第44話 不安と希望

 十一月の初旬山々はすっかり落ち着いた色合いに染まり人々も冬用のセーターに着替えところどころでは暖房用の薪も用意され始めていた。紫音たちが暮らしている取り残されたようなこの村でも村人は皆冬支度を終え村の中心にある小さな集会所へ足を向けていた。アメリカの大統領選挙が終わりフレデリック王が大統領に就任された放送を村人が集まって見るためだった。

辺鄙地方にあるこの最果ての村では過疎化が進み村人のほとんどは流れ者や移民などで構成され正式な選挙権を持っているものは皆無に等しかった。当然電気や通信の設備も整っておらず大きなニュースなどは村の長を務めている者からの召集で集会所に集まって、そこのTVを通じて皆で見聞きするのだった。翁と白虎、黒鷹と紫音も一緒にこの集会所に集まっていた。TV画面には「アメリカ大統領誕生」「希望のニューアメリカ」というテロップの後に各方面の新商品のコマーシャルが流されていた。その間黒鷹はめずらしく落ち着かない様子だった。その黒鷹の様子を見かねて翁が小声で問いかけた。

「アメリカの新大統領はあの紫音様が森で出会ったフレデリックという男であろう?」

黒鷹は翁の目を見詰めてゆっくり頷いた。翁や黒鷹たちにも多少中心部の情報は入ってきていたがさすがに以前の様にはいかず、かなりスピードダウンしさらには情報量も減少していたが流石に今度のアメリカの新大統領がフレデリック王で、それにより暴徒と化した有色人種たちの騒ぎが収まったという話は早くから翁達の耳にも入っていたのである。

黒鷹は一向に始まらないニュースの特別番組に苛立ちながら画面の方を見詰めたまま翁に小声で告げた。

「この転換が俺達にどう影響してくるのか・・・」

翁も画面を見詰めながらその黒鷹の言葉に腕を組み頷いていた。黒鷹にはあの森で一度しか会っていないフレデリックに対して言い知れない不安のようなものを常に感じていた。あの時紫音をかばい、フレデリックの前に立ちはだかった自分に対して見せたあの瞳・・・ほんの一瞬だったが冬の海より冷たい青い色の中に見た憎悪にも似たあの眼差しを、あの瞬間から黒鷹は忘れることができなかった。

横を見ると紫音が椅子に座ったまま背筋を伸ばして画面の方を見ようとしている。その横で白虎が紫音にTV画面が見えるかどうか尋ねていた。黒鷹はふと我に帰り紫音を気遣った。

「シオどうした?」

黒鷹のその問いに紫音は少し微笑むと首を横に振った。

「テレビが見えても私には箱としてしか見えないから一緒なの。白虎がさっきから気にしてくれてるんだけど・・・」

黒鷹が「そうか」とうなずくと横から白虎が

「私が説明しましょう。」

と明るく紫音に画面に繰り広げられていることを説明し始めた。その白虎の説明を聞きながら紫音がくすくす笑い白虎に言った。

「白虎まだコマーシャルだったのね。番組になってからでいいわ。肝心なとこだけ教えて。」


その時画面に派手な音楽と共に女性と男性のアナウンサーが現れゆっくりと礼をすると番組がはじまった。「フレデリック大統領による新たなアメリカの幕開け」と言った仰々しい美辞麗句を並べ立てた後「フレデリック大統領誕生までの軌跡」と題してこれまでの流れがVTRで編集されていた。

白い建物の前で大統領出馬宣言をしているフレデリックが映った。凛々しくスピーチを始めたフレデリックが映し出された画面の横にこの時の公約として箇条書きにされたものがテロップで同時に映し出されている。

1.大統領権限の復活(主に大統領の核発射ボタンの権限掌握)

2.軍・幹部の公平な選抜

3. 福祉・教育方面の予算の充実。

フレデリックがスピーチをしている最中に白いワンピースを着た黒人の少女がフレデリックに花束を渡そうと階段を駆け上ってきたところが画面の端に映し出されていた。カメラが切り替わり咄嗟にSPが少女を取り巻き少女の行く手を塞いだ。泣き出しそうになる少女の顔がアップになった。その時フレデリックの声が会場に響き渡った。

「その子をこちらへ!」

四万五千と発表されている聴衆が一瞬凍りついた瞬間だった。少女を掴んでいたSPがあわてて手を離すと少女は階段を駆け上りフレデリックに白い小さな花束を渡した。フレデリックは跪き少女からその花を受け取った。フレデリックの美しい笑顔が画面一杯に映し出される。その微笑みは気高くその眼差しは優しく、朝の日差しを受けて輝くブロンドの髪が一層の神々しさに一役買っていた。カメラが少し引かれると黒人の少女が小さな両手でフレデリックの両頬をはさみその頬に口付けをした。フレデリックは少女を抱えて演台の立ち位置に戻ると会場から一斉に拍手が沸き起こる。フレデリックが片手で拍手を制しゆっくりと語り始める。

「アメリカの国民、アメリカに住む全ての人々に私は誓おう。アメリカへの愛と勇気。そしてこの子どもたちの未来を私達の手で作り出すことを!人民の人民による人民のための政治を今この時代に実現しよう!」

