなく「青春」であるといえるだろう。

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