第23話 成長

翁の話があってから黒鷹は自分なりに色々と考えていた。自分と紫音のことヤマトの民のこと。考えても答えが出るはずの無い問題に苛立ちを覚えた時もあったがしばらくすると今出来ることを努力準備していくしか明日の道を見出せる策は無いと思えるようになっていた。自分が昔から変わらず持ち続けているシオに対する愛情、民に対する信頼兄弟に対する敬愛。それら全てを大切にこれからも生きていくためにそして、もしかするとそれら全てを奪い去られてしまうかもしれない敵に向かい打つために、出来る限りのこと、それはまずはシオの能力を自分が把握し知り尽くした上で戦いに望むことも大切な要因だと思えるようになっていた。自分自身も役割よりもシオに対する愛情を素直に示し信頼の絆の上で敵に向かい合わなければいざと言うときにずれが生じてしまうような気がしていたのだった。


黒鷹は決めると行動は早かった。それまでは自分からあえて聞かなかった紫音たちの風習やミコとして知っている知識また紫音が使えるであろう今のミコとしての能力を素直に問い見せてくれるように頼んだのだった。紫音は最初驚きいやそうだった。がその頃から黒鷹は紫音に対しはりあう同じ年頃の男の子を卒業し自分にとって大切な女性としての扱いを示しまた時には対等な戦闘時のパートナーとしての態度を正直に表すようになっていた。黒鷹の実直な曇りの無い自分に対する愛情と以前と明らかに違うその態度に紫音も日々気持ちが変化していったようだった。


紫音のミコとしての能力、黒鷹がその能力を知れば知るほどそれはやもすると自分たちの剣の力より数段敵に対してのダメージを与えることが出来るのではないかと思えるものだった。それと同時になぜああまでしてアメリカという大国が緑尽や紫音を追い続けるのかも理解できるようになっていた。


黒鷹たちはカナダとの国境境を転々とめぐり旅を続けていた。北の地といえどもこのところ天気のいい比較的暖かい日が続いていた。黒鷹と紫音は朝の訓練を終え二人で寝転んで何か紙に書き込んでいる。紫音が白い息を吐きながら手袋に包まれた手でコンパスを起用に操り紙に円を書いていく。

「この円の半径を直径とする円を中にまた並べて二つ書くでしょ・・・そうしてこっち半分を黒く塗ると・・・ほら私が持っている白い勾玉の形になるの。黒い勾玉はお兄様が持っておられるのよ。」

うつぶせに寝転んで紙に紫音が書いた形は円の中に白と黒の勾玉が逆に合わさった図形を成していた。「太陰対極図」その図がそう呼ばれていることは黒鷹も知っていた。紫音は胸元にいつも大切にぶら下げている白い勾玉のネックレスを手のひらに乗せひじを付いて横に寝そべっている黒鷹にうれしそうに見せた。紫音のその白い勾玉はいつもの見慣れたものだったが紙面に書いた円形から勾玉の形が取れることに黒鷹は驚いた。

「へえーこうして書くんですか。びっくりだな。」

黒鷹が一人事のように口にすると紫音は黒鷹の驚く様子がうれしかったのかまた新しい紙を出し続けて書き始めた。

「また円を書くでしょさっきと同じように中に二つ円を書きます。この二つの円の中心を通る線と垂直に交わる線を引いて、今書いた線とはじめの大円が交わった点を中心に中の二つの円に接する長さを半径にした円を短い下の方と長い上の方に書くと・・・はじめの大円と今書いた円が交わる点が出来るでしょ。」

黒鷹にはすでに何のことか解らなくなっていた。

「はあ~。ちょっと待ってく・・」

と言いかけた黒鷹を紫音が片手で制して続ける。

「いいから見てて。その交わった点を結んでいくと。ほら、はじめに書いた円の中に正五角形が出来るの。その各頂点は私たちヤマトの言葉で“金”“水”“木”“火”“土”と言われるのだそうよ。金は流れて水をなし、水は木を育て、木は火を生み、火は燃えて土を生み、土熟して金を生じる。この五角形の頂点を順にたどるとそうなるわ。でも相反する対極にいるもの同士はたとえば木は土を土は水を水は火を火は金を金は木を・・・剋することができると言われる。ええと、その順に結ぶと、ほらっ星の形になるの。すごいでしょ。」

