第30話 忌まわしい再会

★★★(ユズ)



 場所を変えたい、って。


 私はウハルさんに送ってもらいたい。

 ここで、仕事を理由にサヨナラ、っていうのは嫌だった。


 可能な限りウハルさんと一緒に居て、今日という日を幸せな気分で終わらせたい。

 そう、思ったから。


 ……でも。


 お店の事を、私事で「今聞くのは嫌だから帰ってくれ」なんて言えないし。


 どうしよう……。


 私はこっそり、ウハルさんを見た。


 ウハルさんは……


「あ~」


 ちょっと困ったようにしてて。


 ほっぺをちょっと掻いて、何か言いたそうに、言い辛そうにしていた。


 そして。


「……ユズさんを俺、どうしても送りたいので、場所を変えるところまでは一緒に行っていいですか?」


 そう、言ってくれたんだ。



★★★(ウハル)



 どうしよう?

 言ってしまったけど、キモかったかな?


 サービス優先。って思考してて。

 ここで食らい付かないの、ダメだと思ったんだけど。


 デートしてて、女性を送れるところまで送らないなんて、用が済んだらサヨナラみたいで。

 俺には失礼なんじゃないのかと思えたんだけど。


 この、ユズさんの勤務先の大店の従業員さん?


 場所を変えないと話せないようなことを伝えに来てて、視線で分かったけど、俺の事も邪魔そうな目で見てる。

 この人としては俺に帰って欲しいんだ。

 それだけはよく分かったけど。


 それぐらいで「じゃあ仕方ありませんね」って。

 あっさり引き下がってサヨナラするなんて。


 まるで帰るタイミングを求めてたみたいじゃないか。


 そりゃ、ダメだろ。


 俺はそう思うんだけど、間違ってるかな?


「もちろん、大切なお話をされるときは俺、離れてますけど」


 一緒に話を聞く、なんて言うのはさすがにダメだ。

 それぐらいは俺にも分かる。


 そこの線引きはしなきゃな。


 でも、傍で待つくらいは良いだろ。


 俺はユズさんに精一杯サービスをしたいんだ。

 だから、その気持ちに正直に従う。


 後で「キモい」って思われるかもしれないけど、ここは決断のときだと俺は思った。



★★★(ユズ)



 ウハルさん……!


 私は、嬉しかった。

 ここでウハルさんが「ラッキー」みたいな顔をしなかった事が。


 私の事を送りたいって言ったのは、社交辞令じゃ無かったんだ。


 本心で、私の事を送りたいって思ってくれてる。

 それが、すごく嬉しかった。


「……そういうことですけど、よろしいですか?」


 多分、大丈夫だろう。

 私はそう思うんだけど。


 だって、聞かれて本当にマズイことを伝えに来るのに、新人の人をお使いに出すはず無いし。


 場所を変える上、同行者もダメだなんて。

 考えにくいでしょ。


 だったら問題の事を話すときに、ちょっと離れてもらえばいいだけだ。


 何なら、ここで耳打ちするだけでも問題ないはず……


 そう思い、そう伝えたら、その新人の女性、ちょっと悩んで


「……分かりました」


 しぶしぶと言った感じで、受け入れてくれた。


 やった!



 それから。


 その新人女性に案内されて連れていかれる。


 最初、店の方に行くのかと思ったら。


 どうも方角が違う気がする。

 どんどん人気が減っていく。


「ちょ、どこまで行くんですか?」


 人の少ない場所、という意味なら明らかにやり過ぎ。

 そう思わざるを得ないと思ったから、私はそう言ったら。


「もう少しですよ」


 そう、短く答えるのみで、先に行こうとする。


 さすがに、立ち止まった。


「あなた、変です! 本当にフラワーガーデンの従業員なんですか!?」


 そう、言い放つ。

 同時に、その「自称新人女性」もピタリと止まった。


「俺も変だと思う……ユズさん」


 ウハルさんも同調してくれる。

 そして私の手をとって、自分の背後に庇ってくれた。


 そこに男らしさを感じて、私は小さくときめく。


「そんな……酷いですよユズさん……」


 振り返って、薄笑いを浮かべる。

 その笑顔に私は……


 偽りを感じた。


 そのときだった。


「……もういい」


 声が、降ってきた。


 弾かれたように、私たちはそちらを見た。


「え……?」


 ……そこには


 黒づくめが立っていた。


 忘れたくても忘れられない。

 いつか見た、同じ姿の黒装束。


 足が、震えた。

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