第25話 月の裏側
アクスが捕まったころ、リーナはアクスの気配が途絶えたことを感じ取り、城の近くまで来ていた。
「この辺から気配を感じなくなったけど…嫌な予感しかしないわね」
目の前にそびえる城を眺め、最悪の事態を考えた。
一人で考えこんでいると、城の正門が開き、いくつもの小型の機械が飛んできた。
小さなプロペラと目玉のようなものが付いた機械は、町の隅々に飛んでいき、町の各所に配置された。
町の人たちが何事かと近寄ると、目玉のようなものから映像が映し出された。
「初めまして、我が同士たちよ」
映像には玉座に座るパルーンと、その
人々は初めて目にするパルーンを前にして困惑し、町中で不安が募る。
「私はルーン三世にして、パルーンの名を与えられし者。千年の眠りより蘇った今日より、私がこの国の王となった」
パルーンの発言に人々がざわめく。
「まずはこれを見てもらおう」
指を鳴らすと、牢屋に入れられたアクスが映し出された。
「ん?アクス…?」
包帯を巻かれたアクスを見て、リーナの眉が動いた。
「我らの宿敵、天使だ。今やこのザマだがな…」
ピクリとも動かないアクスを見て、リーナは拳を強く握りしめた。
「あのバカ…!何負けてんのよ……!」
「そして神も我が手中にいる、これで俺の計画が果たされるという訳だ。よく聞け!!これより『地球征服作戦』を伝える!」
パルーンの言葉に、人々は真面目に聞いたり、冗談のように笑いあったりする者がいた。
パルーンは懐から瓶を取り出すと、中に入っている粉末のような物を国民に見せた。
「私が眠りに入る前より開発を命じた特殊兵器、これを神の強大な力によって発射させる!そうすれば地球上にこの兵器がばらまかれ、人類は苦しみながら死を迎える」
「なっ!?冗談じゃないわよ…!」
「さぁ!!我が同士たちよ!憎き奴らを根絶やしにするために動け!正義は我らにある!!」
大げさに腕を振り上げ、邪悪な高笑いを見せると、映像はそこで終了した。
突然の事態に人々は戸惑い、言葉を交わしあった。
パルーンに同調する者、反対する者、それを罵倒する者。しまいには、殴り合いにまで発展していた。
町は一瞬で大混乱となり、リーナはその場から離れた。
「ったく!何やってるのよあいつは!文句言ってやる!!」
リーナはアクスへの不満を叫びながら、町の中を駆け回った。
牢屋に囚われたアクスは受けた傷を手で押さえつけ、考え込むように見つめていた。
すると、通路から何かを引きずる音と共に足音が聞こえてきた。
足音がアクスの牢屋の前で止まると、わずかな灯りでその様子が見えた。
男が荷車に大量の荷物を乗せていた。
「おい!飯だ!」
ここの看守であろうか、男は白い棒を腰に携え、鉄製の胸当てを着けていた。
看守は牢屋を開け、荷車から
「お前には特別に飯をたっぷりくれてやれって言われてるからな、ほらっ!たっぷり食え!!」
男は
その中身は、腐った食料やカビた食料、食べ残された食料などろくな物ではなかった。
強烈な腐臭とゲル状の液体の付いた食料を前にして、アクスは顔をしかめた。
食べようとしないアクスを見て、看守は鉄格子を白い棒で叩いた。
「残すなよ、明日も持ってくるんだからな」
アクスは男を睨みつけながら、折れてない方の腕で食料を口にかっこんだ。
「おっほ!本当に食いやがった、おもしれーやつ。みんなに教えてやろ」
看守は上機嫌になり、駆け足で牢屋を後にした。
当のアクスは、口に入れた瞬間吐き出そうになるが、涙と一緒に飲み込んだ。
腐っていようがカビが生えてようが関係なく、樽一つ分の食料をたいらげた。
食べ終えると横になり、暗い天井を見上げて呟いた。
「……サリアの飯が食いてぇ……」
「おい、あんた」
隣の牢屋からぶっきらぼうな声を掛けられ、アクスは起き上がった。
隣の鉄格子の穴から、パンとコップに入った水が差し出された。
「食欲がなくなったからやる」
「いや…でも…」
「いいから貰っとけ」
隣の人物はそう言うと黙ってしまい、アクスは礼をした後、鉄格子の穴からパンと水を取った。
小さな口でパンをゆっくり食べ、食べ終えた後にゆっくりと水を流し込んだ。
「ごちそうさまでした」
「ふん…礼などいらん」
相変わらずぶっきらぼうな態度に、アクスは黙って横になった。
しばらくのあいだ牢屋の中は静まりかえり、アクスは天井を見つめ何かを考えていた。
「おいあんた、一体何をしてここに入れられた?」
再び話しかけてきた男に対し、アクスは天井を見ながら答えた。
「パルーンってやつと戦った」
「パルーンじゃと…もうそんなに時間が経っていたのか…」
