第6章 親と子

第44話 神礼祭

魔王軍大幹部との戦いが終わり、アクス達は長い休みにひたっていた。

大きな傷を負ったアクスは、いつもの様に運動禁止を言い渡され、黙々もくもくとイメージトレーニングをしていた。

すでに傷はえたものの、厳しいサリアには何を言っても駄目としか返ってこなかった。

これまでに何度も運動禁止を言い渡されているためか、アクスなりに体を使わない修行を考え、実行していた。

いま頭の中では、かつて戦った強敵達の動きを思い出し、それを何度も繰り返していた。

さらには、新しい技を考え、頭の中で試していた。

しかし、実際に体を動かすのが好きなアクスには、退屈そのものだった。

「アクス、少しいい?」

サリアが声をかけた。

「どうした?」

振り返って聞いてみると、サリアはうわずった声で話し始めた。

「今度町でお祭りがあるじゃない?それで、その…夜に花火が上がるから一緒に見ない?」

「私も行きたいです!かき氷にソフトクリーム!」

アクスのそばに居た妖精のジベルが、二人の間に割り込んできた。

「ジベル、少しこっちへ来なさい」

サリアがジベルを連れて、その場を離れた。

何か話している様子だったが、アクスには聞こえなかった。

少しすると、戻ってきたジベルがやけに震えていた。

「やっぱり私はいいので、お二人でどうぞ…」

「なんかあったのか?」

「いいえ!なんでもないです!」

「そうか?ならいいけど…」

「それで、どうアクス?」

「いいぞ、ひましてたし」

返事を聞いて、サリアが顔を嬉しそうに跳ね上がる。

「じゃあ、夜の八時に町の入口に集合ね!」

約束をすると、駆け足で自分の部屋へと行ってしまった。

「アクスさん、ちょっといいですか?」

今度はヘルガンが、アクスに声をかける。

「実はお願いがありまして」

「また女の店に行くのか?」

「違っ!………わなくないけど、少し違います!」

一枚の紙をアクスに見せた。

紙には、メイド姿の女の子達が書かれていた。

「……メイド喫茶きっさ?」

祭りでは普段無いお店が多く開かれ、その中の一つにメイド喫茶きっさがある。

「ラックルを預かればいいのか?」

「いや、今回は一緒に来ていただきたくて」

「俺も?なんで?」

「恥ずかしいじゃないですか!」

「普段から女の店に行くくせに」

「それとこれは別です。お願いします、祭りの日の午前中だけ付き合ってください!」

「午前中か…まぁいいか」

「ありがとうございます!それじゃあよろしくお願いしますね」

狭い廊下ろうかをスキップしながら、ヘルガンは部屋へと戻って行った。

「あの〜アクスさん、午後は無理ですけど、午前中に出かけるなら私も連れてってくれませんか?」

話を聞いていたジベルがアクスに頼む。

「午後はいいのか?」

「はい」

「っていうか、サリアと何話したんだ?」

「それは言えません!」

それっきり、ジベルは口をざしてしまった。

「さっきからさわがしいわね」

「あぁ、悪いなリーナ」

リーナは、外行きの格好をしていた。

「どこ行くんだ?修行は今禁止されてるだろ」

「あんたじゃないだから、出かけるイコール修行じゃないのよ。ユリに呼ばれてね」

