44、本物の色:絆

(ほんっとうに、クソ姉だね。ミドリじゃなくて碧が死んでれば良かったんだよ)


マジでうざい妹にイライラする。

なんなのこいつ?

私が秀頼さんとデートする度にキンキンうるさい。

塩を撒いても、おふだを貼っても消えないし、この妹の振りをした疫病神はどうやったら消えるんだろう?

遺影の翠は可愛くて愛おしいのに、同じ姿形をしたミドリは顔も見たくないくらいにストレスの元凶になっていた。


「あっ、秀頼さぁん!」

「やぁ、碧。どうだい?学校楽しいかい?」

「はい!最近はちょっとずつ友達が増えてきました!……ギフトなんか私に必要なかったんだなって思い知らされました」


ミドリに身体コックピットを貸さなくなったら本当に人間関係が改善されてきた。

火を見るより明らかであり、ミドリなんか邪魔な存在だった。


(ちょっと!碧!身体コックピット貸して!)


貸すわけない。

透明人間になったミドリを突き放す。

人間の好みが同じ明智秀頼さんというのが気に食わない。

ミドリと秀頼さんがイチャイチャしている姿を想像するだけで、殺意がする。


「秀頼さん、しゅきぃぃぃ!」

「んー。そっか」


秀頼さんの隣に入れるだけで幸せ。

そんなささやかな日常が何よりも宝物だ。


(きめぇんだよ、碧!)


そして、このゴミ女だけは早々に処分したい。

そんな新しい人生を歩み始めて2週間ぐらいが経った頃。

秀頼さんのクラス付近で、彼の登場を待っていた時であった。


ゴトッ、と音を立てて私の足元に何かが落ちた。

床に視線を移すと、女物の筆入れだった。

すぐにそれを持ち上げ、「すいません、落ちましたよー」と声をかけると美しいクリーム色の髪がふわっと舞った。


「あら?何かしら?」


幼い童顔であるが、目がパッチリとして、鼻筋も整った美しい女性の芯のある声が響く。

私は彼女を知っている。

いつかに私たちのクラスで委員長と語りあっていた聖女のような人なのだから。


「あ、アリアさん!?」

「あら?あたしのこと知っているの!?光栄だわ!あなたの名前は!?」

「し、……島咲碧です……」

「そう!碧、ね。ありがとう碧!あたしの筆入れを拾ってくれたんだね!」


優艶に微笑む彼女は、同性の私が見ても照れるくらいに憧れる人だった。

ここまでダイヤモンドの如く輝いている人を見ると、裏表のない聖人だろうとわかる。

横に控える仮面の騎士さんは無言で怖かったが、害はないとの噂だ。

秀頼さんのクラスでは、そういう置物という認識らしい。

アリアさんと仮面の騎士さんをチロチロ見ながら通り過ぎる生徒の姿もちらほらあった。

そんな注目を浴びているところに、私みたいな凡人がいるのが気恥ずかしい。


(釣り合ってない。単純に碧の姿が邪魔)


ミドリの悪口にイラッとしつつ、アリアさんにそのストレスを持っているのを悟られないようにする。


「ん?碧、ちょっと表情変わった?」

「え?あ……!?」

「驚かせてすいません……。あたし、ちょっと人の表情に敏感なの!別にギフトとかじゃないから安心して!」


『表情を読む』みたいなギフトを考えていただけに、否定されて驚きが勝る。

すべてを見透かした気がして、完璧な人だなぁとアリアさんならと納得してしまう。


「碧のことはちょっと噂で知ってたの!ギフトで別人──妹に変われるとか」

「は、ははっ……。まさかアリアさんの耳にまで届いていたなんて……」


私みたいなボッチを気にかけていてくれたのが悦ばしい。


「でも、最近になってあんまり変わらないみたいね」

「そ、そうですね。ちょっとややこしいことになって……」


…………あれ?

なんでこんなにミドリとの仲が拗れたんだっけ?

ミドリが一方的に暴言を吐くから、それに釣られて私も嫌いになって……。

ミドリは、どうして私を嫌いになったの?

思い出しても、明智さんと愛をはじめて確かめあった素敵な思い出しか浮かばない。

その前に何かあったはずなんだけど……、記憶に霧がかかったように真実が思い出せない。


「…………」

「あっ!?」


私が急に黙ってせいで、アリアさんも固まってしまった。

「何もないですよ」と、繕った顔で口にした時だった。


「筆入れを拾ってくれた恩があるからアドバイスをあげよっか」

「……アドバイス、ですか?」

「1年5組の五月雨茜。彼女なら今のあなたを助けられるかもしれないわ」

「え?え?五月雨?茜?」


だ、誰?

