第7話 忍び寄る魔の手
「えぇ〜!今日も仕事ないの?」
サリアの声がギルドに響く。
「はい…申し訳ありません。先程やって来た冒険者様が受けた仕事で最後でして…」
今日で、既に一週間はこの状態が続いている。
急激な仕事の激減、それは食料供給の低下が原因であった。
ある日から、作物・肉類等が取れなくなってしまったのだ。
作物は腐り、動物達は謎の病気にかかり、出荷出来ない状態になっていた。
食物が少なくなり、唯一獲れる海産物の物価が上がった。
物価が上がった為、多くの冒険者達は仕事の依頼を受けようとする。だが仕事も少ないため、ほとんどの冒険者が仕事を受けることが出来ない。
ミルフィの町は、大変危険な状態へと陥っていた。
「ハラ…ヘッタ…」
空腹のあまり正気を失ったアクスは、低い
「アクスさん!いくらお腹が減ったからって机なんて食べちゃ駄目ですよ!」
机に齧りついたアクスを引き剥がそうとするも、アクスは硬い机を
それを見ていたサリアが、杖でアクスの頭を殴りつけ気絶させた。
「馬鹿な事は止めなさい!」
床に崩れ落ちたアクスを放っておき、三人は向かい合って話し始めた。
「どうします?このままじゃみんな飢え死にですよ…」
「どうするったって…原因もわからないし、どうにも出来ないわよ」
口を閉じていたリーナが、ぼそりと口を開いた。
「…もしかしてだけど、魔王軍の仕業じゃないかしら?」
二人は驚いた。それには訳があり、農場や港、そして牧場等には結界が張られている。
とても強力な結界で、いくら魔王軍とは言えど簡単には入れない程のものだ。
「でも、農場とかには結界が張られているんですよ?だったら…」
ヘルガンの言葉を
「その通り、魔王軍とはいえ結界を破るのは
リーナの言う通り、人間であれば結界は作動しない。
魔物のみに反応する結界で、魔物が入ろうとすると強烈な電流が身体を襲う。
「魔王軍が人間を操っているってことかしら?」
「それも考えられるけど…人間が自ら魔王軍に協力してる可能性もあるわ」
突然な物言いに、ヘルガンは苦笑を浮かべた。
「いくらなんでもそれはないんじゃないですか?魔王軍に味方するメリットなんて…」
「そうでなきゃ、多くの施設を同時に妨害なんて出来る?」
そこまで聞くと納得したのか、事の重大さに気づき息を呑んだ。
「どちらにしてもこれ以上じっとしていられないわ、今から各地の施設を見に行くわよ」
二人は大きくうなずき、リーナの意見に賛同した。
「でも大丈夫?リーナもあまり食事取れてないでしょ?」
リーナは余裕の笑みを浮かべ、堂々とした態度でいた。
「精神統一すれば空腹くらいどうってことないわよ」
腹の鳴る音が大きく鳴り響く、音の出どころはリーナからであった。
四人の間の空気が一瞬固まった。
さすがに恥ずかしかったのか、二人をとてつもない圧力で睨みつける。
「なにも思ってないから、そんなに睨まないで!」
二人に睨みをきかせ、椅子から立ち上がったリーナは、気絶しているアクスを蹴り上げた。
「起きなさい、仕事の時間よ」
しかしアクスが目覚める事はなかった。
弱っていたアクスは、
困ったように頭をかき、ヘルガンに声をかけた。
「ヘルガン、悪いけどこいつの事よろしくね」
「えぇ!ちょっと!?」
気絶したアクスを投げ渡すと、リーナはサリアを連れてギルドを出た。
「早く帰ってきてくださいね、僕ひとりじゃ起きた時止められないですから!」
振り返る事はなく、ギルドの扉から手を振る様子だけが見えた。
二人は町を出て、北にある農場と牧場へと向かっていた。
「まずは農場に行って、その後は牧場。それでいいかしら?」
「えっ?あっ…うんいいわよ…」
何かが気にかかるのか、歯切れの悪い返事をする。
「なに?気になる事があるなら行ってちょうだい」
両手を横に大きく降りながら否定する。
「違うわよ、その…アクス大丈夫かなって…」
サリアの反応に興味深そうに笑みを浮かべる。
「へぇ〜意外と心配してんのね。普段は結構厳しいのに。もしかして、あれ?愛情の裏返しってやつ?」
サリアは慌てて、激しく両手を横に振り否定した。
「そんなんじゃないわよ!アクスに対してそういう感情は一切ないわよ!」
「本当かしらね〜」
サリアの反応を楽しむように、ニヤニヤと笑っていた。
「でも二人の関係は気になるわね…どういう関係なの?」
リーナの顔から笑みが消え、真剣に尋ねた。
「えっと…その…同じヒーラ教を崇めるどうし仲がいいだけよ」