何かを知っているかのような口ぶりにアクスが気づいた。
「あんた何者だ?」
「……わしはニバ、この国の考古学者じゃ。国家反逆罪の罪でこの牢屋に入れられた…」
そういった男の言葉は非常に生気が無く、枯れ果てたかのようだった。
「俺はアクス。おっちゃん色々知ってそうだな…ルーフの一族って知ってるか?」
「あぁ…知っている。昔地球に行ったこともあってな、全部調べたよ」
「じゃあ教えてくれよ、俺はそのルーフの一族ってやつなんだよ」
「なんじゃと!?」
男はいきなり立ち上がった。
「なんだよ?」
「いや…なんでもない…」
男は声を
『カンカンカンカン!!』
突如鐘の音が鳴り響き、看守がやって来た。
「奴隷ども!!仕事の時間だ働けぇ!!」
全ての牢屋の鍵を開け、囚人を叩き出していった。
「なんだ?」
「お前は初めてじゃったな、わしが教えてやろう。とにかく外に出よう」
薄暗い道を進んでいると、光が見えてきた。
それにつれて人の悲鳴が聞こえてきた。
外に出ると周りは大きな岩の壁で囲まれ、人々がツルハシを持って採掘をする姿が見られた。
空を見上げても、あるのは大きな照明だけだった。
「まったく…何回見てもこの景色は好かんわ」
証明の光に照らされ、初めて男の姿を目の当たりにしたアクスは男の目を見た。
「ん?あんた…その目」
アクスの膝辺りまで小さい体で、年のせいか体は随分と細い。
だが、その瞳はパルーン達と同様に赤く輝いていた。
「話は後じや、お前さんは岩を運ぶ仕事じゃ」
男は岩山の方に積められた、四角く切り取られた岩を指差した。
男はクワを持って、アクスとは逆方向へ歩いて行った。
アクスは言われた通りの場所に行くと、早々にムチで叩かれた。
「おい!貴様言っておくが、怪我をしてるからといって休ませたりしないからな!」
強めの口調で罵る看守に眉をひそめるが、アクスは一言も発さず言われた通りに岩を運び出した。
城では、長く伸びた部屋で椅子に座っている三人が居た。
そのうちの一人は、サリアの見張りを任されているユニシアが静かに座っていた。
別の一人が、ユニシアの態度を見てうるさく話しかけた。
「おいおいおい!ユニシアちゃんよぉ?お前はまた地蔵のように黙り込みやがって!相変わらずつまんねえ女だな!」
「それは申し訳ありません」
「だから!その態度だよ!」
ユニシアに絡んでくるこの男は幹部の一人である。
だいぶ太り気味の男で、常にサングラスを着けている。
上半身は服を着ておらず、半裸の状態で過ごしている。
「そんな様子じゃ男にモテねぇぞ!ギャハハ!」
「ジーニン様、静かにしていただけませんか」
「あっそうか!国王の愛人でもやってんだろ?ギャハハ!!」
ジーニンはユニシアの言葉を無視して笑い続けた。
「はぁ…」
下品な言葉にはさすがのユニシアもため息をついた。
「おいうるさいぞデブハゲ!研究の最中なんじゃどこっちは!!」
「ああん!?誰がデブハゲだ!カツラジジイ!!」
「わしのこれは地毛じゃい!!」
ジーニンに絡んだ男は、白衣を身にまとった科学者。
モノクルを身に着けていて、片手には紫色の液体が入ったフラスコを持っている。
他の二人と比べてかなり年をとっているが、うるささはジーニンにも負けてない。
ここに居る者は、一様に赤い目をしていた。
そこへ扉の開く音が鳴り、パルーンが歩いてきた。
「待たせたな」
「あんたが新しい王様か…」
「不服か?」
「いいや!前の王様は俺とは合わなかったらな、あんたのように残忍そうなやつは好きだぜ!」
「ならいい…それよりもそこの科学者、ニッパだったか?」
白衣の男を見たパルーンが聞いた。
「ええ、わしが科学者のニッパです」
「例の物は出来ているだろうな」
「もちろんです!わしのご先祖さまから継がれてきた使命、すでに出来ております!」
「……もしや、それが先程の演説で言っていた…」
「そうだ」
「ですがそんな話、私や先代の王は…」
「俺の子孫がふぬけた時のため、科学者どもに地位と名誉を約束して作らせた。実際…正解だったな」
「………そう…ですね」
「ユニシアとジーニンは戻っていいぞ。ニッパはここに残れ」
「あいあいさー」
「失礼します」
ユニシアとジーニンの二人が、敬礼をして部屋を後にした。
「なぁお前、例のサリアってやつの写真とか持ってねぇか?」
突然の言葉に不可解に思うも、ユニシアはすぐさま答えた。
「写真?ないですよ」
「兵士達の噂で聞いたんだけどずいぶんと美人の姉ちゃんらしいじゃねぇか」
「確かにそうですね」
「やっぱりそうなんだろ!?いいなぁ…俺も美人の姉ちゃんをはべらかしてぇなぁ…」