どういう意味?

脳内で処理しきれずに混乱していた。

とにかくどういう意味か聞き出さないと……。


「アリア様、時間です。今日はこれより会議が控えているので帰りましょう」

「えー?それはないでしょ、アイリ!?」

「ワガママはいけません。引きずってでも帰宅させます」

「そ、そんなぁぁぁぁぁぁぁ!?ま、またねぇぇぇアオイぃぃぃぃ!」

「さ、サヨナラです……」


仮面の騎士さんに、ブレザーの襟部分を引っ張られながらアリアさんは階段に消えた。

どことなく、従者というよりは姉妹に思えたやり取りであった。

廊下中の誰もが、アリアさん連れ去られる事件にポカーンとして静寂が走る。


「それにしても、五月雨茜さんか……。気になるな……」


秀頼さんと帰宅する予定だったけど、アリアさんの口から出た五月雨茜という生徒が気になって仕方なかった。

すぐに1年フロアまで走り、5組の近くに控えていた緑髪の可愛らしい後輩に『五月雨茜』という生徒を呼んでもらった。

彼女が「あーちゃん!」と声をかけると、「どうしたののーちゃん?」という会話がする。

どうやら運良く五月雨さんの友達を引いたらしかった。

後輩ちゃんは「じゃ!私は姉者と一緒にスタヴァに行く!」と言い残し、五月雨さんを置いていった。


「どうも。自分が五月雨茜。何か用ですか、先輩?」

「あっ、島咲碧です」

「自分が五月雨茜です」

「いや、さっき聞きました……」


苦笑しながら突っ込んだ。

とてもマイペースな人らしい。

が、そんなことよりも、生成色の髪に、赤と青のオッドアイという忘れようにも忘れられない神秘的な容姿が特徴的であった。

ルビーとサファイアのような美しい眼は、一体何を写しているのであろうか?

教室付近では人や足音の生活音がうるさいので、近くにあった無人の美術部の部室に入る。

鹿野さんらが所属している美術部であるが、今日は活動していなかったので使わせてもらう。

椅子に座りながら、五月雨さんと向き合った。


「それで?自分に何か?」

「アリアさんって知ってますか?」

「アリア先輩ですね。噂程度で、面識はありませんが知ってはいます」


面識がない?

では、なぜアリアさんは五月雨茜さんを指定したのか?

ややこしい事態に『アリアさんから困ったら五月雨さんに頼れ』というメッセージをもらったんだよというのを説明した。

本人も「なんでアリア先輩が?」とは疑問を持ったらしい。


「ただ、自分のギフトが関係あるのかもしれません」

「五月雨さんのギフト?」

「自分が所持するのは、『絆を断つ』ギフトです。人間関係を断つしか役に断ちませんが……。何か人間関係のトラブルが?あるなら使いますよ」


『絆を断つ』ギフト?

それって、まさか……。

私とミドリの絆を……?


(使って!もう、ミドリは碧となんか一緒にいたくない!)


ミドリ……?

興奮したようにミドリは声を上げていた。

どうして、ミドリは私をこんなに嫌っているの……?

妹の憤怒の感情に、空虚のようなものが広がった……。

なら私も……、ミドリなんか要らない。


「使って……、ください。妹もそれを望んでいます……」

「島咲先輩……」


涙声になりながら、頭を下げた。

もう、私とミドリの関係にピリオドを打とう。

本当は、車の事故でミドリは亡くなったのだから。

五月雨さんも躊躇しながらも、私の頭に手を置いた。

おそらくこれが、『絆を断つ』ギフトの使用条件なのだろう。


「使い……ますよ。頭に消したい人間関係の人物を思い浮かべてください。そうするとお互いの思い出や記憶は消滅し、絆も失くなりますから。──ギフト発動『絆断ち』」

「…………」


ミドリのことを頭に浮かべる。

そして…………、リンクが途切れた。

スパッと……。


「あ」


ミドリは消滅した。

いや、誰だかわからない人が消滅した気がする。

いつの間にか、ギフトは使えなくなった。

誰かと入れ替わるギフトだった気はするけど、


「大丈夫ですか島咲先輩?」

「は、はい」

「自分の役割は終わりました。確かに絆は破壊しましたよ」


五月雨さんはペコリと頭を下げて、美術部の部室から出ていった。

私は振り返ることもせずに固まった。


「…………あれ?」


なんで私……。

涙なんか流しているんだろう?

