57、津軽和はツンデレ

「はぁ……、平和とは最高だ」


『平』らの『和』と書いて平和。

要するに寝っ転がった円の妹という意味……なのかもしれない。

(『和』違いじゃねーか)と、中の人から呆れられた。

これが平和である。


そう、俺は修行する切っ掛けにはなったが、特に因縁というものがあんまりないアイリーンなんとかさんを決闘で下し、これまでの日常が再び戻ってきた。

しかも、それを祝福するように天気は晴れ。

青い空を眺めていると心が浄化されるようだ。

青空最高!青空最高!

そんな青春めいたことが頭にふと沸いて出た。


「あ……」


──瞬間。

ザバァァァァァァ!と辺り一面を全て濡らし尽くすような大雨が空から降ってきた。

まるで俺の平和なんか偽りだよバァカ!と雨雲が嘲笑ったように思えた。


「天気予報では100パーセント晴れまくりますって言ってたのに大雨来たな……」


俺の近くに立っていたタケルが圧倒されたように困った表情を浮かべている。

教室を見回すと、突然の雨に困惑したような声があちこちから飛び交う。

「傘持ってねーよ」「す、すぐに止むよな……?」「今からテレビ局に苦情の電話入れる」などなど様々な反応が聞こえてくる。

ふと、決闘の元凶になった姉妹を盗み見るとアリアは絵美と一緒に窓を見ていた。

その護衛をしている仮面さんは俺の視線に気付くと、中指と人差し指を合わせてたてるサインを送ってきた。

バリバリ俺を意識している仮面さんに、ちょっと照れてしまい顔を隠してしまう。


「とりあえず今から部活行って雨止むのを待つのがちょうど良いかもな」

「そうだな。……てか、お前が部活来るの久し振りじゃない?」

「確かに」


タケルを部活に誘いながらカバンを持ち上げる。

彼は楽しそうに笑いながら「何人か新入生増えたんだからなー。楽しみにしとけ!」と、首にぐっとタケルが腕を巻き付けてくる。


「しかも女子!」

「マジか女子!」

「テンション上がるだろ!?」

「テンション上がる!」

「しかも女子!」

「マジか女子!」

「いや、お前ら気持ち悪いわ……」


ちょうど部活に出席しようとしている山本の冷静な突っ込みが解き放たれる。

最近、部活が忙しいのかやややつれた顔付きをしている。


「サッカー部は新入生部員入った?」

「当然。いやぁ、レギュラー争いという戦争が始まるよ」

「可愛い女子こねぇの?」

「野郎しか来ないんだわ……」


山本は「来るわけねーだろ」と続ける。

彼女持ちとはいえ、山本も女の子は大好きである。


「サッカー部ってマネージャーいねぇの?」

「『山本先輩!私は山本先輩ならレギュラーになれるって信じてます!』みたいな健気な女子マネとかいてもおかしくないだろ?」

「明智先生よ、フィクションって単語をググってみなされ」

「現実とは非情だな山本」


俺とタケルは同情する目を送る。

確かに剣道部でも女子マネとかなかったな……。

いるのは吉田みたいなガサツ女子だけ。

来栖さんみたいな子がマネージャーだったなら、部長から腕を壊されそうになっても返り討ちにしていたかもしれない、なんて妄想を膨らませていた。

その時、俺らの言葉を遮るように可愛らしいぶりっ子の声が後ろから発せられた。


「明智先輩!私は明智先輩ならレギュラーになれるって信じてます!」

「しれっと混ざってくるな。文芸部にレギュラーとかねーから!」

「キャハハハハハ!夢見すぎっすよ先輩方!」


ケラケラとバカにする笑いを浮かべながら和が乱入してきた。

「チース!」と先輩3人に舐めた挨拶する後輩が現れた。


「えっと……、津軽さんの妹さんだっけ?」

「津軽円の妹っすよ。しくよろっす!本山先輩!」

「山本だよ」

「てか、私のこと知ってるっすか?」

「あぁ。こないだ行われた『新入生で頼んだらやらせてくれそうな女子ランキング』で1位取ってたから」

「なんちゃってビッチクイーンの称号持ちは有名で辛いっすねー」


めちゃくちゃ誇りに思っていそうな表情と声が白々しかった。


「にしても童貞の妄想は見苦しいっすよ。タケル先輩も山本先輩もゴミクズ先輩も現実見ましょうよ」

「なんで俺だけ毎回ゴミクズ扱いすんだよ!?」

「ゴミクズ先輩を秀頼先輩って呼ぶのがおこがましくて……」

「じゃあ、君の価値観見直したら?」

「ツンデレってやつっすよ」

「ツンデレは自分のことツンデレって言わないから」

「出たな、童貞の押し付け妄想」


たまに和は本当に俺のことが好きなのかと疑ってしまいそうになる。

悪い意味で毎回特別扱いされているのだけは理解出来てはいる。


「でもな津軽妹。男ってのは慕われるのに憧れるもんだぞ」

「お?タケル先輩も秀頼先輩に理解を示しますね」

「憧れるよなぁ……。ユニフォーム洗っておきましたー、みたいなさ」

「誰も野郎の汗まみれの汚いユニフォームなんか触りたくないっすよ」

「そういうこと言うなよ後輩!」


山本が「だから現実なんか嫌いだっ!」と魂の叫びを上げていた。


「で、も!好きな人の汗まみれのユニフォームなら触るを通り越して欲しいっすね!」

「ッ……!?」

「あー、ニヤニヤしてるぅ!ニヤニヤしてるぅ!ゴミクズがニヤニヤしてるぅ!ゴミクズがゴミクズって呼ばれてニヤニヤしてるぅ!」

「うっ…………」

「この人、否定しない!」


