第21話 憶測

ヤシの木が生えた南部独特の明るい町に青磁たちは到着していた。大きくも小さくも無い田舎の町では青磁たちの作った電子機器はよく売れたし雑多な民族の中で動くことは紛れ込むと言う意味で行動がとりやすかった。こちらの行動の情報は漏れもするがまたアメリカの逆派閥から軍の情報を入手することも同じ様に容易かった。


舗装されていない町の道路はいたるところで土煙が舞い上がり埃っぽかった。各露店が縦横無尽にテントを張り巡らせ商売を盛んに行っている。さまざまな国の言葉が入り混じり飛び交っていた。青磁は翁が電話で指定してきた店の店主に会った帰り道だった。アメリカ軍の動きとその情報源に自由人がかんでいることをその店主からデータと共に受けとった青磁は気持ちが暗くなっていた。自由人は青磁と幼馴染で共に遊び学んだ友の一人だったからである。

(やはり赤羽のことが原因か・・・)

青磁は一人自由人の気持ちを慮っていた。


青磁よりひとつ年上の自由人は幼い頃から体が大きく力も強かった。青磁と家が近かったこともありよく一緒に川で魚釣りをしたり日が暮れるまで遊んだりしていたものだった。農家に育った自由人はクロコを父に持つ青磁がうらやましかったのか「お前には負けないくらいのクロコになってやる。」と何かにつけ口癖のように青磁に言い放ち、張り合っていた。そんな時青磁はいつも煮え切らない戸惑いを感じていた。青磁は父のクロコとしての素晴らしさは噂に聞き尊敬してはいたものの正直自分はどちらかと言うと学者や医者といった勉学の方面へ進みたかったからである。しかしその気持ちを知らない自由人が当然青磁はクロコになるものと思い込みいつも引き合いに出して同じ土俵に並べたがる。その気持ちは解らないではないが自ら進んで素直に張り合えない自分にもどかしさも感じていたのだった。そんな青磁の気持ちを知らない自由人は「お前は俺のことをいつも馬鹿にしてるよな。」と吐き捨てるように言い勝手に自分を卑下するのが常だった。


そんな二人の間には時々赤羽が混じっていた。年が近いと言うことよりも赤羽は当時双子の姉妹でミコにならなかった白酉の子供であるという事から同じ年の子供たちからは少し疎んじられる存在だったのである。同じ年の子供たちからすれば

「あいつの母ちゃんはミコになったかもしれないんだぜ。」

という興味と異端的な眼差しで赤羽をどう扱えばいいのかわからない様子だった。敬っていいのか自分たちと同じ平民として扱っていいのかというところだろう。それはその両親たちの態度から敏感に察した子供たちが同じような態度を取っていたと言うべきかも知れない。当時白酉と竜我夫婦はひっそりと村の端の方で人目をはばかるように生活していたことも事実である。

そのため遊び相手がいない赤羽は青磁と自由人にくっついて来た。物怖じしない自由人は臆面無く赤羽をかわいがったし父から状況を聞いていた青磁も実の妹のように赤羽に愛情を持って接していた。赤羽は女の子にしては活発で年上のこの二人の行動に何不自由なく付いて周り時には先回りすることもあったほど運動能力が優れていた。自由人は時々冗談で

「俺より赤羽の方がすっげえクロコになったりして!」

と言っていた。青磁はその頃のことを思い出し一人くすりと笑うと心でつぶやいた。

「事実そうなってしまったが・・・」


青磁がクロコになると決めたのはあのアメリカの夜襲があった二年前十四歳になった時のことだった。ウジウジして将来を決めかねている煮え切らない自分もいやだったし当然長男がクロコになると踏んでいる父・雪虎の期待を裏切りたくも無かったからだった。ましてやヤマトの民がアメリカの学校へ進む方法など無かったからという理由も付け加わった。道を決めた息子を父は誇らしげに迎え入れ翁へ挨拶に向かった。弟の黒鷹は当時七歳だったが兄への尊敬の眼差しを輝かせ「俺も必ず兄上のようになります!」ときっぱりと言い切ったものだった。青磁は黒鷹の迷いの無い潔さが幼い頃から羨ましかったしどちらかというと父・雪虎のクロコの才を受けついでいるもの黒鷹であると思っていた。