わけもわからない涙が止まらなかった。

大事な何かが消えた……気はするけどなんだったんだろう……?


──色が消えちゃった……。


わけがわからないよね……。

私は1人っ子なのに、妹を失ったような……。

妹なんか、私に居ないのにね……。














「え?」


消える寸前、ギフトが解かれた。

【今すぐ姉を大嫌いになれ】

そんな、私の存在を否定するような……。


そして、その命令を下した者に対する偽りの好意も消滅し、真実を思い出した。


「や、やめっ!やめて!お姉ちゃん!」


いつものようにミドリはお姉ちゃんに声をかける。

でも、もう目の前に姉の姿はない。


「あ……あ……、あ……」


お姉ちゃん、お姉ちゃん、お姉ちゃん、お姉ちゃん、お姉ちゃん、お姉ちゃん、お姉ちゃん、お姉ちゃん、お姉ちゃん、お姉ちゃん、お姉ちゃん、お姉ちゃん、お姉ちゃん、お姉ちゃん、お姉ちゃん、お姉ちゃん、お姉ちゃん、お姉ちゃん、お姉ちゃん、お姉ちゃん、お姉ちゃん!


嫌だ、嫌だ……。

お姉ちゃんとずっと一緒が良い……。


喧嘩しててもずっと一緒にいたいのに、お姉ちゃんの姿はない。


どこ?

お姉ちゃんどこ?

ミドリはここにいるよ?


ミドリは翠だよ……。

お姉ちゃん、こんな別れ……、嫌だよぉ……。





『クハッ!クハッ、クハッ、クハッ』

「だ、誰!?」


無の空間。

真っ暗闇しかない謎の空間に飛ばされて、悪意に満ちた幼い女のゲスい嗤いが響く。

いつの間にか、私の前にそれが姿を現す。

黒いパーカーを着込み、褐色肌に白髪の背が低い幼女が現れる。

『クハハハハハ』と、独特な嘲笑が続く。


『神は神。エニア』

「神?そんなのいるはずが……!?」

『お主、島咲翠は既に死亡した人間である。生きる条件は島咲碧の身体コックピットを使うことにより生存を許された。しかし、絆は断たれ、島咲碧はもうお前との思い出を浮かべることはない。残念ながら島咲翠の居場所はもうない』

「嫌っ!こんなお姉ちゃんとの別れなんか嫌だよぉ……。お願い……、お願い助けて……」

『死んだ人間は無になる。8年前に既に死んだ人間に現世を生きる資格などないっ!』

「そんな……。そんなの……、そんなのってないよ……」

『クハッ!グッバイ』

「そ──」


カチッとエニアが指を鳴らした瞬間、私の存在は消滅した。

だって、とっくに私は死んでいたのだから……。








『『アンチギフト』を使おうが、もう島咲翠の復活はない。……が、絆だけは取り戻せる。クハッ、あとは十文字タケル。助けたいのであれば、お前が彼女の手を取れ』


エニアは哀しげな表情を浮かべながら消えていった。









─────






【クズゲスSIDE】





「み、ミドリ!?」

(お姉ちゃん……。そんなにいっぱい勉強なんか無理だよ……)

「…………はぁ」


長い長い夢を見ていた。

私がミドリを見捨てるような、あり得ない夢。

なんでだろう……。

変な夢を見ているらしいミドリの姿を見て安心する。

なんでかわからないけど、涙が止まらない。


──もう、あんなこと繰り返したくない。


の内容もよく覚えていないのに、ミドリの手を離してはいけない。

それだけは強く心に残った。


「一緒に大人になろうね。私の妹なんだから、一緒に死のうね……」


存在しないが、私だけは触れられるミドリの髪をくしゃくしゃとずっとずっと撫で続けた……。














島咲碧ルートは、この出来事の後にタケルに惹かれていきます。

『アンチギフト』を使うことで、碧とミドリの絆を取り戻しお互いにお別れを言えるようになります。

原作では、碧とミドリの共存ルートは存在しません。

結構、上級者向けのディープなルートである。

鳥籠の少女寄りのシナリオ。

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