そう言ってリーナは出かけ、寂しくなった家でアクスはつぶいた。

ひまだなぁ…」

その時、玄関の呼びりんが鳴った。

アクスは嬉々ききとして扉を開けた。

何か緊急の仕事でも来たのかと期待して。

「よっ!元気してるか?」

「ジンのおっちゃん!久しぶりだな」

外に居たのは、冒険者の先輩であるジンだった。

まだ冒険者になったばかりのころ、先輩として、アクスは色々教えてもろった。

「突然で悪いんだが、祭りの日は予定あるか?」

「午前も午後も忙しいな」

「そりゃ残念だ。それじゃあ、今はどうだ?一緒に飲まねぇか?」

「いいぞ。酒は飲めねぇけどな」

すぐさま支度したくを済ませ、アクスはジンに着いていった。


町の酒場にて、二人はカウンター席に座った。

「マスター、ぶどう酒と適当なつまみ。こっちは…」

「ジュースと適当な肉料理」

二人は料理と飲み物がくるまでの間、これまでの冒険の日々を語り合った。

「お前も強くなったよな、まさか大幹部を倒しまうとは」

「俺一人で倒したわけじゃないし、まだまだだ」

「ははは!自慢しないのか。ま、調子に乗って痛い目に合うよりいい」

「そういえば、俺になんか用でもあったのか?」

「ん?ああ……そうだな」

様子が変わり、なかなか話をしようとしない。

少しの沈黙ちんもくの後、ようやく語りだした。

「聞きづらいことなんだが…お前、父親の名前は?」

「知らね。小さいころに捨てられたらしくて、育ててくれたじいちゃんも詳しい事は知らねぇって」

「そうか………」

元気の無いジンに、アクスが不思議がる。

「何かあったのか?」

「………実はな、お前が俺の師匠にそっくりでな」

「師匠?」

「ああ、お前を初めて見た時は驚いた、すぐに師匠じゃねぇって分かったけどよ」

「その師匠は今どこに?」

「行方知らずだ、なんの話も聞かねぇ」

水を飲んで、一旦落ちつく。

さらに一呼吸挟み、再び話し出す。

「今までお前に話を聞かなかったのは怖かったからだ、あの人がどうなったのか聞くことになるかもしれなかったからな」

「どんな人だったんだ?」

「俺が知る限りじゃ、最強の人だった!」

声に張りが戻り、自分の事のように自慢げに話し始める。

「二十年以上前、まだ俺がかけだしのころ、あの人は現れた」


あの日は、町の近くに現れた魔物退治をするために、同じかけだし冒険者とパーティを組んで出掛けたんだ。

当時は魔物が強くてな、そのへんの魔物でも当時は倒すのも大変だった。

なんとか倒したその時、大量のカラスが空に居たんだ。

何事かと思ったら、鳥の様な人間が降りてきて、俺達の前に立ったんだ。

そいつは魔王軍の幹部を名乗り、俺達を襲った。

到底太刀打ち出来るはずもなく、俺以外の奴は殺されちまった。

俺もとどめを刺されそうになったその時だ、その人が現れたのは。

「おいお前、お前が魔王軍の幹部って奴か?」

「………そうだが、貴様は何者だ?」

「通りすがりの旅人だ。俺の腕試しに付き合ってもらうぜ!」

その人は、お前と瓜二つの人間だった。

その人も剣を持っていたんだが、素手で勝負を挑んでいた。

無謀むぼうだと思った、だがその人は素手で魔王軍幹部をねじ伏せ、倒しちまったんだ!