頬の筋肉がピクピクして止まりそうになかった。

にやけが止まらないとはまさにこの状態であった。


「…………なんか明智に殺意沸くな」

「…………秀頼ばっかりなんなん」

「何もしてないのに四面楚歌!?」


味方だったはずのタケルと山本からも裏切られていた……。

滅法に和に弱い野郎3人組だった。

それからすぐに「じゃあ、部活行くわ!」と山本がカバンを持って教室を飛び出した。

雨が降っているので、部活内容が校舎内で筋トレに変更されて残念がっていた山本を見送るのであった。


「つーわけで部活行きましょ、先輩方!秀頼先輩が部活出てるの私見たことないっすよ!」

「最近忙しくてさ」

「秀頼の言う忙しいは大抵面倒事」

「…………」


悠久の愚痴、決闘と部活の日に色々悪いことが重なっていた。

そんなわけで右にタケル、左に和を連れて部活に向かう。

新メンバーを加えた文芸部が楽しみだなぁとワクワクしながら部室への道を辿る。

──これが地獄の始まりとはまだ気付かずに。


3分ほど歩くと文芸部専用の部室にたどり着いた。

がらがらっと開けると、真っ先に千姫と概念さんとゆりかが会話しているところに出くわす。

そこで真っ先にゆりかと目が合い、「待ってましたよ、師匠!」とはしゃいだ声を上げるゆりか。

その彼女の声で美鈴や遥香などの視線が集まる。

既存の部活メンバー全員を確認し終えて、新しく入部した新メンバーに顔を向ける。


「よ、よろしくお願いいたします!島咲碧です!ギフト関連で迷惑かけるかもですが、頑張ります!」


唯一の2年生である島咲碧が自己紹介を始めると見慣れた後輩たちが口を開く。


「津軽和っす!津軽円の妹っす!気軽にシスターって呼んでくれると嬉しいっす!」

「細川星子です。明智秀頼の妹になります。名字は違いますが、気にしないでください」


…………ん?

あまりに自然過ぎてスルーしたが、星子!?

え!?

星子が文芸部入るの!?

まさかの新入部員が入部してきて心で大騒ぎになっていた。

驚愕していると、真後ろから邪悪なオーラを感じ取り振り返る。

そこには俺を睨みながらぶつぶつと念仏を唱える女子生徒がいた。


「明智死ね明智死ね明智死ね明智死ね明智死ね明智死ね明智死ね明智死ね……」

「…………」


しかし、その念仏の内容がかなり物騒な気がする。

ぶつぶつ過ぎて何言ってるのかは全然わかんないけど……。


「あっ!?綾瀬翔子です!津軽さんや細川さんと同じクラスです!あと、美月先輩に憧れてます!」


念仏を唱えていた怪しい動きから一転。

突然、アイドルを語るオタクみたいに饒舌になり、白田と重なる。

レモン色の髪をしたお団子髪型でメガネをかけた女の子はハキハキと語りだす。

女の子にしてはやや身長が高めであるが、姿勢が悪く猫背気味な印象を抱いた。


「わ、わたくし!?」

「はい!気高い美月先輩大好きです!めっちゃ推してます」

「は、はぁ……?」


突然の美月の指名に混乱していた。

美鈴が「お姉様の知り合いですか?」と聞くが、「いや、先週はじめて会っただけだが……」と心辺りが無さそうであった。


「…………」


あ、こいつあれだ。

俺、円、織田と同類だ。

なんとなく感じていた転生者の存在を見付けてしまった……。

こいつはとりあえず置いておこう。

まだ自己紹介をしていない2人の姿を見て、俺はぎょっとした。


幼い身長と顔立ちであり、灰原ノアに似た灰色の色をした短髪で、パッツン気味の前髪と花柄のヘアピン、後ろ髪の外はねという特徴的な女子生徒は去年出会っていた子である。


「赤坂乙葉でーす!タケルお兄ちゃんと理沙お姉ちゃんの従妹になります!あと、お久し振りですね、秀頼さん」

「久し振りだね、乙葉ちゃん」


『嘘と真実を見抜く』ギフト持ちの乙葉ちゃんがペコリと頭を下げる。

その横にいた彼女も、自己紹介をはじめる。


「自分は五月雨茜です。乙葉ちゃんたちの付き添いです。お世話になります」

「よろしくー」


簡素な紹介を終える五月雨茜。

生成色のショートカットにした水色と朱のオッドアイにした彼女はそのまま微笑ましく乙葉に向き合う。

…………なにこれ?


五月雨茜はギフト狩りである!

星子と和に茜は干渉させたくなかったのに、どうしてギフト狩りが自らこっちにやって来るんだよ……。


殺害される赤坂乙葉。

ギフト狩りで乙葉を殺害する五月雨茜。

最悪の人選が文芸部にやって来たと言っても良い。


「6人共、歓迎するぞ」と部長の概念さんは拍手を送る。

それに釣られ、絵美や理沙らも一緒に拍手を始めた。


「…………」


あぁ、嫌でもセカンドシーズンの運命はこちらに引っ付いてくるらしい。

先ほどの天気が晴れから大雨になった理由はこんな不幸の暗示だったのかもな……。

俺も一緒に拍手を送りながら、びしゃびしゃに濡れた窓ガラスを眺めて新しい不幸が訪れるのを察してしまい、また心で号泣していた。





──桜祭という名の運命は俺が大嫌いらしい……。












メインキャラクターでメガネキャラクターは初?

そもそも綾瀬翔子がメインキャラクターなのかは不明ですが……。




『本物の色』編完結!

次回からは赤坂乙葉ルートの『砕かれた正義』編に突入します。

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