第118話

「……」

「……」


 空気が重い。

 放課後の校内はとても静かで、二人分の足音がよく響く。


「……」

「……」


 どうしてこうなった。

 さっきまで、特別教室で綾小路君と歓談に興じていたというのに。

 全ての元凶は雑誌だ。

 校則にうるさい玲明は、当然ながら漫画雑誌の持ち込みを禁止している。「学校の品位を下げる行為」に当たるとして、発覚した時は風紀委員会が指導することになっている。

 だから、校内巡回中だった楓先輩にそれを見つかった俺は、事情を聞かせてとこうして連行されているわけ。

 参ったね。

 普段は人もいないし通り過ぎるだけだったのが、大きな話し声が聞こえてきたので念のため確認に入室してきたらしい。

 要するに、自業自得です。

 幸いだったのは、綾小路君は不問とされたことだろうか。

 普通なら二人とも連行されるのだろうけど、今回は持ち主である俺だけついてくるように言われたのだ。

 生徒会だからかな。

 綾小路君を巻き込まなくて済んだのは助かったけど、何とも複雑な気持ちだな。


「……」

「……」


 後ろをついて歩くこと数分、中央棟から高校の教室がある北棟へとやってきた。

 普段はあまり馴染みがないけれど、食堂や化学室等の教室はこちらにあるので、来たこと自体は何度かある場所だ。

 とはいえ、高等部の校舎に中等部生が行くというのは結構ハードルが高い。基本的には用がなければ行かないよね。


「…………」


 静かな校舎の階段を登る。

 空気が重いよ、誰か助けて。

 そういえば、楓先輩と話をしたのは初等部の卒業式での一幕以来か。あれ以降、風紀委員会——というか、楓先輩との接点は当然ながらまるでなかったから。

 お互いの立場を考えると、表立って話をするのも難しいし。


「……」


 ただ、卒業式に話した時に「困ったことがあったら連絡して」と、連絡先を教えてもらっていたから、悪く思われてはいないのかなとは思っていたのだけど。

 まさか、その「困ったこと」が起きたのが、漫画の持ち込みが見つかって連行されている今この時だとは予想出来なかったね。

 気まずさマックスである。


「着いたわ」

「……」


 北棟の最上階へやってきた。

 廊下の奥まった場所にあるその扉には、「風紀委員会室」と表札がついている。

 生徒会と比肩する組織なのに、専用のフロアがあるこちらと比べて、些か地味な佇まいだと率直に思った。


「さあ、入って」

「失礼します……」


 楓先輩が扉を開けて促すので、大人しく中に入る。

 思ったより奥行きがあるのか、廊下の外から見る印象と違って、室内は広かった。

 応接用のソファと長机を並べて作られた島が二つ。


「おや」


 そのうちの一つ、手前側の島に座りながら顎を触っていた風紀委員長の豊栄先輩が、不思議そうに首を傾げていた。


「小千谷さん、彼は?」

「週刊誌を持ち込んでいたので連行しました」


 楓先輩は答えながら、手前の島の机に没収した雑誌を置いた。

 パトロールに出ているのか、室内の人は疎らだ。というか、手前の島には豊栄先輩以外に誰もいなかった。

 奥の島——高等部の風紀委員会だろう——には、数人の生徒が座って作業をしているが、顔見知りの人もちろんいない。

 それどころか、俺の姿を見るや険しい表情で睨んできた。怖いよ。

 味方が誰もいない。

 アウェイだ……。


「我々は生徒会相手であっても平等に取り締まる……という標目を一応掲げていますが、これはまた『大きい魚』を釣り上げたものですねえ」


 豊栄先輩は俺の顔から目を離さず、しみじみと呟く。

 と、楓先輩はすっと目を逸らした。


「彼は話のわかる方だと思いますので」

「ふうん?」


 そんな彼女の姿に、豊栄先輩は口の端を吊り上げて意味ありげに微笑む。


「……何ですか」

「いいえ? まあ、ここまで大人しくついてくるくらいですから、珍しく殊勝な生徒であろうことは分かりますけどね」


 それ褒めてる?

 というか、この人さっきから会話の最中も含めてずっと俺のことをジロジロ見てくるんですけど。

 露骨に値踏みされている。

 きっと、「珍しく殊勝な」の前には「生徒会にしては」という枕詞がつくんだろうなあ。

 針のむしろだ。

 反省文でも何でも罰は受けるから、早いところ解放してほしい。


「まあ、話はこちらでゆっくり聞きましょうか。君もここに立ちっぱなしは嫌でしょう」

「……お気遣いありがとうございます」


 ああ、これ長くなりそうだと直感した。

 この部屋にずっといるの嫌なんだけどなあ。

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