16、悪魔は暴れる
ぐれちゃったと秀頼をさす絵美に誘われ、円は目を見開く。
目が笑っていない。
仕草が違う。
何より折れた竹刀をぶん投げて、織田の顔面にクリーンヒットさせるような凶器攻撃なんか明智秀頼は──否、豊臣光秀はそんなことはしない。
(ま、まさか……。明智く、ん……?)
自分の中に、本人がいる話は既に聞かされていた円だ。
『俺の中にこの身体の持ち主が居る可能性が浮上した』
『明智秀頼だ。……あいつ本人が俺の中で生きている』
『俺に何かあった場合はお前に頼む……』
まだ、お互いが前世を打ち明ける前とはいえ確かに彼から後を任された。
「な、何をすれば良いのよ……。何を……」
円は壁を隔てて、会いに行けないことが何より悔しかった。
「もう、君は居ないの……?」
「円?」
「この壁だかバリアだかガラスだかわからないけど破るわよ絵美!」
「そ、そうだね!」
しかし、何回も絵美が叩いてみた感じ歪みすら起きなかった。
見た目以上に硬いのは、明らかだった。
「ふっはははは!このバリアはちょっとやそっとじゃ壊れないぜ!」
「あんた、バリア男!」
「僕は2年だ。せめてバリア先輩と呼んでもらおうか」
円と絵美が高笑いを浮かべるバリア男を睨み付ける。
雰囲気イケメンのナルシストみたいで、この男が喋るだけでイラッとする2人だった。
「僕のバリアは爆弾やミサイルでも壊れない!なぜならバリアだからな!バリアってのは壊れないからバリアなんだ!」
「壊れないからバリア!?」
「そう!壊れない!そして、2人は密閉状態!酸素が無くなるまでのデスマッチをしているのさ!」
「酸素が無くなるまでのデスマッチ!?」
「そう!どっちかが窒息するまで僕は壊さない!」
「窒息するまで壊さない!?」
「さっきから復唱するだけじゃないか!真面目にリアクションしたまえ!……まぁ、僕におねだりするならバリアの1つや2つ壊してやっても良い」
さっきからの円の雑な対応に突っ込みつつ、バリア男は楽しそうに語る。
まるで主導権は自分にあるんだとでも言いたげなナルシストだ。
「織田先輩からちょっと金を握られたから義理で僕はいるだけですからね。まぁ、可愛い後輩の君たちがどぉーしてもこのバリアを壊したいってんなら今夜3Pで手を打ちましょう」
「3人でパンチ祭!?」
「ちげぇよ!僕の相手して抱かれろってことだよ!意味わかって言ってんだろ!」
バリア男が髪をふさぁとかきあげる。
その仕草にフラストレーションが溜まった絵美が壁をおもいっきり叩き付ける。
すると、爆弾でも壊れないと豪語するバリアが一瞬歪む。
「…………絵美!?」
拳砕けるわよ!、そうやって止めようとしたが違和感があった。
「え?」
絵美の拳は全く砕けていない。
傷1つない小さな手だった。
「はぁっ!」
絵美が掛け声と共にまたバリアが歪む。
さっきより大きく歪む。
バリア男はそのあまりの出来事に唖然とする。
ポルターガイストをぶつけた明智秀頼の全体重を乗せた体当たりでさえ、血まみれになりながらもびくともしないバリアだ。
出血もせず、拳の原型があり、バリアを歪ませる力があるあの女はなんなんだと異常事態にバリア男は恐怖した。
「クフッ。ほら、ゴリラぁ!竹刀当てられたくらいで怯んでんじゃねぇぞ!てめぇはピュアゴリラかよぉ!?それともセンチメンタルゴリラかよぉ!?どっちだよぉ!?」
一方、壁の中ではハイな状態の秀頼が絶好調だった。
折れた竹刀を顔面に投げ付けられ、鋭く尖った竹部分を顔面スレスレを避けたものの、右目辺りから激しく出血した織田はあまりに別人に変わった秀頼に怯んでいた。
「知ってっか!?顔面付近は軽傷でも出血が激しい。今の俺みたいにな。つまりお前も軽傷!良かったなぁ!」
