第三話 着物
所変わって、ここは着物を売る店だ。だが俺たちが居るのは、俺が予想していた日本橋の呉服店ではない。女の人の話では、ここは神田らしい。
俺たちは川に出て、土手を降りた。神田にある川なら、神田川だろうか。その土手には、たくさんの店があった。俺たちが訪れたところは、どうやら古着屋が軒を連ねる場所だったらしい。
「おお!お久しぶりですおかねさん!」
「ごぶさたして悪いね、亀さん。ところで、この人に着物をあつらえてやっておくれな。かわいそうに行き倒れててね、今髷を結い直してやったばかりなんだよ」
おかねさんがそう言うと、急に店の主人は俺を見て気の毒そうな顔をして、こう言った。
「そりゃあ大変でしたね、こちらにおいでください。着物はどんなものがよろしいでしょう?」
俺は急に親し気に話しかけられたもんだからびっくりして、恥ずかしいのでうつむき、そのままでちょっとそこらを見渡してみた。
変だな。地味な柄や色のものしかない。赤も青も緑もなく、そこにある着物はほとんどが鼠色か紺色ばかりだった。
そういえば、さっきおかねさんが「そんな派手な着物だとお咎めを受ける」と言っていたし、江戸時代って案外そういうもんだったのかも?
なんとなく探していると、紺色と鼠色の中間のような縦縞の入った灰色の着物が目に止まった。
縞々っていいよな。ちょっと幅が大きいけど、あれなら…。
俺は勇気を振り絞り、うつむいたままで少し遠くにあったその着物を指さす。
「あ、あの…あれ…」
「はいはい、こちらですね。じゃあ帯は…このあたりでどんなもんでしょう?」
俺は、目の前に灰色の古い帯を差し出された。その時、こう思ったのだ。
そうか。自分は今からリアルタイムで江戸時代の着物を着るのか、と。
なんだそれ!めちゃくちゃ興奮する!
「は…はい!それでお願いします!」
俺が元気よく答えたので、店の主人もちょっとほっとした顔をしてくれた。
「へへ、承知しました。ところで旦那、もしお困りのようでしたら、お足元も一緒に揃えた方がいいんじゃないかと思うんですがね…」
そう言われてふと自分の足を見ると、家の中から急に江戸時代に飛んできてしまったからか、俺は裸足だった。確かにこれではいけないな。
「え、でもそれじゃ…」
遠慮しておかねさんをちらっと見ると、彼女はふふんと笑ってみせる。
「今更遠慮するんじゃないよ。ねえ亀さん。この草履がいいんだけどねえ」
「ええ、ええ。じゃあこちらで。よろしいでしょうか?旦那」
俺は嬉しかったが、やっぱり申し訳ないので、おかねさんに頭を下げる。
「すみません!ありがとうございます!」
「お代は…そうだなあ、これなら二百匹にしときますよ、おかねさん」
え?二百匹?二百匹ってなんだ?
俺が不思議に思っておかねさんの手元を見ていると、彼女は財布らしき布包のような物の紐をくるくるとほどいて、中から小銭を取り出し、きちんと数えてから古着屋さんに渡した。
「あいよ、確かにちょうだいしました。ありがとうぞんじます」
「いえいえありがとう。ところで、今は何刻かねえ?」
「はー…さっきちょうど
「まあ!もう間に合わないじゃないかい!お前さん!急いどくれ!じゃあ亀さんまた!」
「わっ!」
俺はまた引っ張られ、そのままもう暗くなってきた外を駆けていった…。
つづく
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