第4章 古き因縁

第21話 天からの襲来 

広い部屋に一人の男が、緑の液体で満たされたガラスケースの中にいた。

体の隅々に管のような物が付けられ、裸の状態で眠っていた。

生きてはいるのだろうか、時々体が痙攣けいれんを起こしている。

そしてそれを眺める二人組の男女がいた。

「もうすぐお目覚めの時だ…我々も動くとしよう」

「かしこまりました。すぐに準備いたします」

女は男に礼をすると、一人部屋から出ていった。

残った男はガラスケースの中の男に深いお辞儀をし、部屋から出ていった。


「久しぶりお母さん、元気?」

サリアは家の自室で、耳に手を当て誰かと話していた。

はたから見れば独り言のように見えるが、神であるサリアは特別な能力で天界にいる母親と話をしていた。

「私は大丈夫よ…アクス?まぁ…手はかかるけどいい子よ、うん…うん、お母さんの言った通り。

そういえば一つ聞きたいんだけど…」

すると、不意に扉を叩く音が鳴った。

「あっ!ごめん、また今度ね」

咄嗟に話を切り、扉を開けた。

「あらジベル、どうしたの?」

扉を開けると、ジベルは部屋の奥を覗き込んだ。

「おや?今誰かと話していませんでしたか?」

「えっ?いや…気のせいじゃない?」

「そうでしたか…それよりもサリアさん!一緒に寝かせてください!」

唐突な言葉にサリアは首をかしげた。

「ん?あなたいつも涼しいからってアクスと寝てるでしょ?」

「それがアクスさんときたら、こんな時間にも関わらず修行をすると外に飛び出してしまいました!」

サリアは頭を抱え、深くため息をついた。

「はぁ…まったく…じゃあいいわ、一緒に寝ましょうか」

「ありがとうございます!」

ジベルを部屋へ招き入れ、ベッドに横になった。

そのサリアにくっつくように、ジベルは懐に潜り込んだ。

「いやぁ…サリアさんの肌はすべすべでなかなかの冷たさですねぇ」

サリアの肌をなぜながら恍惚こうこつの表情を見せた。

「ちょっと、こしょぐったいからやめてよ!」

二人はベッドの上で横になる中、外から月の光が差してきた。

「そろそろ満月の日ね」

今宵の月はいつもよりも明るく輝き、まばゆい光がサリアを魅了した。

月に見惚みとれ空を見上げていると、月の中に黒い影が二つ現れた。

二つの影はまっすぐサリア達の居る場所まで近寄っていった。

影に気づいたサリアは、机に掛けてあった杖を手に取り月を見た。

しかし、影は消えていた。

「失礼。サリア様ですね?」

背後から聞き慣れぬ声で話しかけられ、サリアは後ろに振り返った。

すると目の前には、二人の男女が立っていた。

雪のように真っ白な肌と髪、赤く輝く瞳が目立っている。

二人とも白いマントを羽織り、白く輝く鎧を身に着けていた。

「あなた達誰よ!」

杖を前に突き出し、二人に問いかける。

「確認しろ」

「はっ」

男が命令すると、女はサリアの杖を手で払い除け、サリアの胸元を開いて何かを確認した。

「間違いありません」

「よし。早速連れて行くぞ」

女はサリアの口を塞ぎ、腕に手錠を付けた。

訳も分からないまま、サリアは二人に拘束された。

「では移動するぞ」

男が指を鳴らすと、足元から黄色い光が立った。

ただならぬ危険を感じたサリアは、拘束から逃れようともがいた。

「はしたない真似をしないでください」

女はサリアへの拘束をより強くした。

サリアは動く事も叫ぶことも許されなかった。

そこへ、サリアの懐に隠れていたジベルが飛び出し代わりに叫んだ。

「アクスさんーー!助けてくださいーー!!」

どこにいるかも分からないアクスに向かって助けを呼んだ。

「勝手な真似をしないでください」

なんと女はジベルを見ることができ、ジベルを足で押さえつけた。

「こらー!離しなさい!」

踏まれながらも暴れるが、小さなジベルの抵抗は簡単に抑えられた。

サリアもジベルも捕まり、助けを呼べなくなったその時。

「……!何か来ます」

女は何かを感じ取った。

凍てつく殺気と、激しい怒りの感情が混ざった気配が超スピードで向かってくる。

女はサリア達を男に任せ、窓から外へ出て気配に向かって備えた。

すると、音も無くアクスが女の前に現れた。

青い瞳を爛々と輝かせ、アクスは躊躇ちゅうちょなく拳を振るった。

女はそれに対しパンチを放った。

二人の拳がぶつかり辺りに衝撃波が走る。

お互いに力いっぱいに拳を押し付けていたが、女が力負けし吹き飛ばされた。

