第67話 計画

 念の輪それは水槽の女の力だけでは叶えられないものだった。水槽につながれている碧卯なのか白酉なのか-その世代が日本が滅んでから二十世代目とすると紫音、緑尽、白虎、赤羽の世代が二十一世代目。そしてその子供たち樹蒼、流黒、陽紅が二十二世代目となる。世代を超えるごとにその力は強まっているが、特にこの二十二世代目の樹蒼、流黒、陽紅の力は絶大なものであった。それは碧卯と白酉からの直系の血縁と健康な黒鷹フレデリックとの血が交わった偶然の結果であるのだろうか。普通は体力的に弱かったりどこかしら体の一部に不具を持って生まれてくるミコの特徴が無く健康体の上、体力にも恵まれ自分で体力を生み出せる分、またそのパワーも年毎に増大しているのだった。その為水槽の女へ念の輪がつながれたのも九割方二十二世代目のパワーによるものだった。

一方白虎は生まれたときから健康でミコの能力は無いものと思い使っていなかった。赤羽と一緒で晩年その能力が呼び起こされた。二十二世代目と比べるとミコの能力は劣るが体力分そのパワーの維持力エンジンのような役目になるのだった。そうして開かれた念の輪だった。


その念の輪の中語られ始めた婆様の教えは次のようなものだった。


 (五方陣という日本にまた中国にも古くから伝わる言い伝えを教えよう。流黒と陽紅は紫音から教えを受けておるだろうがの・・・陰陽五行説といい森羅万象の全てが五惑星木火土金水これら五つ星の精気の消生と陰と陽の二つのバランスが組み合わさって出来たものである。

 一つ「相生(そうしょう)」といいお互いに相い生まれるバランス。木は火を生じ火は土を生じ土は金を生じ金は水を生じ水は木を生じ・・・これは天地陰陽の気が調和・均衡を保ち万事順調に生み進むバランスである。その反対は「相剋(そうこく)」と言い木は土を剋し土は水を水は火を火は金を金は土を相い剋する。この流れは天地の均衡が崩れ破壊を生じる。お前達はこの五星それぞれの役割を担って今この地に同じ時に生まれ落ちている。


樹蒼は木。青の化身。豊かな緑で地に根を張り新鮮な空気を生み出す。

陽紅は火。赤の化身。燃える炎で人々に暖を与え大いなるエネルギーの源となる。

白虎は金。白の化身。黄金の富で人々に豊かな財をもたらす。

流黒は水。黒の化身。流れる豊かな水流で大地をそして人々の喉を潤す。


アメリカを中心に木の位置は南南東、火の位置は南、金の位置は北北西、水の位置は北北東、土の位置は南南西になる。すなわち樹蒼は南南東へ陽紅は南へ白虎は北北西へ流黒は北北東へそれぞれが位置しお互いに相生の方向へ念じればこの念の輪は結ばれつながり相生まれてより強固な念の五方陣が生じることとなる。念の五方陣はこれまでの念の輪とは異なり繋がり駆け抜けることで壮大なパワーを発揮するであろう。その方陣の中で囲まれたものは一般の者とてもはやわれらと同じ右脳左脳の意味範疇は取り去られ感情の意識のもと、嘘がつけぬ互いの意識交換の場へ放り出されることとなる。その場ではこれまでの概念決め事は通用せぬ。しかも婆が繋がれておるこのアメリカの研究所の中にはアメリカが長い年月をかけて改ざんしつくした過去の歴史ヤマトが滅んだ本当の理由が詰め込まれている。もしお前達がこの念の五方陣を作ることが出来たのなら私も他の民と同様この輪の中へ放り込まれ本当の歴史と事実をアメリカの全土へ一時に知らしめることが出来るであろう。その時残るヤマトの民を呼び集め日本へ戻ることも・・・・相称の・・五方陣が・・開けたなら・・・)


白虎は驚き目を見開いたまま問いかける。

(しかし!しかし五方陣を開くには一星土の星が足りません。まさか・・紫音が?)

婆様は告げる。

(紫音・・・赤羽・・・あれらはこの世で力を使こうた・・・よう使こうた・・・もはや余力は残っておらん。灯火が消えるのもまじかな事じゃ・・・その前にその前にこの婆と話をさせておくれ・・・)

白虎は驚き尋ねる。

(あなたは?私の母白酉ではないのですか?)

婆の意識が細くなり始めていた。

(私は白酉であり碧卯である。白虎五星のひとつ土星・・・それは自由人が育ててきた地黄(ちおう)・・・二十二世代目の・・東の地におる・・・紫音と黒鷹を赤羽から救った時のあの子の力・・・を感じ・・・地黄のパワーはお前達に比べれば少し弱いがお前達、特に流黒と陽紅と樹蒼の力がそれを補うであろう・・・探して念の五方陣を開いてお・・・くれ・・・地黄は・・・土黄の化身・・・広大な土地に・・・・・・・・・)

ゆっくりと念の輪が閉じられ流黒と陽紅白虎は心配そうな紫音を前に立ち尽くしていた。念の輪に入れない紫音に、白虎は今の話を説明しながら、紫音の寿命のことを聞かれなくて良かったと胸を撫で下ろしていた。母親の命があと少しと解った陽紅と流黒はお互いに顔を見合わせ暗い表情をしていた。白虎は紫音へ樹蒼の元気そうだった様子を告げ今の婆様から聞いた五方陣の計画も話し聞かせ始めた。紫音は居間のテーブルに付き、うなづきながら白虎の話を聞き入っていた。白虎は今聞いた話を紫音に説明しながら別のことを考えていた。

(紫音はもしかすると自分の寿命の長さを後どれくらい生きられるのかを知っているのかもしれない。そうでなければ自分より能力の低い私がこの毎年開かれる念の輪に加わっているのに自分が、紫音が加われないはずはないと考えるのではないだろうか?しかしそれをしなかった。自分のパワーがその輪に加わることでより一層すりへってしまうことを察知していたからではないだろうか?そしてクロ兄に頼まれたように子供達のため子供達がせめてひとり立ちできるまではと力を使わずに賢明に残りの人生を送っているのではないだろうか?)

白虎はそこまで考えたとき母親の情愛の深さを知り紫音へ五方陣の説明をする言葉が詰まってしまった。紫音は不思議そうに白虎の顔を覗き込み「大丈夫?」と白虎を案じている。白虎は「何でもない。少し疲れただけだから。」と説明を流黒へ引継ぎシェルターから出て外へ向かった。階段を上り外へ出てみると二月の終わりというのに少し暖かい風が吹き始めていた。

(南の島には毎年早く春が来るものだ・・・)

白虎はつぼみを膨らませ始めたしだれ桜の大木を見上げながらつぶやいた。

「クロ兄私達はどこへ向かって進んでいるのでしょう?」

満天に星が輝き、まあるい月がそこだけ切り取ったようにぽっかりと黄色く浮き出ている。月明かりに照らされたしだれ桜の根元には黒鷹が眠っている小さな墓があった。考えたくは無かったが(きっと紫音は亡くなったらここに黒鷹の隣に埋めて欲しいと言うだろう。聞かなくても解っている。)と白虎はボンヤリと思いを巡らせた。しだれ桜の大木の下に座り込むと白虎は黒鷹の眠るところを右手で撫でながら迷える自分の胸の内を黒鷹へ話し始めた。

(黒兄五方陣を作るべきなんでしょうかね・・・それはある種の攻撃に見なされてしまうのでしょうか?)

尽きることの無い白虎の想いがめくりめき春を待つまだ肌寒い夜が更けていくのだった。

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