荒々しい蹴りが織田の口を抉るようにクリーンヒットする。
前歯が折れた感触がした織田は、味方のバリアに叩き付けられる。
秀頼が……光秀がこんな荒々しく卑怯な力を躊躇いなしに振るうのが彼には信じられなかった。
パンドラの匣を開けた代償はあまりに大きすぎた……。
「お、おい!とば……、飛ばせっ!」
「わ、わかった」
ポルターガイスト野郎は壁の向こうから手を上げる。
(また飛ばして、殺してやるっ!)、織田は自分の折れた歯を恨めしそうに見ていた。
(勝利の代償は大きかったな……)、自分の勝利を確信した時だった。
「【ゴリラ、ヘタレ。お互い止まれよ】」
「っ!?」
「え!?」
秀頼は容赦なく、この場を命令で支配させた。
使う機会は100以上あった。
彼の切り札『命令支配』のギフトはようやくその姿を現す。
「切り札ってのはよぉ、最後の最後に切るから切り札ってんだぜ。……あぁ、ゴリラに人の言葉はわかんねぇか。ごめんごめん」
「な、何しやがった……?」
「ウホウホッ、ウホホ」
「な、舐めやがってぇぇぇぇ!」
「お?すげぇな。これでキレるとかマジでゴリラ言葉が通じてんじゃん。まぁ、発言した俺はまったく意味わかんねぇんだけど。……流石ゴリラだぜ」
織田から目を離す。
自分の命令の鎖に繋がれた織田はどうせ動けない。
まずは邪魔なポルターガイスト野郎に視線を写す。
「てめぇは散々邪魔してくれやがったな。なぁ?これで3回目くらいか?」
「ひ、ひぃ!?」
圧倒的強者なジャイアンだから男は織田に従っていた。
しかし、そのジャイアンは屈したらそれはもうのび太だ。
いつの間にかジャイアンの座は秀頼に移り、その男に睨まれていた彼はチビりそうになっていた。
男は目線を反らすと、血に染まったバリアが見える。
(い、いや……。大丈夫だ。バリア越しだ!あいつが俺に手を出せるわけがねぇ……)
そうやって、ポルターガイスト野郎は平穏を保つ。
このバリアは、爆弾でもミサイルでも、──核兵器ですら壊せないのだから。
「本当にヘタレだなお前。遠くから物を飛ばすとかギフトから弱虫なのが伝わる雑魚さだな」
「ひぃっ!?」
「俺様が相手をするまでもない。ただの小物だ……」
秀頼はつまんなそうに男を一瞥して、目を閉じる。
「……なーんて言うわけねぇだろバァカ!ぜってぇ許さねぇ!」
目を開き、脅し、追い詰める。
「男と男の決闘に短小がでしゃばんじゃねぇ!股間をタケノコからキノコに進化して、たっぷり精液詰めてから割り込めヘタレがぁぁぁぁ!」
「だ、黙れぇ!ぽ、ポルターガイスト!」
「【自分でポルターガイスト喰らってろアホが。死ぬまで止めんじゃねぇ】」
「う、うわぁぁぁぁ!?」
バギッ、と体育館の壁に叩き付けられるポルターガイスト野郎。
ガンっ、ガンっ、ガンっと何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も壁に吸い寄せられる。
既に秀頼の数倍は出血していた。
「た、たすけてぇぇぇぇ!」
ポルターガイスト野郎は味方ギャラリーに手を伸ばす。
しかし、彼らはヨル、タケル、ゆりか、麻衣の襲撃で誰もその姿に気付かない。
絵美と円とバリア男、そして悠久と理沙と永遠、千姫らの非戦闘員の彼女らもみんな壁が夢中で男に注目がいかなかった。
40人近い生徒がいながら、ポルターガイスト野郎の存在に気付かない。
気付いているのは秀頼と織田のみ。
ただ、バリアに阻まれて織田は助けられない。
そして、秀頼は……。
「【止まれ……】」
死にかけのポルターガイスト野郎を静止させた。
そして、バリア越しに宣言する。
「あのゴリラに、自分の意思で、ポルターガイストをやれ。俺みたいにおもいっきり。生きたいなら、仲間を犠牲にしろ。そうしたら助けてやる」
