06 同居
「ここがカズキの部屋かぁ。
へぇ男子の部屋ってこんな感じなんだ。ふむふむ……」
部屋に入るや否や、ミオンは室内の物色を始めた。
そして気になった本でも見つけたのか、それを本棚から手に取ろうしている。
しかし、指先が透けて本を掴むことができない。
頑張れば少しだけ触れることができるようだが、完全には引き出せない。
ポルターガイストのように、カタカタと本を揺らしている。
「うーん、この! この! うまく行かないなぁ。……あっ」
「これが読みたいの?」
僕は見かねて、代わりに本を取り出してあげた。
「……ありがと」
「幽霊だけど、モノに触れることはできるんだね」
「うん、触ろうと思えば触れる。けど、ほとんど力はないよ。
紙やペンなら、ギリギリ持てる程度かな。
本になると無理っぽいね。今みたいに。
あとモノに触るとかなり疲れるから、基本はやりたくない」
彼女は幽霊なので、肉体はない。
なので肉体疲労というよりは精神疲労する感じなのだろうか。
幽霊はいわば精神体。
その精神が疲れるということは、自分の存在そのものを削っている可能性がある。
完全に消耗しきったら、おそらく彼女は消滅する。
なるべく彼女を疲れさせないように、僕がフォローする必要がありそうだ。
「これ少年マンガだけど、こういうの好きなの?」
「本はよく読むけど。少年マンガはあんまり読んだことないかな」
冬坂さんは教室で文庫本を読んでることが多かった気がする。
「ページをめくるのが大変なら、僕がめくってあげようか?」
「ありがと。でも大丈夫。それが読みたかったワケじゃないから」
「あ、そうなの。じゃあ、なにが読みかったの? 代わりに取るよ」
「奥にエッチな本があるかを、ただ見たかっただけ。
それ読まないから戻していいよ」
そう言って、他の場所を物色するミオン。
「…………」
ミオンのためにページをめくってあげようと、気遣いをしたことがあほらしく思った。
「男子ってエッチな本を部屋に隠してるんだよね?
カズキはどこに隠してるの? 教えて」
「そんなのないよ」
もしあったとしても、教えるわけがない。
「うそだー。年頃の男子はみんなもってるって聞いたよ」
「みんな持ってるかもしれないけど。必ずしも全員ではないってこと」
僕は手にしていたマンガ本をパラパラとめくる。
久しぶりに読み返したくなった。
僕は机に座って、マンガ本を読み始める。。
ミオンはごちゃごちゃと独り言をもらしながら、エロ本探しにいそしんでいた。
僕が一冊読み終えて顔を上げると、ミオンは僕のベットで寝ていた。
どうやらエロ本はないと諦めてくれたようだ。
しばらくして、夕食ができたと母に呼ばれる。
僕は部屋を出て台所に向かう。
ミオンもベットから起きて、なぜだか一緒についてきた。
当然ながらミオンの分の夕食は用意されていない。
そもそも幽霊になった彼女は飲み食いができない。
案の定、ミオンはただ食事風景を羨ましそうに見ていることしかできなかった。
「く、これは拷問ね」
いまにもヨダレをたらしそうなミオンが、僕と両親の食事風景を見ている。
基本はお腹が減ることはないが、誰かが食べているのを見ると減るらしい。
「部屋に戻れば」と言いたかったけれど、両親が一緒だったので出来なかった。
幽霊と会話をしていたら、頭がおかしくなったと思われてしまう。
結局、ミオンは最後まで僕たちの食事を見届けた。
部屋に戻るとミオンは力尽きたようにベットへとダイブした。
そして「お腹減ったぁ」と悶えていた。
なにがしたかったのか良く分からないけれど、なんだか可愛らしく思った。
それから僕はパソコンを起動して、適当にネットを見て過ごした。
その間、ミオンはずっとベットで寝ていた。
幽霊も寝るんだなと感慨にふけつつ、僕はこっそりと部屋を抜け出す。
ミオンに気付かれないように、なるべく音を立てずに。
なぜこんなことをするかというと、彼女が付いてこないようにするためだ。
一度、彼女はトイレにまで付いてきたことがある。
僕は一人で個室に入り鍵を掛けた。
しかしミオンは幽霊なので、扉をすり抜けて侵入してくる。
狭い個室で、彼女は僕の目の前に立ち「おかまいなく」と言う。
股間をじっと見つめられた状態で、用を足すことができるはずもない。
僕が「出て行け」と言うと素直に出ていく。
だが出て行ったと見せかけて、また侵入してくる。
これを彼女は面白がって数回、繰り返した。
もう勘弁して欲しいと思った。
だから彼女に気付かれないように、僕は一人で風呂場に向う。
ようやく一人になれて、僕は一息をつく。
部屋に女子(幽霊)がいると気が休まらない。
ずっとベットで寝ているとはいえ、気になってしまう。
ミオンはたまにふらりとどこかに消えることはあるが、基本的に僕の近くにいる。
脱衣所で服を脱ぎ、浴室へ入る。
そして僕は体を洗い始めた。
すると、
「ちっちゃいね」
僕の股間を覗き込むようにミオンが呟いた。
僕は手で股間を隠しながら飛び跳ねる。
「うわぁ、なんでここにいるんだよ!」
「カズキのチンチンの具合を見ておこうと思って。
ねえ、隠さないでもっと見せてよ」
悪びれる様子もなく彼女は言う。
「やだよ!」
「ヤる時に、どうせ見せあうんだし。
今、ワタシに見せてくれてもいいじゃん。
なんなら、ワタシが先にみせようか? チラチラッ」
ミオンは制服のスカートめくって、パンツを見せ付ける。
「だから、そういうのはやらないっていってるだろ。
いいから、出ていってくれよ」
「わかったわかった。
でも、そのまえに大きくさせた状態を見せて。
それを見たら出て行くから」
「はあ? なにを?」
「だから、勃起したチンチンを見せて」
「…………」
僕は言葉を失う。
ミオンは死んだ拍子に恥じらいという言葉を忘れてしまったのだろうか。
僕が黙ると、ミオンは心配そうに顔を覗き込んでくる。
「あれ? もしかして怒っちゃった?」
「いや、呆れてただけ」
たしかミオンはエロスの伝道師を自称していた。
清々しいまでにお似合いの称号に、怒りよりも笑いが湧いてくる。
「ごめんね、出て行くよ。
ワタシが嫌われたら、詩音がエッチしてもらなくなっちゃうもんね。
お詫びに良いことを教えてあげる」
「良いことって?」
少しだけ嫌な予感を覚えつつも訊ねる。
「女子も勃起するよ」
そう小声で言うと、ミオンは浴室を出て行った。
「…………」
僕はしばらくの間、そのまま立ち尽くした。
ミオンが再び戻ってこないことを確認しつつ、ミオンの言葉の意味を考えていた。
勃起という言葉は、男性器に対して使われることがほとんどだ。
しかし「力強くと起こり立つこと」という意味もある。
近い意味の言葉では「奮起」がある。
「奮起」の変わりに「勃起」を使っても、あながち間違いではない。
つまり「女子も奮起する」と言い換えられる。
人間なら誰しも奮起することぐらいある。当たり前の話だ。
くだらない言葉遊び。
きっと僕に性的な言葉をぶつけることで、自分の目的を叶えようとしているのだろう。
残念だけど、僕にはその気はない。
納得できる答えを導き出せたことで、僕は落ち着きを取り戻した。
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