第10話 悪役令嬢的ななにか
エスコート役がいなかったので、今回は無理矢理、父が召集された。
その場にいたからである。
父は目を白黒させて、意外な成り行きにあわててやって来た。
だが、馬車から降りてきた私を見て、それこそ唖然として目を見張った。
私は深い真紅の厚地の光沢のあるドレスを着ていた。髪は結い上げられ、ダイヤのピンを挿してそれが王宮のシャンデリアの光にきらめいていた。さらに耳にもダイヤのイヤリングを揺らせ、大粒のダイヤが真ん中についている公爵家秘蔵の首飾りをしていた。
ただ、圧巻は顔だった。
これまで、ひたすらに清楚に品よくと、言わば地味に作ってきた顔を、ソフィアがくっきりした眉、頬には紅をはき、そして目は遠慮会釈なく縁を黒く彩られた。まるで魂を吸いとるような魔力を持った瞳だとソフィアたちから大絶賛だった。
「オ、オーガスタ? オーガスタなのか?」
自分の娘の見分けがつかないとはどういうこと? 何年、親をやっているのよ。
「お父さま、娘の顔がわからないだなんて、どうなさったの?」
私は不機嫌そうな声で言った。
それから、そばに寄ると、小さな声で聞いた。
「それよりベロス嬢のお話、お聞きになりました?」
父は私の顔をまじまじと眺める方が忙しかったらしかったが、あわてて周りを見回した。
「聞いたよ。殿下を手玉に取ったと、ラルフから」
だが、父は私に聞いた。
「どうして急にダンスパーティに参加したのだ。王太子殿下とのよりを戻すつもりか?」
私は顔をしかめた。
「それは頼まれてもお断りですわ。ここへ来たのは母やソフィアのせいですわ。どうでもこうでもベロス嬢に勝ってこいと」
父は急に困った顔をし始めた。
「勝ってどうする? お前が勝ったからって、エレノアを選んでくれるとは思えないが。せいぜいオーガスタと再婚約したいとか言いだすのが関の山だ」
ですわよね。だから、出たくないってあれほど言いましたのに。
その時、父のそばにすっと人影が現れた。その人物が口をはさんだ。
「殿下の評判が台無しになりますから、立派なメリットがございましょう。これほどお美しくて上品な方を捨てて、あの下品なベロス嬢を選ぶだなんて」
私と父は、その人物の顔を見た。ラルフだった。
私は少し困った。ラルフからはくれぐれも自邸にとどまっているよう言われていたのだ。
時間稼ぎのために。そう言う目的だったと思う。
だが、今、私はものすごく派手で目立つ格好をして、王宮のダンスパーティに来ている。
ラルフがどう思うかわからなかったので、会いたくなかったのだけど、今のセリフは何なの? 父の手前、娘の私を批判したくなかっただけなのかしら?
恐る恐るラルフの様子をうかがったが、彼は怒っている様子ではなく……なんだか目線が私を這い回っているような気がする。
怒っていないらしいのはいいけど、不気味だ。
これはあれだ。考えないことにしよう。見なかったことにしよう。
私は父の方に向き直った。まあ、来てしまったものは仕方ない。それに主犯者はソフィア……いや、多分母だろう。なんだか知らないが、エレノアの仇を取って欲しがっていた。
派手なドレスを着て、舞踏会場に来れば仇は取れると言うのだろうか?
本気でよくわからなかった。
ラルフは、父に向かって言った。
「殿下は間違いなく、オーガスタ様に再婚約を迫ってくると思います。オーガスタ様、お断りになってください。そしてエレノア様をお勧めしてください」
「ラルフ、何を言っているんだ」
父は困惑した。
「リッチモンド公爵夫人や侍女たちが怒るのは無理もありません。エレノア嬢はまだお若い。それに純粋なお方です。そのせいで、リリアン・ベロス嬢からさんざん煮え湯を飲まされてきた」
どんな煮え湯だったのかしら。私はその
「リリアン・ベロス嬢のような大人の魅力をぶら下げて迫る女性に殿下は弱い。ベロス嬢は気が強くアクも強い。言いなりになってしまわれるでしょう。殿下は元々気が弱いのですから」
ラルフの王太子殿下評、ひどい。
その通りだけど。
「でも、お美しさと迫力で言えば、オーガスタ様の圧勝です。リリアン・ベロス嬢がつまらない、値打ちのないものに見えるでしょう。そして、オーガスタ嬢にまとわりつくでしょう。でも、絶対に受け入れないでください。そうすれば殿下は名を落とす」
ラルフはキラリとした目を私に向けた。
「全く一貫性のない行動は貴族たちの反感を買うでしょう」
ラルフの一貫性のない行動に、今、私は戸惑っているんだけど。
父も戸惑ったように言った。
「ラルフ、言い過ぎだ。それに、王太子殿下の名を貶めたところで得るものはないだろう。オーガスタが婚約者の地位に戻れば、それはそれで結構なことだが」
全然結構じゃありませんわ!
