第13話 四人目の妹


 心臓を撫で回されるような心地の悪い感触によって、僕は目を開く。


 両腕には手枷がはめられていて、身動きが取れない。


 そんな状態の僕に、漆黒のドレスを身にまとった少女が抱きついていた。


「……どうしてもっと早く使ってくれなかったの? を虐める悪い奴らは、みんな魔法で消しちゃえば良かったのに……。ずっと使ってくれなかったから、ニアはとってもとっても寂しかった……」


 少女は、耳元でそう囁いてくる。


「……ごめんねニア。それより、聞きたいことがあるんだ」

「ニアの寂しさを『それより』で流すなんて酷いよ……でも、そんな冷たいお兄様も好き……だいだいだいすき……」


 ――ここに居ると息が詰まりそうだ。


「ニアに聞きたいことがあるなら、何でも答えてあげる……」

「あ、ありがとう」


 彼女の名前はニア。生まれる僕の妹だと本人は言っている。


 僕の中には、ずっと昔――物心ついた頃から、闇を司る存在としてニアの魂が住みついているのだ。


 要するに、彼女は僕に憑依した悪霊なのである。


「だから、もっと沢山ニアを使ってね……?」

「……考えておくよ」


 今までありとあらゆる手段を用いて彼女を昇天させようと試みてきたが、全て無駄に終わっている。


 ……とにかく、今聞きたいのは僕の出生についてだ。


「さあ、何でも話してねお兄様ぁ……」

「……オリヴィアの話は本当なの? ニアは何か覚えてない?」

「……覚えて…………ないよ。ニアがお願いしたのは、ずっとずっとずーっとお兄様と一緒に居たいってことだけだもん……お兄様のこと以外、ぜんぶ忘れちゃった」

「そう……だよね」


 やっぱり、ニアに聞いても分からないようだ。


 ――これは本人から聞いた話だが、生まれる前から闇属性の力を持っていたニアは、何らかの理由でこの世に産声を上げる前に死んでしまったらしい。


 悔いを残して死に切れなかったニアは、魔法を使ってあることを願った。


(自分のことを愛してくれる人のそばにずっと居たい)


 幸か不幸か、その願いは深淵に住まう存在聞き届けられてしまう。


 ニアの願いは歪な形で叶えられ、その魂は兄である僕の中へ閉じ込められた。


 そしてその代償として、ニアという存在は僕以外から忘れ去られることとなってしまったのである。


 つまり、ニアは初めからこの世界に存在していなかったことになってしまったのだ。


 ニアが世界から忘れ去られたように、ニア自身も、深淵の存在と契約した内容と、身体を共有する僕が見聞きした事柄以外は何一つとして記憶していない。


 要するに、これ以上ニアを問い詰めても無駄だということだ。


「……ニアは大好きなお兄様がいてくれれば十分だよ……お兄様も、ニアのこと大好きだよね? 愛してるよね……?」

「うん…………僕もニアのことを愛してるよ。……妹として」


 ……ニアが僕に隠し事をするなんて、あり得ないだろうし。


「……じゃあ、そろそろ始めよう?」

「うぅ…………」


 その言葉を聞いて、僕の体が強張る。


 闇魔法は、元々ニアの力だ。


 だから、僕が魔法を使用する度にニアは夢の中に現れて、僕に対価を要求する事ができる。


 僕は魔法を使う度に、ニアのお願いを一つ聞き入れないといけないのだ。


 ――それが例え、耐え難い苦痛を伴う要求であったとしても。


「……今日は何をして欲しいのニア?」


 僕は嫌々ながらもそう問いかけた。


 ニアのことは大切な妹だと思っているけど、正直ちょっとだけ疎ましくも感じている。


 だって、いつもニアの言いなりだから。


 対価の支払いを拒否すれば、僕の体は全てニアのものになってしまう。


 少なくとも今は、そうなると困るのだ。


「僕がニアのことを嫌いにならないで済むようなお願いをしてね」

「うん、わかってるよ。それで今日はね……お兄様のお耳を舐めたいの……」


 え?


「あ、あはは……もちろん冗談だよね……?」


 ニアは首を横に振った。


「ほ、本気なの……?」


 ニアはこくりと頷く。


「お兄様の身体は……ニアのものだもん……。オリヴィアにも……メイベルにもソフィアにもエリーにも渡さない……。だから、お兄様がニアをぜったい忘れないようにしてあげるの……。最初はお耳で、次はほっぺた、首とお腹と指と足と……それからお口にも全部、ニアとの思い出を刻んであげるね……?」


 泣きたい気分になってきた。


「何度も言うけど、僕に執着するのは良くないよ……お願いだから昇天して……」

「お兄様が生きている限り……私はお兄様にツいて行くよ……絶対にお兄様を死なせないから…………!」


 やっぱり、僕が死ぬことでしか、ニアの魂を呪縛から解き放つことはできないのだろうか。


 そんな事を考えていた次の瞬間――――


「はむっ……」

「うぅ…………っ?!」


 ニアは容赦なく僕の右耳を咥えた。


「ちゅぷ、れろ、れろ……っ」

「ひゃっ!」


 背筋がゾクゾクして、冷や汗が止まらない。


「んっ……可愛いよお兄様……らいしゅきだいすきっ……」

「だ、だめ……ニア……これっ……何か変だよっ……!」


 息が吹きかかり、体が勝手にぴくりと跳ねる。


「これは対価だから……ニアが満足するまで終わらないの……」

「そんなっ!」

「ふふふ……本当のお兄様を知っているのは……世界でニアだけだもん……!」


 ――誰か助けてっ!


「じゅるるるるぅ……っ!」

「あぅっ」

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