クロコの試験もそつなくこなした青磁だったが次の年赤羽が自分もクロコになりたいと言い出したときには驚きを隠せなかった。それまで女性のクロコは存在しなかった。というより女性で望むものが出てこなかったというのが正直なところだだが、青磁は十三になった赤羽に理由を尋ねてみたがなりたいの一点張りで何一つ明確な理由を聞き出すことは出来なかった。

当時自由人が赤羽にクロコになることをやめるよう説得している場面を青磁は何度か垣間見ることがあった。その時の自由人の赤羽を見つめる真剣な眼差しと出くわした自分を見る憎むような瞳を今でも忘れることが出来なかった。その後自由人も赤羽と同じクロコの試験を受けることにした。青磁は当時を振り返り憶測する。

「自由人は自分が試験に受かれば赤羽が落ちる。そうすれば先行き危険なクロコの仕事に赤羽が就くこともなくなると踏んでいたのだろう。」と。


最終試験に残ったのは十六歳の自由人と十三歳の赤羽だった。どちらも落としがたいということだったが年のクロコには一人という掟から二人の戦いとなり紙一重の差で赤羽の素早さが勝ったのだった。皆の前で喉元に赤羽の剣を突きつけられた自由人・・・その次の日自由人は村から姿を消した。

「そして次の年アメリカの特殊部隊による夜襲が起こった。自由人がアメリカへ亡命し、我等ヤマトのミコの情報を売った・・・」

青磁は翁が電話で指定してきた店の店主から聞いた情報を一人心の中でつぶやいた。少なくとも青磁は今でも自由人を友人と思っている気持ちを捨てきれないでいた。自由人と赤羽との間に交わされた会話を赤羽は今でも決して青磁に話そうとはしない。

「赤羽をうらんでの行動なのか?赤羽を手に入れようとしての行動なのか?」

青磁は自由人の本心を諮りかねていた。


あのアメリカの夜襲で両親を失い幼かった弟の白虎を連れてボロキレのようになって青磁たちの一家の前にたたずんでいた赤羽を青磁は今でも忘れることが出来なかった。アメリカ軍が去った後気丈そうに唇を真一文字に結び決して泣くまいと心に決めて気を失った弟白虎を背負い二人を探していた青磁の父雪虎の前に現れたという。後ろに燃える炎よりも赤い瞳にはいったい何が映っていたのだろう。それを思うと青磁は赤羽を不憫に思う気持ちが強くなるのだった。


そんなことを考えながら露天の続く通りを歩いているといきなり色とりどりの花が青磁の目の前に広がった。いい香りに誘われその一軒の露天の店に足を向ける。めずらしい花々を取り揃えたその店は異国の言葉で青磁に花を勧めてくる。適当にあしらいながら青磁は一群れの花に目を奪われた。

「ああ夏にヤマトの丘に咲いていた花だ。」

そう思い青磁はその真っ赤な花を手に取った。すかざす露天の店主が大きなジェスチャーを交え青磁の方へ話しかけてくる。

「アマリリース!ビーテフル!オー★×〇#Ξ・・・レッドラーオン#$★・・・」

ほとんど聞き取れないがアマリリスという花の中のレッドライオンという種類だといっていることは青磁にも理解できた。

「赤羽のような花だ・・・」

そう思った青磁は赤羽への土産にその花を買って帰ることにした。

「セーンク!セーンク!」

露天の店主がなまった英語でしきりに礼を言っている。汗ばむ夕暮れ時周りにはスパイスの効いた食事の香と花屋に咲く色とりどりの花々の香が混ざってむせ返るようだった。むっとする雰囲気の中青磁は自分を落ち着かせるために目を閉じて買ったばかりのアマリリスの花の香を嗅いで見た。とたんに今は無きふるさとの風景がまぶたに浮かび懐かしいと同時に二度と目にすることが出来ないという寂寥感にすこしまぶたが熱くなった。夕暮れ時の喧騒はそんな青磁とは対照的に周りでますます賑わいを増していった。

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