第54話 帰依

 自由人の案内で紫音と黒鷹は港に着いた。冬の漁村に停泊しているその船は小さく、かもめが飛び交う凍てつく漁村の港に上下する波に、申し訳なさそうにもまれていた。船はカナダとロシア間を行き来している密輸船でロシア人らしき船長は自由人と金銭のやり取りを終えると紫音と黒鷹を乗船するように言っている様だった。自由人は黒鷹の傷を心配して船にいつも同乗している闇医者にたのんだ。また自由人自身も身を隠すことを紫音たちに告げた。自由人は心配そうに紫音に尋ねた。

「こいつらはロシアかその後頼めば韓国までは連れてってくれるが、どうする?どこへ行く?アメリカがもっている探知機はアメリカ国内ではミコの力を使った時に読み取ってしまうらしい。出来ればアメリカ国外へ・・・俺はそれしか方法はないと思っているが・・・」

自由人の心配そうな顔を見て左肩を抑えながら息をきらせて座っている黒鷹が言った。

「か・・韓国へ・・その後どうにかして・・・ヤマトへ・・・」

紫音が眼を大きく見開いて黒鷹の顔を見詰めた。

「ヤマト・・・日本のこと?」

自由人も我が耳を疑った。一瞬噴出しそうになったが息を切らせながら語る黒鷹の真剣な表情を見て思いなおし自由人も真顔で尋ねた。

「日本は・・・本当にあるのか?昔から語り継がれてはいるが・・・本当に存在するのかどうか俺らはそれすら知らないのに。もしあったとしても翁の話じゃ放射能でやられちまってるって。人なんか住めやしないって。」

紫音が黒鷹の顔を真剣な表情で見詰めながらつぶやくように言った。

「でも本当にあったのなら、あるのなら南端の島ならば住めるのでは・・・」

自由人は返す言葉無く二人を見詰めていた。国があると信じたい気持ちは自由人にも痛いほどよく解っていた。拠り所なのだ。精神の心の拠り所として追い詰められた二人にすがらせる最後の砦なのだ。生まれた時から住んでいてもここアメリカは自分達の母国でないことは幼いころから肌で感じとって育ってきた。ヤマトの民ならば幼いころから寝物語に聞かされて育ったジャパン日本・・・一度は踏みしめたいと夢にまで見た祖国の地。しかしそれは黄金郷の伝説のように語り継がれる夢物語として、皆、心の片隅に大切に仕舞い込んでいるものだった。それを黒鷹が、紫音が、今目の前で本気で口にしているのだった。場所も大体は解っている韓国の東側にある小さな島国だ。自由人はいつの間にか一筋の涙をこぼしていた。自由人はつぶやくように言った。

「行けよ。行ってみろよ。」

紫音と黒鷹は自由人の方を仰ぎ見た。そして真剣な表情で一筋の涙を流しながら話す自由人を見詰めていた。

「そうだよ。どうせ韓国まで行くんだ。すぐ隣じゃないか。俺達の黄金郷だ!俺達の母国じゃないか!」

母国・・・その響きに黒鷹と紫音もいつしか心にぽっとろうそくの炎がともったような暖かさを感じていた。紫音は黒鷹を見詰め黒鷹も紫音の眼差しをみて確信していた。

(帰ろう!俺達の母国へ。)

自由人はしゃがみ込み紫音と黒鷹の手を取った。溢れる涙を拭うこともせず自由人は二人の手を取り心から無事を祈っていた。

自由人は船長に韓国まで二人を送り届ける約束をとりその後の移動方法もどうにか探してくれるよう確約をとり二人を乗船させたのだった。


別れ際に紫音が自由人に言った。

「待ってる人がいるのでしょう?」

自由人はちょっと困ったように微笑むと頷いた。自由人の脳裏には地黄の顔が浮かんでいた。自由人は出来るだけ白虎と翁も探してみるが自分も連れとアメリカを離れるだろうから足取りを消すためにも当分連絡を取り合わない方がいいと告げ、紫音に持ち合わせた金を全て渡し、紫音と黒鷹を送り出した。雪の降りしきる中、自由人は紫音と黒鷹が乗った船を送り出した。自由人は心の中で紫音にいい子を産んでくれるように祈った。その子達こそもしかしたら初めて母国の地で生まれる最初の日本人になるかもしれないからと思い祈ったのだった。灰色の漁港から汽笛を上げ出て行く船は灰色の空と海の中へ吸い込まれるように消えていった。


