第32話 屈辱、無力感、罪悪感

 どうする?

 どうする俺?


 俺は丸腰。


 武器になるものは、土の精霊魔法だけ。


 人間相手に撃つのは覚悟が要る。

 ……死ぬかもしれないからだ。


 だけど、そうしないとユズさんを守り切れない。


 逃げるにしても、プランが無いから。


 ここは撃って出るしか……!


「そんなくだらない理由で、ユズさんを巻き込んだのか」


 心に浮かぶまま、相手を挑発する台詞を吐く。


「……くだらないだと?」


 瞬間、ユピタの声が冷えた。


「ヒトより優れる我が、王位を追われたのだぞ?」


 声には怨嗟が満ちていた。

 ユピタより、闇のオーラのようなものを感じる。


 だが、食いついたなら幸いだ!


「お前が邪悪な存在だったからお前は追われたんだ!」


 言ってやる。

 俺の本心。


 激高してくれれば、隙が生まれるかもしれない。


「何が邪悪だ!?」


 一歩、踏み出してきた。


「人間はお前の奴隷じゃない!」


 心臓の鼓動が早まる。

 俺は緊張と、興奮を感じていた。


 何をやってくる?


 芝居の中ではユピタは雷のブレスを吐いていたけど、あれは竜の身体があってこそだよな?

 人間の肉体では、それは無理なはず……


 でなければ、ユズさんを狙う意味が……


 俺がそうやって、ユピタの出方に思考を巡らせているときだった。


「ユピタ様に対してなんたる無礼な!」


 ユピタの手下……あの女が、懐から短刀を取り出して、抜いて襲ってきたのだ。

 腰だめに構えて突っ込んで来る。


 来た。


 緊張。

 だが俺は思った、これはチャンスかもしれない。


 後ろにユズさんを庇っているから、俺は避けることはできない。

 けれど。


 あの短刀を奪う事ができれば、状況は少しは良くなる。

 俺が丸腰ではなくなるから。


 ここは、覚悟を決めるところだ。

 俺……踏ん張れ!


 全神経を女の短刀に集中する。


 大丈夫だ、男と女とでは基礎体力が違う!

 必要以上に怯えなければチャンスは十分にあるはず……!


「死ぬがいい!」


「させるかよっ!」


 突っ込んで来る女の手を押さえ、短刀の一撃を止める。

 毒が塗ってあるかもしれない。刃を握らないように気をつけた。


 さすがの筋力差。

 俺は確信する。


 このままやれば、短刀を奪える、と。


 それで勝ったことにはならないが、突破口にはなるかもしれない。


 女の短刀を奪い取るため、全神経を集中する。


 そのときだった。


 ザクッ、と俺の脇腹に衝撃が走った。

 熱さを感じた。


 痛みよりも。


 えっ……


 思わず、見下ろす。


 俺の脇腹に……


 ナイフが1本、深々と刺さっていた。


「がッ……!!」


「ウハルさん……?」


 遅れてくる激痛と、脱力。

 出血と共に、俺の力も流れ出ていく……。


「……口ほどにも無い」


 脱力していく俺を前にして。

 ユピタは勝ち誇ったようにそう言った。


 ヤツの周囲を、ナイフが舞っていた。


 ……あれは……


 魔法の本で読んだことがある。


『操鉄の術』


 鉄を手触れずに動かす、雷の精霊魔法だ。


 そういや、ユピタは雷の精霊力を持っている……


 だから、雷の精霊魔法が使えるってことなのか……。

 混沌神官に憑りつかれた俺が、邪神の神の奇跡を使ったみたいに……!


 なんてことだ。

 そっちの可能性、まるで考えて無かった……!


 それでいきなり、不意打ちでナイフを刺されるなんて……!

 力が入らない。


 もう、まともに立っていられない……。


「ユピタ様、ご助力まことに有難く」


「良い。そんなことより女をこちらに」


 ユピタに深々と礼をする女。

 それを制して、ユピタは言う。


 ユズさんを連れて来いと。


 女は「は」と短く応えて、恐慌状態に陥っているユズさんの腕を掴み、強引にひったてて行った。


 ユズさんは、ウハルさん、ウハルさんと俺の名を呼んで暴れた。


 そんなユズさんの首筋に、ユピタは手を当てて……


「雷の精霊よ。我が手より雷の迸りを」


 バチッ!


 ビクンッ、とユズさんの身体が跳ね、脱力した。

 気絶させられたらしい。


 ……多分『放電の術』を使ったんだ。


 気を失ったユズさんを肩に担ぎ上げ、ユピタは


「雷の精霊よ。我に空を舞う力を」


 呪文。

 ふわり……と浮かび上がる。


「先に帰る」


「ユピタ様、あれはどうしますか?」


 宙に浮くユピタに、女が俺に顎をしゃくるようにして言った。


 ……殺される!


 当然の結果だ。

 心臓を掴まれるような恐怖を覚えた。


 悔しさと共に。


 ユズさんを守り切れず、俺は何の抵抗もできず殺される……


 畜生……畜生!


 自分の無力さを呪った。


 悪に負ける。


 耐えがたい。

 耐えがたい屈辱で……無念さだった。


 だが……


「捨て置け」


 ユピタはそう、嘲笑交じりの声で言う。


「殺す価値もない。そんな事よりお前も脱出しろ。我が術では2人は運べぬからな」


 ……怒りに震えた。

 こいつは俺に殺す価値も無いと言いやがった。


 女の子を目の前で奪われ、殺されもせず見逃される……


 屈辱と無力感、罪悪感で血を吐きそうだった。


 このままで……このままでは居られない……


 動かない……動かない俺の身体……


 死んで……たまるか……!


 俺は、現場から逃げて行く女、西の空に飛び去って行くユピタを見送りながら……


 何が何でもこの場を生き残り、彼女を助ける……


 何度も何度も、心で叫び続けた。

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