第19話 『強欲』のアウル

『強欲』のアウルはひとしきり笑った後、涙を拭いて俺の手を引いた。


手にはしっかり手袋が嵌められており、直接接触が条件である能力は発動しない。

試しとばかりに少し抵抗してみるが彼女の細腕はピクリとも動かなかった。


やはり、魔人に身体能力で勝負する事は出来ない。


アウルは上機嫌に俺の手を引く。

そのままスキップでもしそうな勢いで階段を降りて、降りて、降りて。


一階である玄関ホールを過ぎて。


俺は一度も入った事ない、塔の地下へ。


「……ここは」


俺はてっきり、このままムジンの運転する車に押し込まれて誘拐されるとばかり思っていたのに。

結局は未だ塔の中にいる。


「城は全て同じ造りをしていてね。内装には個人の趣味が反映されるが、基本的な各部屋の役割は共通している。地下は奴隷の関連施設さ、君は特別に客室に居たようだがね」


奴隷関連施設……


一階より上とは打って変わり、ここは無機質な、塔の外装と全く同じ黒い継ぎ目の無い素材で構成されていた。


遠近感の狂う黒い廊下を進む。

初めてこの塔に来た時の事を思い出していた、多分、俺はまた酷い目に会う。


「ここが資源、労働……ああ此処だよ、此処」


幾つか部屋があったが看板が掲げられていた訳でもないのに、アウルは迷わずに一つの部屋へと辿り着く。


「画一的な建造は効率的だ。初見の場所でも迷わないからね、こう言う場所は唯一、『無為』と気が合うところだ」


「『無為』? それも魔人なのか」


アウルは俺の問いには答えない。

独り言は多い癖に、ムカつく奴だ。


部屋の中も廊下と同じく無機質で、ひとつ、ポツンと椅子が置かれている。


「さあギンジ君」


椅子を指差し、アウルが笑った。

座れと言う事なんだろう。

抵抗されるだなんてまるで考えていない、こちらの意思を完全に無視している。


「……」


まあ従うけど。


渋々椅子に座る。

椅子は木製で、それ程しっかりとした造りでは無いのか俺の体重でギシギシと軋んだ。


「あの、座ったけど」


アウルは何かを待っているようだった。

座れと言ったくせに、俺ではなく部屋の外を見ている。


「申し訳ありません。お待たせ致しました」


アウルが待っていたのは部下であるムジンだった。

以前見せた大仰な仕草や芝居臭い話し方も無い、顔を伏せて元気の無い彼女に違和感を覚える。


微かに見える極彩の顔には、罪悪感が滲み出ているようの見えた。


「いや構わない! これは必要な事だからね」


心を読む魔人、『疑心』のムジン。

そして奴隷関連施設。


嫌な予感がして、立ち上がろうとしたその時。


「動くな」


身体が針金でガチガチに巻かれたかのように、全く動かなくなる。

唯一可能な呼吸と瞬きの回数が増え、状況を理解しようと必死に頭を働かせた。


「さて」


部屋の外から持ってきた椅子を対面になるように設置して、そこにアウルは腰掛けた。

手には何か、資料の束がある。


「これは君に関する資料だ。カレンの城から色々と拝借して、ムジンに纏めさせた」


視線を落としながら、アウルは言葉を続ける。


「まぁ、当然、君の能力に関する事が主だね。でもそれだけじゃ足りない」


ムジンが俺の横に立ち、紙とペンを用意した。

まるで取り調べだが、俺は不思議な力で口を開く事が出来ないでいる。


「ギンジ君、好きな食べ物は? 嫌いな食べ物もだ」


好きな食べ物……?