充分とはいえないが黒鷹にも紫音が言おうとする意味は汲み取れるような気がした。紫音の最初に書いた円の中にはその円に沿うように正五角形とその五角形の各頂点を結んだ星型が出来上がっていた。黒鷹は感心しながらその紙を手に取り座りなおして空に掲げるようにして見上げた。

「へえ~すごいもんだな・・・」

黒鷹がつぶやくと紫音も黒鷹の横に座りなおし黒鷹が掲げた紙をまぶしそうに見つめた。

「理解できましたか?」

ちょっと黒鷹をからかうような先生口調で紫音が問いかけた。意地悪な紫音の口調に黒鷹が少しばかりむっとした。黒鷹は掲げた紙を見つめながらぶっきらぼうに答えた。

「大体の意味は解りましたよ!」

紫音はそんな子供っぽい黒鷹の態度にくすりと笑うとそっと傍により黒鷹の頬に口付けをして言った。

「理解できたご褒美です。」

いたずらっぽく肩をすくめて微笑む紫音を黒鷹はちょっと驚いた様子で見つめた。がすぐに紫音の肩を自分の方に抱き寄せるとその耳元に向かってささやいた。

「二人だけの時はシオと呼ぶよ。でも皆の前ではいつも通りだ。」

その黒鷹の言葉に紫音はことのほかうれしそうに微笑んで大きくうなずくと黒鷹にもたれかかってささやいた。

「むかしむかし・・・」

「何?」

黒鷹が紫音を引き寄せもたれかかっている紫音の頭に軽く唇を当てる。紫音の銀色の髪が降り注ぐ日差しにきらきらと輝き黒鷹は少しまぶしそうに目を細めた。

紫音は思い出すようにつぶやいた。

「むかしのむかしね・・・ヤマトという国には四季があったそうよ。春は桜の花が舞い、夏は太陽が降り注ぎ青い海がきらめく。秋は赤や黄色の葉っぱで山々が埋め尽くされ、冬は白一色の雪景色で覆われる。夢のようなところだったのね。ヤマタノオロチを退治したスサノオノミコト、ノブナガ、ショウトクタイシ、ヒミコにモモタロウ。どれが実在の人物でどれが御伽噺なのか。今では翁でさえ解らないと言うわ。」

まるでそれらの人物が目の前に見えているのではないかと心配になるほどうっとりと夢見るように語る紫音を見ていると黒鷹は聞いてみたくなった。

「もしかしてシオはその昔の人物と話せたりするのか?」

黒鷹の突拍子も無い問いに少し驚き、すぐにくすりと笑うと紫音は黒鷹の方へ向きそのはっきりとは見えない紫の瞳で黒鷹を見つめた。

「まさか見えたり話せたりはしないわ。でも、全て実在した人物だと思いたい。私たちの祖先は素晴らしかったのだと」


黒鷹も同じ思いを抱いていた。祖国。本当に実在したのかどうかも危うい記憶のかなたに葬り去られたヤマト。本当の呼び名すら今は定かではない国。自分たちに果たして祖国と呼べるものがあったのだろうか?見たこともないその国をその時代を生きたであろう祖先を信じたいという紫音のすがる思いはすなわち黒鷹の心の底の一縷の望みでもあった。黒鷹は紫音を引き寄せ抱きしめると紫音に向け自分自身に向けて言った。

「シオ一緒に生きよう。どんなことがあっても離れるな。もし一人の時危ない目にあったとしても俺が行くまで持ちこたえてくれ。必ず、必ず助けるから。」

黒鷹の痛いほどの気持ちは紫音にも十分伝わっていた。紫の大きな瞳に涙を浮かべ紫音も強く黒鷹を抱きしめていた。

二人の頬に冷たい風がそっと触れ本格的な冬の訪れを告げていた。カナダの国境沿いに厳しい冬将軍が訪れようとしている季節だった。


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