続けてアクスは、地面を蹴り上げ家の壁へと飛び移り、壁を蹴って攻撃へと転じた。

拳を降り下ろすも女の体は宙に浮き、軽く避けられた。

アクスの一撃は地面へと空振り、大きく穴を開けた。

その拳からは血がにじみ出ていた。

そらから地面へと着地した女は、アクスの様子を伺っていた。

自身の怪我をかえりみる事もせず、アクスは血にれたの拳を振るった。

しかし、どの攻撃も簡単に避けられ、受け流された。

女はアクスの振るった腕を掴み、足を引っ掛けた。

派手に転んだアクスの腕を掴み、地面へと押さえつけた。

「無駄な勝負です。降参を勧めます」

機械の様な冷たい口調が、アクスをさらに怒らせた。

「ふざけんな!!てめぇらサリアになにしてやがる!」

「貴方には関係ありません」

「なんだと!」

「やめろユニシア。さっさと撤退するぞ」

部屋の窓から様子を眺めていた男が、ユニシアと呼ばれる女を静止した。

「承知しました」

アクスから離れ、一瞬の内に姿を消した。

拘束から解かれたアクスは辺りを見回す。

「アクスさん!こっち…むぐっ!!」

ジベルの声に気づき、声が聞こえた方へと目を向けた。

そこには、サリアとジベルを抱えた二人が夜空に浮いていた

「待ちやがれ!」

アクスは驚く様子も見せずに飛びかかった。

「しつこい奴だ…」

男が指を下に向けると、アクスの体が地面へと落とされた。

地面へと食い込むように、体が謎の力で押さえつけられていた。

体を動かそうとアクスはもがくが、指すらも動かなかった。

「さて…これで大人しくなるかな?」

男の指先から赤く燃える光球が生み出された。

最初は小さかったその球は、次第に大きさを増していき、アクスを飲み込む程の大きさとなった。

男は動けなくなったアクスに対し、容赦のない一撃を放った。

巨大な光球はアクスを飲み込み、爆発を起こした。

地面が大きくえぐれ、えぐれた地面の中心に血と火傷でよごれたアクスが倒れていた。

「アクスぅぅ!!」

拘束を振りほどき、叫んだ。

しかし、アクスは起きなかった。

「行くぞ」

男は指を鳴らし、黄色い光が足元から現れた。

黄色い光に当てられて、サリア達の姿が消えていく。

意識を取り戻したアクスは、弱りきった体で腕を伸ばした。

「…ま…まて…!」

サリア達は光と共に完全に姿を消した。

そこで、アクスの意識は再び途絶えた。


目を覚ましたのはしばらく後の事であった。

アクスは目の前の天井を見て、慌てて起き上がる。

「っつ…!」

無理に起こそうとした体が悲鳴を上げる。

改めて自分の体を見ると、所々火傷の跡が残り、包帯が体中に巻き付けられていた。

それでもなおアクスは起き上がろうとした。

そこに、部屋の扉を開けてヘルガンとリーナが入ってきた。

「あっ!何やってるんですか!怪我してるんですから休んでいてください!」

アクスを寝かせようと、ヘルガンは手を伸ばした。

それをアクスは振り払い、ヘルガンの肩に掴みかかった。

「サリアは!?サリアはどうしたんだ!」

「えっ!?いや…その…それは…」

はっきりしないヘルガンの言葉から、アクスは察したのかヘルガンから手を離した。

ベッドに置かれていた自分の服を手に取ると、着替え始めた。

「ちょっとアクスさん!無茶ですよ、まだ完治もしてないのに…」

ヘルガンの言葉は耳にも入らず、黙々と準備を進めていた。

「落ち着きなさい」

リーナがアクスを無理矢理ベッドへ押さえつけた。

力づくで押さえられ、包帯から血がにじんだ。

「リーナさん!?そんなことしたら傷が…」

「今のこいつを止めるにはこれくらいしなきゃ無理よ」

ベッドの上でアクスは、言葉にもならない叫び声を上げながらもがき続けた。

「私に簡単に押さえられる程度じゃ、サリアを助けることなんか出来ないわよ」

「くっ……!」

アクスは悔しげに歯を噛み締めた。

その様子を見て、リーナは手を離した。

拘束から開放されたアクスは、ベッドの上に座り込んだ。

「……無茶言って悪かった…お前達の言うとおりだ」

落ち着いたアクスは二人に頭を下げた。

「分かればいいのよ。それよりも話はヘルガンから聞いたわ、私が出かけてる間に妙な奴等が来たものね」

昨晩、リーナもまたどこかへ出かけていたのだった。

「ヘルガン、あんたは見てたんでしょ?何かその二人組の特徴とか覚えてないの?」

「あっ、はい。実はその二人が羽織っていたマントにこのような紋章がありました」