頭の中に色々な食べ物が思い浮かぶ。

その中でも特に好きであったのは、実家で食べた焼き魚だ。

もう食べる事は無いだろう。


「……」


ムジンが書き込む。

目配せを受けたアウルがまた質問する。


「出身は? そうだなぁ、思い出の場所とかもだ」


子どもの頃遊んだ公園を思い浮かべる。

夕焼けの中、痺れを切らした母が迎えに来るまで遊んだものだった。


アウルの質問と、ムジンの筆記の音だけが響く。


「初恋は何歳の頃だい、相手も思い出せる限り詳細に思い出すんだ」


なんだっけか、確か、小学生高学年の頃だった気がするが……


言われるがままに、ぼうっと頭を働かせていると。

突然、猛烈な痛みが指先から発せられた。


「……ッ! 」


目をギリギリまで下に動かし、痛みの発生源を探る。


「続けます」


ムジンだった。

彼女は手にペンチを持ち、俺の指の先、爪へと狙いを定める。


躊躇いなく、爪が剥がされた。


言葉にならない叫びをあげる。

微かにしか動かなくなった身体を必死に揺らして、少しでも激痛を紛らわせようと身悶えした。


「ギンジ君僕はね。君が知りたいんだよ、でも言葉を介すると時間がかかるし情報も余計な部分が入るかもだろう? 」


ムジンは読み終えた資料を足元に置き、楽しそうに話し始める。


「加えて、僕は別に君の肉体や魂が欲しいんであって感情やら意思は不要だ。そこで、僕は少し前に画期的な資料作成方法を思い付いたのさ」


アウルの独り言は留まらず、ムジンもこの拷問と資料作成を行い続ける。


「拷問で君の心を殺す、要らないからね。その最中に、質問をして反射として出てきた情報を書き出す」


以前、マリアに行われた意味無き拷問を思い出す。

ムジンの拷問の手際は手馴れたもので、苦痛はマリアに皮膚を裂かれた時の比ではなかった。


ただ、ずっと、痛い。


「この方法だったらね、2、3時間あれば情報を吸い出し尽くしてかつ心も壊せるんだ。ムジンは本当に便利な奴だよ、全て1人でこなしてくれるからね」


ムジンはアウルから代わって質問を行い、拷問をして、情報を書き出す。

アウルはそれを読みながら、愉しそうに椅子を軋ませる。


「僕は無駄を愛す。でも、時間がかかる面倒な事は大嫌いだ。効率的に事を進めるからこそ、無駄を愛する余裕が出来ると言うものだと言うのが僕の持論でね」


質問をされるがもはや纏まった思考は出来ず、瞬間的に脳裏に浮かんだ情報や芋ずる式に引き出された情報をムジンが書き出す。


「早く肉人形になってね。なるべく人型は保っていて欲しいから、早く死んでね」


「……かしこまりました」


たっぷりと2時間。

部屋が血や爪、皮膚、様々な拷問の痕跡によって地獄のような様相になる頃。


「玩具を遊ぶ前に説明書を読み込んでいる時が、1番楽しかったりしないかい? あぁ、もう死んだのかな」


「……はい。アウル様、資料が完成致しました」


分厚い資料をホクホク顔で抱えたアウルは、作業の終了を告げた。


「じゃあ僕は資料を読み込んでおくから、それを綺麗にしておいてね。終わったら客室にでも置いておいてよ」


「かしこまりました」


アウルは資料を抱えて、軽い足取りで部屋から出ていった。


同時に、身体を抑えつけていた謎の拘束力は消え失せる。

支えを失った身体は椅子から滑り落ち、床に叩き付けられた。


視界に入ったムジンは大粒の涙を流しながら、頭を地面に擦り付けている。


それが土下座だと気付くのに数分を要した。


「ごめんなさい……ごめんなさい」


ムジンは拷問と同じく、手際よく手当を行ってくれる。


「俺……生きてる? 」


「はい、ごめんなさい。アウル様の命に背き、拷問のペースを早めました。結果、苦痛は増しましたが脳の機能が麻痺して……精神崩壊は起こしていないはずです」


「そうか……」


痛みを通り越し、暖かな浮遊感が身体を包んでいる。

アドレナリンが止んだ後の地獄を思うと、今から恐ろしい。


「アウル……」


頭が上手く働かない。

ムジンは上手く調整してくれたが、暫くは何も出来そうになかった。


ただ、呪詛のように憎い名を呼ぶ。







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