気弱で他人の言いなりだなんて、どう聞いても魅力的とは言い難いでしょ?
「それが出来ればよいのですが……でも、出来なくても、オーガスタ嬢が姿を現せば、リリアン・ベロス嬢は魅力の大半を失うと思います」
「グレイスが、意趣返ししたいと言う気持ちはわかるが……」
こら、そこ。なんで、復讐したいで話がまとまってるの。当事者は私なのよ! 私は復讐なんかどうでもいいの!
(ちなみにグレイスとは、母の名前です)
王宮のダンスパーティは参加人数が多い。
父にエスコートされて中に入ると、大勢が驚愕して私を見つめた。
視線が痛い。
「全然、これまでと違うからね。これは婿に立候補してくる男性が増えそうだなあ……」
父は小さな声で言ったが、どこかちょっぴり自慢そうだった。
呆然と、あるいは感心したように見つめる目、目、目。
だが嫉妬なんか感じられなかった。純粋に称賛していた。
最初にそばに寄って来て礼をしたのは、顔見知りの子爵令嬢だった。
「まあ、カーライル嬢」
「お久振りでございます」
私はホホホと笑った。
「殿下に婚約破棄をされてしまいましたのよ。いわば日陰の身。このような華やかな場にふさわしい身の上ではございませんので、遠慮しておりましたの」
こんな目立つゴージャスドレスを身に着けて、日陰の身とかふさわしくないとか、いろいろ突っ込みどころの多いセリフだと自分でも思ったけど、もう、言いたい放題だ。
最早、王太子妃候補ではない。
何を言っても構わないのだ。
「私、リッチモンド様がこんなにお美しい方だったなんて存じませんでした。いえ、もちろん、これまでもお美しいと評判だったのですが、真紅が本当にお似合いで……」
これを皮切りに続々と女性たちが集まってきた。
若い令嬢たちは、純粋にキレイだとかドレスを変えるとこんなにイメージが変わるだなんてと言った理由で寄ってきた者が多かったが、夫人たちは違っていた。
未来の女公爵とお近づきになりに来たのだ。
それがわかった途端、愉快になった。
『メイフィールド伯爵夫人、アーディントン男爵夫人、ベイリー卿夫人……』
こういう方々とは仲良くしておかなくちゃね! 女には女の派閥があるのよ!
男性陣は遠巻きに物欲しげに様子をうかがっていたが、女性と仲良くすると言うのはこういう時にも便利だ。簡単には近寄れない。
やがてダンスの時間になった。
ずっと王太子殿下の目が追ってきていることは知っていた。
だが、絶対に目は合わせない。
なぜなら、私は横に、白いたおやかなオーガンジーのドレスを着たエレノアを侍らせていたからだ。
「殿下が私を見つめてらっしゃるわ!」
私は、頬を染めて殿下を見つめているエレノアを微笑んで見ていた。
多分、殿下はエレノアを見ているのではないだろう。私を見ているのだ。
ラルフの予想は正しかった。
だが、姉妹が一緒に居ることで、私を見ると同時に嬉しそうなエレノアの目と合ってしまう。ダンスの申し込みに行こうものなら、先にエレノアが殿下めがけて飛び出して行くだろう。
私はニンマリした。完ぺきな防御壁だ。
いくら妹が、ダメなお姉さまと言い募っても全然気にならなかった。
ラルフは時間稼ぎのためにダンスパーティには出るなとか言っていたが、この上なく派手に出てしまった。
でも、結果的には、この方がよかったのではないだろうか?
多くの令夫人たちと知り合いになれた。
向こうから来てくれたと言うことは、必ずしもベロス家べったりではないと言う意味だ。
ついでだから、何人かにはお茶会を開きたいと匂わせておいた。
実際にお茶会をやるかどうかはわからないが、来てくれるならこちらの派閥に入ると言う意思表示だろう。
何人かはスパイかもしれなかった。父やラルフに聞いてみなければわからない。
私は、そんな考えに夢中で、後ろから声をかけられてびっくりした。
「リッチモンド公爵令嬢……」
恐る恐ると言った様子で、背の高い端正な顔立ちの青年が近付いてきてダンスを申し込んだ。
「私、殿下の婚約者候補ですので、踊るわけには……」
断る妹は残念そうだ。
「オーガスタ嬢にお願いしているのです」
青年は熱を込めて言った。
え? そうだったの? 私は驚いてその貴公子の顔を見た。彼は、ほっとしたように私の目を見つめて口元をほころばせた。
妹はそれが気に入らなかったらしい。
「お断りしますわ」
彼女はむかっとしたらしく、その貴族の若い男に冷たく言い放った。
男は妹を振り返った。
あろうことか、彼は突然表情を変えて、いかにもバカにしたような目付きで、エレノアを見た。
「ダンスを申し込まれたのは、あなたですか? それとも、姉上のオーガスタ嬢ですか?」
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