「や、やります!やります!『ポルターガイスト』!」
秀頼の後ろから風が切る音がして、花瓶が割れるような音が続く。
「よくやった」と秀頼が拍手をしながら称える。
「あ、後は俺は知らないからなっ!」
慌てふためきながら男は秀頼から逃げるように消える。
(追いかけようにもどうしようもないんだよなぁ……)と白けた目でポルターガイスト野郎を見送りながら、目線をずらす。
絵美がバリアに数発パンチを繰り出している。
ミシミシとそのバリアは限界を迎えつつあった。
(絵美ならこんなバリア余裕っしょ。んで、あのヘタレは…………おぉ、タケルちゃんに捕まってんじゃん)
もう圧勝だな、と秀頼は勝利を確信した。
「じゃあ、俺はゆっくりピュアゴリラを虐めるかな。クハッ、クハッ」
エニアと同じ笑い声を上げながら、バリアにめり込んだ織田を引き剥がす。
織田は既に震えた目になり、戦意が削がれていた。
しかし、秀頼はまだ許さないとばかりにふんぞりがえりギフトを使用する。
「【上の服を脱げ。そして、隠し持った凶器を全部俺の足元に転がせ。優勢順位はどっちでも良い】」
「は、はぃぃ!」
「ふんっ。カッター、ハサミ、サインペン。しょっぱいなぁ……」
自分には何かないかと調べるが何もない。
スマホ1つない。
正々堂々と戦おうとしていた正直さの現れだった。
「よし、脱いだな。さて、俺は人を辱しめるのが大好きなサディストなんだ。まったく、マゾいバカの性癖には飽き飽きしてたんだ」
「おっと、【お前は俺が指示を出すまでギブアップを禁じる】。まずはちょうどペンがあるなら落書きだよなぁ」
負け犬、ゴリラ、クズなど身体の至るところに落書きをしていく。
顔にはぱっちり瞼、額に『ゴリラ』など抵抗出来ないことを良いことに辱しめていく。
「あとは、髪型ムカつくなぁ。ハサミで前髪パッツンにして、つむじをカッパにして……と」
チョキチョキチョキチョキと、秀頼の器用さを発揮する。
「や、やめろ……。やめて、くれ……」
「おいおいおいおい。人の肩をぶっ壊した男が何被害者ぶってんだよぉ!てめぇのせいで身体乗っ取られたんだわ、ボケが!」
落書きされた背中の真ん中を蹴り上げる。
痛みがジリジリと織田の背中を蝕む。
「ちょ、ちょっと待て……。お前は誰だ?豊臣じゃないのか……?」
「さぁて?どうでも良いだろ、んな話。まぁ、でも今のあいつの人生に寄生する生活も案外好きなんだわ。性癖だけが合わないだけでよ」
マゾいバカならここまでしないのはわかりきっている。
だからこそ、心にまで釘を刺す。
「よく、ウチのバカをここまでやりやがったなこのゴリラがっ!ムカつくんだよっ!死ねっ!【1週間後、7月7日に自分で自分の両目を抉れ】、【卒業式である来年の3月1日、自殺してくたばれ】……これはもう逃れることはできない。【この決定は絶対に覆らない】。マゾバカにも、これだけは邪魔させねぇ。生きて、明智秀頼という存在に怯えながら少ない人生を歩むんだな」
(う…………。なんだ?状況はどうなってる?)
秀頼の心にご主人の声がする。
せっかくの復活なのに、脳震盪から回復しそうだと気付き、舌打ちをする。
「じゃあねー、ゴリラ。もし、次会う時はバナナでも買ってやるよ。【後は好きにギブアップでもするんだな】」
秀頼が手を振り別れを告げる。
──そして、いつもの彼が身体に戻ってきた。
「はぁ、はぁ、はぁ……。…………何やってんだこいつ?」
落書きされた上半身裸の気持ち悪い織田が踞っていてドン引きしたいつもの秀頼であった……。
†
サディスト秀頼的に、マゾなバカの評価は『おもしれー男』。
ぶっちゃけ気に入っている方である。
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