「貴方はただ拷問したいだけでしょう」
「そりゃあそうだろう!拷問の痛みで見せる女の顔!考えただけで興奮するだろう?」
「しません、気持ち悪いです」
食い気味に、かつ淡々と答えた。
「けっ!!つまんねー女!」
言葉を吐き捨て、ユニシアとは違う道へと進んでいった。
「………はぁ……」
廊下に一人立ち尽くすユニシアは、深いため息をついた。
『カンカンカンカン!!』
奴隷の労働場所にて鐘の音が大きく鳴り響いた。
「仕事は終わりだ!全員牢屋に戻れ!」
看守達が牢屋を開けて、囚人達を中へ入れていく。
「はぁ…疲れた…」
怪我を負いながらの仕事に、アクスはひどく疲れている様子だった。
「なんじゃ?一日でダウンか?」
仕事を終えたニバが声を掛けてきた。
「ああ…腹が減ってしかたねぇ」
「それはいいことだ、ここじゃあ時間も分からんから自分の腹時計だけが頼りじゃ」
人工の光で町を照らしている月では、今が何時なのかも分からない。
「ずっと働き詰めだったけどよ、晩飯って出るのか?」
「無い。飯は朝だけじゃ」
「はぁ〜!?朝飯だけとか正気か!?」
「わしに言うな!」
「そこ!さっさと牢に入れ!!」
看守に叱られた二人は、ぶつぶつと文句を言いながら牢屋に入っていった。
「じゃがのう、お前専用の臭い飯の匂いを毎回も嗅がされることになるわしの身にもなってみろ!」
「そういうおっちゃんもくせぇけどな」
「なんじゃと!」
牢屋の中に入ってもなお喧嘩を続ける二人の牢屋の前に、突如パルーンの姿が浮かび上がった。
「やぁやぁ…随分熱心に働いてくれているようだな?」
「てめぇは!」
鉄格子の隙間からパルーンに向かって手を伸ばした。
「くらえ!」
アクスは掌に力を込めるが、何も起きなかった。
「なにをしようとしているのか知らんが無駄だ、その手錠は貴様らの言う魔力というものを封じることが出来るのだ」
「ちっ…!」
手に掛けられた手錠を見つめ、引きちぎろうと力づくて引っ張った。
「やめておけ!怪我が悪くなるぞ!」
「っつ!」
ニバの静止を聞いて、アクスの手が止まった。
「そもそも、私に攻撃したところで無駄だがな。貴様が今見ているのはただの映像だ」
鉄格子をすり抜け、アクスの目の前に立った。
攻撃が無駄だと分かったアクスは、大人しく座り込んだ。
「俺に何か用か?」
「これより三日後、地球に攻撃を仕掛けることが決まった」
「なっ!ふざけんなてめぇ!!」
アクスは立ち上がって殴りかかろうとするが、拳に力を入れてぐっと
「さらにその一日後、お前と女神の処刑も決めた」
「おらぁ!!」
「みんな仲良く死ねるんだ、地獄で永遠に過ごすがいい」
馬鹿にするように、口角を上げて邪悪な笑いを出した。
「ふん…地獄に行くのは貴様じゃ、パルーン」
隣の牢屋に居たニバが聞こえるように言った。
「……お前は、確かニバといったな。まだ生きていたのか」
「これがわしの取り柄なんでな」
「そうだったな…」
面識があるのか、二人は妙な雰囲気で話続けた。
「まだ意味の無い戦いを続けようとしているのか」
「当然だ、やつらに復讐するのが私の生きる意味だ」
「そもそも復讐というのが、間違っている!先に手を出したのはこちらじゃろうが!!」
「なっ!?どういうことだ!」
ニバの口から発せられた言葉に、アクスは珍しく驚いていた。
「アクスもよく聞いておけ。何万年も昔、パルーンの親は地球に向かって侵攻を始めた、そこでお主の先祖に返り討ちにあったそうじゃ…だが侵攻は止めなかった。その結果…たった一人の人間によって、星ごと破壊されたのじゃ」
重々しく語ったニバの表情は、負の感情がぐちゃぐちゃに混ざり合ったかのようにひどく崩れていた。
「滅びたのは自業自得じゃ…それをどうしてお前はわからぬ!!」
「それがどうした」
冷たく放ったその言葉には、一切の揺らぎも無かった。
「なっ!?」
「調べたのか?それは真実なのか?」
「今のこの星を見ればわかる!よその星に戦争を吹っかけ、捕まえた人たちをこの労働場所で働かせる!こんなことをするやつらなんて信用できんわい!」
「どちらにしてもどうでもいいな。俺にとって大事なのは天使が我が母星を滅ぼしたという事実、どちらが手を出したなどは必要ない」
「クズが…!」
「そうか…わかった…」
「ほう?自分たちの罪がわかったか」
「違う…お前のことがよくわかった…」
顔を上げ、怒りで
「首洗って待ってろ!近いうちに必ず、お前ら全員ぶっ飛ばしてやる!!」
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