一枚の紙を取り出し、それを二人に広げて見せた。

大きな円の中に、さらに小さな円が描かれていた。

「なんだこれ?」

「さぁ?僕にも分かりません」

アクスとヘルガンは見当もつかなかった。

しかし、ただ一人リーナだけはそれを見て思い当たる事があるのか、一人呟いていた。

「なんか知ってるのかリーナ?」

「…見たことあるような、無いような…」

ひたいに指を置き、記憶の中を探った。

だが、何も思い出せずリーナは考えを止めた。

「ふぅ……しかたない…アクス、一つ貸しよ」

「なんだ?」

呼吸を整え、リーナは言った。

「私の姉さんに会いにいくわ」

「姉さん?それと貸しはいったいなんの関係が…」

「いいから、私の決心が鈍らない内に行くわよ」

リーナは話をすることもせず、出かける準備をし始めた。

アクスとヘルガンは困惑しつつも、準備をした。


馬車を使い、三人が訪れたのは王都であった。

以前の戦いの影響がまだ残っており、町では復旧作業が今も行われていた。

そこからさらに馬車を走らせ着いたのは、城に近い小さな一軒家。

こぢんまりとした小さな家で、一人暮らし向けの物件のようだ。

馬車を降りたリーナは扉の前に立ち、呼び鈴を鳴らそうと手を伸ばすが途中で動きが止まった。

すると、リーナは胸に手を置き息を整えようと何度も呼吸を繰り返した。

それを見たアクスは、横から割り込み呼び鈴を鳴らした。

「なんであんたが鳴らすのよ!」

「届かねぇのかなって…」

「はぁ!?誰がチビですって!!」

リーナは大きく飛び上がり、アクスの顔面へと蹴りの連打を放った。

負けじとアクスは拳でそれを弾いた。

二人が喧嘩をしていると、扉を開く音が鳴った。

それに気づいたリーナはすかさず喧嘩を止めた。

「まったく…近所迷惑だぞリーナ」

「…ごめんなさい、姉さん…」

家の中から出てきたのは、以前アクスとヘルガンが王都の事件で出会った、イアンというガデン家の人間だった。

「あれ?あなたは…」

「おや誰かと一緒かと思ったら君たちだったのか。久しぶりだね」

二人と目があったイアンは、眩しい笑顔を見せた。

「その…実は姉さんに用事があって…」

いつもの調子はどこに行ったのか、リーナは怯えた様なびくびくした様子でイアンに話しかけた。

「ふぅむ…とにかく三人とも中へ入って、お茶でも入れよう」

イアンは三人を家へと招き入れ、事情を聞き始めた。


「なるほど…確かにこの紋章は見たことあるな」

「本当か!?」

「ああ…とある手記によると約千年前のこと、突如空そらから大きな円盤状の乗り物がやって来たそうだ。いわゆる宇宙船と言う物だ」

「宇宙船…つまり宇宙人ってことですか?」

「そうだ。名前などは分からないが、君達の仲間をさらった奴らと手記に書かれている宇宙人の特徴は一致している、間違いないだろう」

「それでそいつらは何処にいるんだ!?」

イアンは上に指を差した。

「ずばり月だね」

「月!?」

宇宙人、月。摩訶不思議な話ばかりで、ヘルガンは混乱していた。

「もうなにがなんだか…」

「それより!月へ行く方法はないのか!?」

「その事だが、実は国では古代の遺物を管理していてね、その中に宇宙船らしき物があったはずだ、それを私が借りてこよう」

「えっ!?でもいいんですか?そんな物を借りるなんて…」

「ちょうど試験用に人を募集していてね…使ってみた感触と情報を教えてくれれば喜んで貸してくれるだろう」

「……いろいろすまねぇ…恩に着る!」

アクスは深く礼をした。

「なぁに、困っている人を助けるのは当然の事さ」

胸に手を置き、屈託のない笑顔でイアンは笑った。

三人は家を出て、イアンに再び礼をした。

「宇宙船を借りるのに最低でも一日はかかるだろうから、君たちは今の内に準備を済ましていつでも出れるようにしておいてくれ」

「その…ありがとう姉さん…」

リーナは礼を言うと、返事を聞くこともせず一人で先に歩いていった。

「あっ…じゃあ僕達も行きます、ありがとうございました」

「君たち」

帰ろうとするアクスとヘルガンを呼びかけた。

何かを考えるように少し間を置き、考えた末に言葉を発した。

「……妹を頼むよ」

アクスは言葉は語らず、軽く頷いてからリーナの後を追った。

ヘルガンは深い一礼をし、二人の後を追っていった。

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