言葉に困ったサリアは、しどろもどろに答えた。
「ふーん…同じヒーラ教をね…なるほどそういうことね…」
意味ありげに語るリーナに、サリアは心の中でびくびくしていた。
「あっ!農場が見えてきたわよ!早く行きましょ!」
農場が目に見えると、サリアは話を
農場に着くと、二人は周りを見回した。
普段と変わった様子は無く、特に問題は無いと思えた。だが、リーナはただ一点に農場の中の方に目を向けていた。
農場の入口は鉄製の硬い扉を通った先にあるのだが、入口には見張りが立っていた。
二人は堂々と入ろうとした所、見張りの男に声をかけられた。
「待て、貴様ら!ここは立ち入り禁止だ」
激しい声で見張りに止められるも、リーナは冷静に対応した。
「ここ最近の食糧危機は知っているでしょう?原因を探しに来たのよ」
「ならん!貴様らが何者かは知らぬが、中に入れる訳にはいかん。さっさと立ち去れ!」
見張りが覆いかぶさるようにリーナの前に立ちはだかる。リーナはそれを横目に門を凝視していた。
「聞いているのか貴様!」
話を聞かぬリーナに対して、威圧するように体を大きく震わせた。
「じゃまよ」
あろうことかリーナは、見張りの男を扉へ向かって蹴り飛ばした。
「ちょっと!?いきなりなにしてるのよ!」
いきなりの行動に、サリアが思わず声を上げた。
そんなことお構いなしに、リーナは男に追撃をかけた。扉にさらに衝撃が加わり、鉄の扉が開いた。
扉の向こうでは、魔物が人間と取引をし、農場で得た食料を宙に空いた穴へと運んでいる。
「なっ!?なんだ貴様ら!」
物音に気づいた魔物達が、リーナ達に視線を向ける。
「あの気配…どこかで…」
リーナの意識は魔物達には無く、宙に
「そいつらを捕えろ!」
魔物と取引をしていた人間が、二人を捉えようと向かってくる。
「ふん…」
リーナが構えをとり、迎え撃とうとした。
「『メーミィ』」
その隣で、サリアが魔法を唱えた。
サリアの杖の先に水色の魔法陣が描かれ、杖を大きく振るうと人間達が眠りについた。
「なんのつもりかしらサリア」
獲物を奪われて不機嫌そうにリーナが目を向ける。
「あなたの事だからまた暴れるつもりだったでしょ?人間相手に暴れたら、下手したらこっちが犯罪者になるんだからね」
少々呆れ気味にサリアが答えた。
「それはありがとう」
相変わらずぶっきらぼうな様子で礼をした。
再び前に目を向けると、魔物達が空間にできた穴の中に逃げ込んでいく様子が写った。
「逃がすかぁ!」
すぐさま魔物達に飛びかかるも、間に合わず魔物達は消えてしまった。
「くそっ!」
苛立ちをあらわに、地面を激しく蹴り上げた。すると、地面の中から紫色の掌サイズの玉が出てきた。
玉は、蹴りの衝撃なのかヒビが入っていた。
「なにかしらあれ?」
サリアが近くで見ようと玉に近づこうとする。
「待って!」
リーナがサリアの進路を手で遮った。
「嫌な気配がする…」
リーナが見つめる玉のヒビから、煙が噴き出した。
空に浮かび上がった煙は、
出来た穴から二体の巨大な魔物が降ってきた。
家のように大きい巨体に赤い皮膚、
「へぇ…強そうなのが出たわね」
強敵が現れてもなお、リーナは余裕の笑みを浮かべていた。
それを見ていたサリアがぼそりと呟いた。
「やっぱり戦闘バカじゃない…」
二体のオーガは二人を目に捉えると、大きな
辺りに衝撃が伝わり、地面は揺れ、空気が震えた。
二人は耳を押さえながら、迫る衝撃に耐えていた。
叫び終えたオーガ達は、二人に向かって来た。
「サリア、一体はあんたに任すわ」
「えっ!私、戦いは苦手で…」
「だったら今慣れればいいでしょ、強力な力を持っていて情けないわね!」
最後に冷たく吐き捨てると、リーナは跳び上がり、オーガの頭目掛けて蹴りを放った。
衝撃でオーガがのけぞるが、体制を直したオーガがリーナに
まともに受けたリーナは、地面へと叩きつけられた。
さらにオーガが、何度も足で踏みつける。
「リーナ!」
サリアが叫ぶも返事は返ってこない。
「ぐおおおっ!」
サリアの声に反応し、もう一体のオーガが丸太のように太い腕を振り降ろし、サリアを狙う。
咄嗟にかわし、杖を構える。
「『デボカ』!」
二つに
爆発はオーガの体に直撃するが、オーガは
サリアは、巨大な腕で掴みかかってくるオーガの攻撃を容易くかわし、素早く次の行動に移る。
「…まるで効いていない、もっと集中しないと」
集中し、己の魔力をさらに高めようとするが、オーガはそれを許さない。逃げるサリアを