その戦いぶりに見とれていると、声をかけられた。

「おい、そこのガキ」

「はっ、はい!」

「そこの死人はどうすればいい?埋めるのなら手伝うぞ」

「い、いえ!協会に連れていけば蘇生魔法が使える人がいると思うので大丈夫です!」

「そうか、邪魔したな」

「あっ…あの、運ぶの手伝ってくれませんか?」

「あ?……あぁ、そうだな」

とまぁ、少し変わった人だった。

話を聞けば冒険者でもなく、本当にただの旅人だったらしい。

彼にかれた俺はその後、彼に弟子にしてほしいと頼んだ。

きっぱりと断られたが、何度も頼む内に弟子にしてくれた。

俺の修行をしてくれる間にも、師匠は魔王軍の幹部をいくつも打ち倒し、劣勢れっせいだった戦況をくつがえしたんだ。

俺達皆の士気も上がり、魔王軍も倒せるんじゃないかって話になってた。

ところがしばらくして、師匠の活躍を聞かなくなってな。

そのころは、俺も師匠に認められ、独り立ちしてたから、師匠と一緒に仕事することはなかったんだ。

ところが偶然ぐうぜん町で見かけてな、話をしたんだ。

「師匠、今までどこに?今は一体なにをしてたんです?」

「なんだ、その……結婚してな、子供も出来たんだ。それでしばらくこっちこれなかったんだ」

女に興味無さそうな師匠が、いつの間にか結婚だなんて驚いたさ。

北の方で、奥さんと暮らしてるって話も聞いた。

そんな話をしてしばらく経ったころ、北の遠い山で爆発が起こったと聞いた。

国が調査した結果、大量の爆発物の破片と魔物の残骸ざんがいが残っていた。

それ以来、師匠の話はまったく聞かなくなった。

死んじまったのかと考えた。

それには理由があって、爆発物という事に俺は引っかかった。

師匠は魔法が使えなかったんだ。

爆弾で敵を道連れしたと考えれば、筋は合う。

さすがに考えすぎだと思った、でも師匠は二度と姿を見せなかった。


話を終えたジンは、酒を飲み干し、長いため息をいた。

「悪いな、しおらしくしちまって」

「大丈夫だ。それより、その師匠について詳しくしりたいんだけど」

「何が聞きたい?」

「名前とか、詳しい場所とか」

「名前はラース。場所はスイーラの町からさらに北へ進んだ雪山」

「あそこか…」

以前スイーラの町へと行った事のあるアクスには、その山を見た覚えがあった。

常に雪が降ると言われていて、氷の魔女やらが住んでると言われている場所だ。

「行くつもりか?」

「心当たりがあってな」

「そうか……もし、師匠に会えたらよろしく言っといてくれ」

ジンは席から立ち上がり、カウンターにお金を置いた。

「今日はありがとうな、話し聞いてくれて」

ジンは別れを言い、酒場を出ていった。

一人残ったアクスは、早々に食事を切り上げ、家へと帰っていった。


「あっ、おかえりなさい!」

家で留守番をしていたジベルが、アクスを迎える。

「なぁジベル、お前の主って精霊なんだよな」

「ん?そうですけど」

「どこに住んでるんだ?」

すると、ジベルは眉間にシワを寄せて、あからさまに嫌そうにした。

「帰りませんよ」

「何でだよ、前は帰りたいとか言ってなかったか?」 

「よくよく考えたら、すごく怒られるんじゃないかと思って。私の所の精霊様、怒ると怖いんですよ!」

「別にお前を帰すわけじゃねぇよ。気になる事があってさ、頼むから教えてくれ」

うなりながら長い間考え、ジベルはようやく口に出した。

「スイーラの町から北の雪山ですけど…」

「それじゃあそこまで案内してくれ」

「話を聞いてましたかスカポンタン!」

アクスは必死になって頼み込む。

「そこをなんとか頼むよ、スイーツおごってやるからさ」

「嫌です!そもそもなんで、急に行きたくなったんですか!?」

「もしかしたらそこに、俺の両親が居るかもしれねぇんだ!」

「両親?それは無いですね!」

はっきりと答えるジベル。

アクスが何故か?と問いかける。

「あの雪山に人なんて住めませんよ、常に雪が降っていて寒いですからね!」

「それじゃあ……氷の精霊が俺の母親って可能性は?」

「無いですよ、精霊は子供なんて作れませんから。常識的に考えてください!」 

妖精であり、精霊の仕える身であるジベルからはっきりと言われ、アクスはため息をいた。

「そうか……」

だいぶ落ち込んでいるアクスを見て、珍しくジベルが慌てる。

「えと…あの、そう落ち込まれると私が悪いみたいじゃないですか!」 

結局その日は、アクスの調子が戻らず、大人しく家で過ごしていた。







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