そこからの自由人の行動は素早かった。軍からの給与は常に全額を引き落すと別の国外の銀行へ偽名で預けていた。しかも必要経費と称して金を使用する際は何かと多めに請求し、ちゃっかりとその差額分もプールしていたので当分の生活費には困ることはなかったのである。軍の捜索方法も心得ていたので地黄を連れて逃げおおせる自信はあったのだった。しかしながらフレデリックが自分ごとき海賊部隊のしかもミコ探し専門という影の仕事を引き受けている人間をおおっぴらに捜索するとも思えなかった。もし追っ手が来るとしたら軍関係者では無く民間のプロがやってくるのでは無いかと想像できた。

(そっちの方がチョロくていいんだがな・・・)


自由人の気がかりは翁と白虎のことだった。通信機器は探知される恐れがあるので使いたくはなかったので元の翁達のいた村を通りもし翁と白虎が戻ったらこの手紙を渡してくれるよう隣の夫婦に頼んだのだった。自由人は知らなかったがその家はフォード家だった。庭先に出てきた小さな女の子は急にいなくなった4人に会いたいと泣きべそをかいていたのが印象的だった。自由人が去った後ボブ・フォードは四つに折りたたまれたその手紙を開いてみたがひらがなだけで書かれたその手紙はボブにとっては絵文字が書き連ねてあるようで何のことかさっぱり解らなかった。

そこから自由人は今までの通信機器は全て廃棄し地黄へ街の店から連絡を取り荷物をまとめてシスターにも告げずに出てくるように言うと待ち合わせの場所と時刻を決めそこで地黄を拾った。軍の関係ではない知り合いの闇業者のところで二人分のパスポートを作りアメリカ国外へ脱出することができたのだった。


フレデリックは自由人に殴られ当分の間雪の上に倒れていた。フレデリックを輸送してきた航空機を操縦する人間があまりにフレデリックの帰りが遅いため心配して捜索にやってきて発見し、無事フレデリックをアメリカまで連れ帰ったのだった。そもそもプライベートでやって来ていた今回の旅先での出来事だった。真実を告げられないフレデリックは「途中で道に迷い暴漢に会いそのまま気を失ってしまった。」ということにして事なきを得たのだった。


翁と白虎は黒鷹たちと逆方向へ移動して三日目にまったくの追っ手がやってこないことを不審に思った。連絡を取り合う術が無かったため五日目にとりあえず元自分達が住んでいた村へ様子を見に戻ってみた。村には変わった様子も無く翁達が住んでいた家もそのままだった。夜になり白虎が自分の家の付近にまで戻ってみるといつも留守の時の連絡版に使っていた垣根の横の小さな板に「伝えたいことがある。」とボブの書置きがあった。(罠かもしれない)と思いつつ白虎はフォード家の中が見渡せるところからミニヨンを見止め合図して呼び寄せた。ミニヨンは自分の父親を呼び寄せ、自由人からの手紙を白虎へ手渡したのだった。

こうして白虎と翁は黒鷹たちが向かった先は把握できたが自分達がそこへ移動する術を持っていなかったことと自由人の手紙に黒鷹と紫音の後をすぐに追わないよう記されていた。足取りがアメリカへばれるのを恐れ数年は身を潜める方が懸命だし自分は地黄という子を連れ数年は隠れているつもりだと書かれていたのである。翁と白虎は黒鷹と紫音を追う事をとりあえずあきらめてまた違う地へと旅立っていった。


旅路の間、翁と白虎は黒鷹と紫音の無事を祈った。白虎が翁に心配そうに紫音たちの身を案じて話をするといつも翁は笑いながら白虎に言うのだった。

「お前も念じてみれば紫音様へ通じるはずじゃがのう?だめじゃろうか?」

その度に白虎はキツネにつままれたような顔をして翁をみつめるのだった。白虎は未だに自分の秘められた能力を理解してはいないようだった。雪解けはまじかに迫っているようで白虎の足先にはふきのとうがひょっこり顔をだして挨拶をしていた。

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