そのころ、もう一体のオーガは自分の足の裏を見てリーナの死体があるかを確認した。
だが、死体はおろか血も付いていなかった。
「どこを見ているのかしら?」
オーガの足元の死角から、強烈な一撃が放たれる。
今度こそオーガは気を失い、地面に
「よかった!生きていたのね!」
サリアが歓喜の声をあげる。
リーナさ軽く鼻を鳴らし、倒れたオーガに注意を払いながら目だけをサリアに向けた。
「私がこんなのにやられるとでも?」
リーナは
注意がそれたサリアを狙い、オーガが拳を叩きつけようとした。
オーガの動きに気づいたサリアは、自身の右腕に赤い魔法陣を描き、魔法を唱えた。
「『アロア』!」
右腕を赤い光が包み込み、サリアの力を底上げした。
正面からオーガの拳に対抗し、拳に拳をぶつける。
オーガの拳はいとも
すかさず、リーナは地面に手を置き魔法を唱えた。
「『パラージュ』!」
三つに
つるに囚われたオーガは動く事も出来ず、その場でもがき、
間髪入れずに、サリアが杖を構え集中する。
杖で地面を叩くと、橙色の魔法陣が三つ現れた。
「くらいなさい!『デボッド』!!」
オーガを包み込むほどの巨大な爆発が起こった。
爆発はオーガの体を一撃で粉砕し、バラバラになった体がそこら
爆音で目が覚めたもう一体のオーガは、身体を起こし、リーナに巨大な腕で攻めかかる。
リーナはその腕を受け止めた。がっちりと腕を掴み、オーガの体ごと思いっきり
「これで終わりよ!」
リーナが力を溜め始めると、身体の周りに赤いオーラが溢れ出した。
「くたばれ!」
リーナから赤い光の柱が立ち、
赤い光の柱は
「ふぅ…さて、次に行きましょうか」
一仕事を終えたリーナは、次の目的地へと向かって行こうとしていた。
「えっ!もう行くの?」
「当たり前でしょ、この様子だと牧場の方にも同じのがいるでしょうね」
「せめて休んでから…」
「さっさと行くわよ」
サリアの願いはむなしく、リーナは無常に答えた。
「はぁ…こういう時にアクスがいればいいのに…」
ミルフィの町より南西の孤島に浮かぶ魔王城では。広々とした空間に、きらびやかに装飾された大きな椅子に座る魔物が居た。
その側には、きれいな黒服に身を包んだ鋭い尻尾を生やした魔物が立っていた。
「御用でしょうか魔王様、大神官様」
礼儀正しく、その魔物の前に
魔王と呼ばれる魔物、それは椅子に座り込んでいる方の魔物であった。
魔王は側にいる大神官に耳打ちした。
大神官は耳を近づけ、魔王から聞いた言葉を一言一句漏らさず伝えた。
「魔王様は、「人間達への
「はっ…それが先程、ミルフィール領の農地と牧場に派遣した隊が帰還したところです」
「それで、どうなりましたか?」
ひどく怯えた声で問いに返す。
「…それが、計四体のオーガを送りましたが、ことごとく
冷たい視線がラルトに向けられる。
圧倒的なプレッシャーに息を呑み、小さく震えながら、魔王と大神官に向かって問いかける。
「失礼も承知でお尋ねします。なぜ…
今度は魔王が何かを言う前に、大神官が答えた。
「我ら教団の目的は人間の絶滅ではない!人間共からエネルギーを集める事だ!それを忘れるでない!」
穏やかな
「…大変失礼致しました。私が
自分を責め立てるクローワを見て、大神官が優しくなだめる。
「よい…よい…そう責め立てるでない。自分を責めるよりも、我らが神の役に立つよう
「ありがたきお言葉!」
再び深く頭を下げた。
「しかし…その町の人間共は少し厄介だな…魔王様、いかがいたしましょう」
大神官は、魔王に頭を下げ反応を伺った。
大神官が、再び耳打ちする。
「…ラルトよ、大神官様からお主に命令を
短い
「『ミルフィの町を滅ぼせ』との事だ」
ミルフィの町の襲撃、ついにその命令が下された。
「承知いたしました。我らの神の為にも、力を尽くしてみせます」
ラルトは軽快な声で返事をし、深く頭を下げた。
「詳細はお前に任せる。だが、一つ…作戦時にはあいつを同行させる、作戦に役に立ててくれ」
「あいつ…ですか?」
不安げな表情で顔を上げる。
「不服か?」
「いえ!そのような事は…」
「では、頼むぞ。神のご加護があらん事を…」
「はっ!」
その場から立ち上がり深くお
「さて…お手並み拝見といこうか」
不敵な笑みを浮かべ、魔物が闇の中に消えていった。
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