フレデリックの花束を掴んだ左手が上がった時会場は一斉に地鳴りの様な歓声が沸き起こった。フレデリックのバックにはあのオーウェンを助け出したときのVTRが編集され効果的に映し出されていた。カメラがヘリコプターからの中継画面に切り替わった。上空から見ると会場を埋め尽くした人々のうねりのような動きがまるで砂糖に群がるアリの集団のように映し出されていた。中心に小さく白い四角が写っているがどうやらそれが今しがた映っていたフレデリックが立っていた場所のようだった。

「すごいもんじゃのう・・・」

翁が目をまるくして画面に見入っている。黒鷹も言い知れぬ不安を拭い去れないまま画面を見詰めていた。

やがて民主党側の動きと題されて党首モーリス・グレイの写真が画面で紹介され立候補を取りやめたいきさつについて簡単に説明がなされた後、彼へのインタビューが映し出された。アナウンサーの「党内部からかなりの反発があり分裂の恐れも出たと聞きましたが?」という問いにモーリスが微笑みながら端的に説明をこなしていた。要約するとアメリカ国のことを考え今回の出馬は断念した。民主党の考えもフレデリック大統領ならば実現してくれると思ったからだという旨のあたりさわりのない内容だった。その後は流す程度に共和党側の意見にふれて早速就任時の模様と各地のパレードの様子が映し出されていた。


黒鷹はじっとテレビ画面を見詰めていた。画面にはフレデリック大統領の今日の様子が映し出されていた。そのフレデリックのアップになった顔に黒鷹は一人思っていた。

「あの頃は右半分にあざのようなものがあったが今は綺麗になくなっている。しかし表情というのか眼差しというのか・・・俺が見た人物とは別人のような穏やかでやさしそうな人に映っている。これが本当に俺があの森で出会ったのとあの人なんだろうか?」

黒鷹は同時に懸念していた。

「アメリカのいや全世界といっても過言ではないだろう。その全世界の全ての実権を握ったフレデリック大統領。もし彼が、俺が思っていた通りの望みを忘れずにいたとしたら・・・それは多分紫音なのだ。あの時のあの眼差しは紫音と引き裂いた俺への憎悪だと。 もしその願いが続いているとしたらアメリカのミコへの追尾とダブルで追い討ちをかけられることに成ってしまう。逃げ切れるのか。このままこの村でじっと過ごしていていいんだろうか?逃げることしか方法はないのか。」

あせる黒鷹の心中を察し翁が横から黒鷹の肩を抱きかかえた。はっと黒鷹は我に帰り翁の方へ目をやった。

「あせるでない黒鷹。相手が姿を現さんときはこちらの事も見えておらんと言うことじゃ。」

黒鷹は少し落ち着きを取り戻し翁に言った。

「紫音があの森で出会った者と彼が同じ人物であることは紫音には言わないでおこうと思っています。」

翁は頷き画面を見詰めたまま黒鷹に言った。

「その方がいいじゃろう。余計な気苦労をすることもあるまい。」


黒鷹が画面から目を離し紫音の方を見ると白虎が一生懸命テレビで繰り広げられている内容について紫音の耳元で説明してやっている最中だった。紫音は時々笑いながら時にはちょっと解りづらそうな表情を浮かべながら白虎の説明を聞き入っている。黒鷹の目には仲の良い兄妹のように二人が映っていた。実際のところ家を隣同士にしてからというもの白虎と紫音は本当の兄弟のような関係を築き始めていたのだった。スープの冷めない距離がよかったのか白虎の心構えが変わったのか以前のような掟の中での主従関係というものがすっかり無くなっていた。

「そろそろ帰るとするかの。」

翁の一言で四人は集会所を後にしたのだった。


夕暮れの帰り道茜色にそまる空の方へ細い道がまっすぐに伸び道の両側には田畑が広がっていた。夕焼けに照らされ翁、白虎、黒鷹、紫音の顔は皆赤く染まっていた。黒鷹と紫音が並んで歩く後に翁と白虎が少し距離を置いて肩を並べ歩いている。紫音は黒鷹の右袖を引っ張った。黒鷹が(なんだ?)という風に紫音のいる左側を向くと紫音が背伸びをして黒鷹の左肩を引っ張って自分の方へ引き寄せ小声で黒鷹に耳打ちした。

「私達お父さんとお母さんになるかもしれないわ。」

最初黒鷹は紫音が何を言っているのか理解できなかった。ちょっと膝を追って紫音のひそひそ話を聞いていた黒鷹だったが真っ直ぐ立ち上がると紫音に向かい合うように立ち紫音の両肩を掴んだ。紫音を見下ろし今しがた紫音が言った言葉を繰り返した。

「おとうさんとおかあさんになるって?」

黒鷹の言葉に紫音がうれしそうに微笑みながら頷いている。夕日に照らされほんのり赤く染まった紫音の顔を見て次第に黒鷹の中でその意味がはっきりと解り始めた。

「シオ!赤ちゃんが!ほんとか!」

黒鷹は紫音を力いっぱい抱きしめると紫音を高く掲げ上げた。夕日に照らされ二人の姿が逆光の中影絵のようにシルエットとなって後ろを歩く翁と白虎には見えていた。

「どうしたんでしょうね?」

白虎が不思議そうに翁に尋ねる。

「さあの?しかし悪い話では無さそうじゃ。」

微笑ましそうに前の黒鷹と紫音を見詰めながら翁と白虎は二人の方へ近づいていった。やがて二つのシルエットが四つになりそれぞれがお互いの肩をたたいたり抱き合ったりしていたがやがてその四つの影がゆっくりと一つになった。落ちかけた夕日に照らされ抱き合い一つになった影が道に長い影を落としていた。


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