31、バッドタイミング

マスターの娘ーー谷川咲夜がズカズカと入ってきた。

マスターが「おかえりー」と挨拶を返す。


「ん?マスターさんのお子さんですか?」


永遠ちゃんが入ってきた女の子を見て、マスターに質問をすると当然コクリと頷いた。


「そうそう。僕の子供。名前は咲夜っていうの。宮村さん達と同い年で同じ学校だから仲良くしてやって欲しいな」

「む?誰だ、マスター?」

「僕の店に最近通うようになった子」


咲夜の質問にマスターが答えていると、永遠ちゃんがそっと俺に耳打ちをしてくる。


「自分の父親を『マスター』って呼ぶって変わった子ですね」

「そうですね……」


3年以上見てきた光景なので、咲夜のマスター呼びはもはや違和感もない。

日常そのものである。


「こっちがね、宮村永遠さん」

「よろしくお願いします」

「うむ、よろしく頼む」


ちょっと胸を張って偉そうな返事をする咲夜。

だから友達ができないんだぞお前……。


「こっちがね、明智秀頼さん」

「よろしくお願いします」

「うむ、よろしくたの…………って秀頼じゃねーか!ふざけてるだろ貴様ら!?」


咲夜が俺に近付き睨みを効かせてくる。

凄い不機嫌な目である。


「おい、マスター!?どういうことだ!?」

「だって秀頼君が初対面ってノリでくるからー」

「なんで初対面なんだよ!ウチとこれまで積み上げてきた思い出はなんだよぉぉ」


咲夜が涙目で俺を上目遣いで見てくる。

俺の良心を痛む。

ふざけたノリならいくらかギャグで流せても、悲痛なノリをされるとギャグで流しにくくなる。


「咲夜さん、ちょっとー?いつまで待たせるのー?」

「待ってくれ理沙!だって秀頼がー!」

「え?なんで明智君が?」

「…………」


理沙が店に顔を出したと思ったら、タケル、絵美、津軽というメンバーも一緒に来ていた。

……全員身内じゃねーか。


「秀頼めぇー、ウチとの約束を断ってデートしやがってー。友達をウチの店に呼ぶって流れだったのに貴様だけ捕まらなかったんだぞ」

「あの、本当に帰って良いかな?マジで……」


いつもはマスターと俺の会話しかない喫茶店は、いつの間にか中学生の溜まり場になっていた。


「え?ひ、秀頼さん、マスターさんと知り合い……?」

「知り合いというか秀頼君は、僕の姉貴の家でお世話になってる居候。親戚の子だよ」

「え、えぇぇぇ!?」


永遠ちゃんが驚愕の声を上げた。


「なんで秀頼君が永遠と一緒にいるんですか!?酷いよ、そんな抜け駆け!?」

「おい、秀頼!俺と2人ではいつ遊んでくれるんだよ!?」

「明智君、いつになったらスターチャイルドのCD買いに付き合ってくれるんですか!?」


永遠ちゃんと2人で会っていたことにズルいズルいと騒いだのが絵美とタケルと理沙だった。

そもそも後半2人に至っては『また今度』ってだけで日にちも決めていなかったはずなんだが……。


「もう恥ずかしいよ!秀頼さん!私が常連面してたのに、あなたの方が常連なんて!最初に教えてくださいよ!」


赤くなった永遠ちゃんが俺の身体を揺らしてくる。


「秀頼ぃ、次は絶対ウチの約束優先だぞ?」


俺の手を握りながら泣きそうな目で訴えかけてくる咲夜。


「ふっ、デート邪魔されてざまあ。どんな気分?どんな気分?」


俺の不幸が面白いのかニヤニヤ笑ってくる性悪女の津軽。


「うわー……、僕や姉貴が思ってた以上にすけこましだこいつ……」


ただこの光景を止めるでも、煽るでもなくただぼんやりと眺めているだけのマスター。


「あの……、本当……、全員ごめん……」

「許さないですよ秀頼君!わたしともデートしましょう!」

「俺と一緒にゲーセン行くぞ秀頼!」

「兄さんより、まず私を優先してよ明智君!」

「ウチの約束も守れぇぇ、ひでよりぃぃ」

「秀頼さん、そういう隠し事は次から無しですよ!」

「明智君、がんばれー」

「姉貴にちょっと秀頼君の育て方間違ってんじゃないかって連絡しとこうかな……」





明智秀頼って、本当になんでこうも運が悪いのかと己の不運を呪うのであった……。

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