第37話 アニ、馬車に乗る
ぎんこさんとてんこの二人と別れた僕たちは、予定通りその日のうちに町を出発していた。
今は、隣町へと向かう馬車に揺られているところだ。
「ぐぅ……ぐぅ………………もう、お姉ちゃん………………………………です」
ちなみに、オリヴィアは僕の肩に寄りかかって眠っている。
やはり、とても疲れているのだろう。
僕は、てんこ達と別れる時にした会話を思い出す。
*
(すみんせん。本当はわっちらが用心棒をしてあげたいのでありんすが……)
(わらわ達にはまだスケアクロウを護送するという大切な仕事が残っておるのじゃ。――他の用心棒を雇っても良いが、正直この町にお主より腕の立つ冒険者はおらんじゃろうなぁ……)
(色々教えてくれてありがとう。僕は大丈夫だよ。……オリヴィアが心配だけど)
(私は元気ですよアニ様! この通りです!)
*
「本当に……無理だけはしないでね……」
「……ビシバシ厳しくいきます!」
「さっきからどんな夢見てるんだろう……」
僕は思わず呟いた。
「――あんた達、姉妹かい」
その時、突然馭者のおじいさんが話しかけてきた。
「えっと……違います」
僕はそう返事をする。
「ふぁっふぁっふぁっ、そうかそうか。――じゃがな、本当にルルディに行くつもりなら気をつけた方がよいぞ……なんなら、行かん方がええ」
ルルディは、今僕たちが向かっている隣町の名だ。
煌びやかな建物が立ち並ぶ美しい町だと聞いている。
「どういうことですか?」
「なんじゃ、本当に知らんのか?」
「…………?」
僕はてんこみたいな話し方をするおじいさんだなと思った。
いや、てんこの話し方がおじいさんみたいなのか。
……って、今はそんなことを考えている場合じゃない。
「ルルディで何かあったんですか?」
僕はおじいさんに聞いた。
「……ここ最近、あの町に住んでおる若い
「………………」
「じゃから、気味悪がって誰もあの町には近付かん。お前さん達が久しぶりの客じゃのう」
その話が本当だとすると……もしものことがあったら、僕がオリヴィアを守らないといけない。
僕はそっとオリヴィアの手を握った。
……そういう不気味な話は苦手だ。
「ふふふ……やっぱり………………まだまだ甘えんぼさんですね……」
嬉しそうに寝言を呟くオリヴィア。……本当に寝てるのかな?
「……そのせいで誰も馬車に乗ってくれんからな、わしも商売あがったりなんじゃよ」
おじいさんは、僕の方を振り向いて続ける。
「とにかくじゃな、お嬢さん方はべっぴんさんじゃから、油断するとあの町に巣食う悪霊に狙われてしまうやもしれん。行っても良いが、十分に気をつけるのじゃぞ?」
「…………あの」
「なんじゃ? 怖がらせてしまったかのう…… ふぁっふぁっふぁっ」
「僕……男です」
「………………………………」
「………………………………」
それからしばらくの間、気まずい沈黙の時間が流れた。
「…………あんた達、姉弟かい?」
やがて、おじいさんが何事もなかったかのように仕切り直す。
「はい……そうです」
「他に家族は?」
「妹が……四人。………………兄さんが……一人います」
「そうかそうか、なかなかの大家族じゃな。良いことじゃ!」
「でも……離れ離れになっちゃいました」
「………………………………」
「………………………………」
再び、気まずい沈黙の時間が流れた。
「なんというか……強く生きるのじゃ。そうすれば、きっと再び巡り会える時も来るじゃろうて……うぅっ!」
目元を拭いながら、僕のことを励ましてくれるおじいさん。
「……もう会えなくても良いんです。みんなぼくのことなんて忘れて……幸せに暮らしてくれれば……それで……」
口ではそう言ったが、不意に目から涙があふれてきて、止まらなくなってしまった。
――みんなはどうしているだろう?
メイベルは他の二人とケンカせずに仲良くできているだろうか?
ソフィアは身の回りのことをちゃんとやれているだろうか?
エリーは相変わらず笑顔で過ごしているだろうか?
なるべく考えないようにしていたけど、考え出すと止まらなかった。
「……一つだけ言えることがあるとすれば、自分の気持ちに嘘をついてはいかんぞい。……壊れてしまうからのう」
「…………はい」
「涙を拭くのじゃ。前を向いて真面目に生きとれば、いずれ良いことがある」
「ありがとう……ございます……」
僕は、おじいさんに言われた通り涙を拭う。
それと同時に、馬車が大きく揺れて止まった。
「ど、どうかしたんですか?」
「すまんのう…………馬車の車輪が外れた……わしが整備を怠ったせいじゃ……」
「えっ?」
「適当に生きとるとこうなってしまうというわけじゃな。てへ」
「ええええええええええええっ?!」
ルルディへ着くのには、もうしばらくかかりそうだ。
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