第8話

 そして放課後。

 今日に限って言えば、つつがなく授業を終えたとは言い難い。


 原因は、鈴乃。


 あいつ、今日一日ずーーーっと俺の方を睨み続けてきた。

 俺が何をしたってんだ……何となくの察しは付いてるけど。

 ……まあいい。今日も今日とて鈴乃お姫様のためにお菓子を作ってやるか。


 と、意気揚々と家に帰ってくると……あれ、鍵が開いてる。朝閉めたと思ったんだが……まさか泥棒か?


 生唾ごくり。うちに金目のものはないはずだが……。

 念のために警戒して、ゆっくり玄関を開く。

 ……あれ、見慣れた靴がある。これ、鈴乃のローファーだよな。



「鈴乃、いるのか?」

「……おかえり」

「おう、ただいま」



 鈴乃が先に帰ってるなんて珍しいな。

 ソファに座ったお姫様が、クッションを抱き締めてむっすーとした顔をしている。

 膨れた頬が風船みたい。とても可愛い。

 ……って、こいつ今スカートだっての忘れてるな。クロスした足で隠れてると思ってるみたいだけど、白い布がチラチラ見えてるぞ。

 くそっ、目のやり場に困る! ありがとうございます!


 頑張って目を逸らしながら、それでも俺を睨み付けてくる鈴乃に近づくと、まん丸ほっぺを両手で挟んで、潰す。



「おりゃ」

「ぷしゅー……にゃにすんのさあ〜!」

「いや、可愛くてつい」

「むぐっ……うぅ……!」



 あれ? 珍しいな。いつもだったら「えへへ〜」ってなるのに、今日はまだ睨んで来るぞ。



「……あ、もしかして」

「っ……」

「お腹空いてるのか? ごめん、まさか先に帰ってきてるなんて思わなくて、まだ用意出来てないんだ。市販のクッキーならあるから、それを食べててくれ」

「ちっっっがーーーう!」



 うがーーー! と俺の手を振りほどく鈴乃。



「正吾、今朝夢葉から聞いたよ! 今までずっと夢葉と登校してたなんて聞いてない!」



 ああ……やっぱりそのことか。



「だって言ってないし」

「言ってよ! 聞かれなかったからとかじゃなくて、夢葉と二人っきり登校してるとか私に一言言ってくれてもいいじゃん!」

「え……ご、ごめん?」



 何を怒ってるんだこの子。



「むぐぐっ……! 私だって正吾と一緒に登下校したいのに……!」

「……あ、嫉妬?」

「ッ! ち、違っ……わ、ない……」



 ……はは。相変わらず素直な子だな、鈴乃は。

 そっぽを向く鈴乃の髪を柔らかく撫でる。

 少しの引っ掛かりも感じられない、艶やかで透き通るような銀髪が、暖色電球に反射して天の川のように煌めく。


 最初はいやいやと頭を振っていた鈴乃も、少しずつ目がとろんとして……最後には自分から俺の手に擦り寄ってきた。何だこの可愛い超生物。



「しょーご……」



 瞳うるうる。お顔とろとろ。

 何だかいけないことをしてる気持ちになってくるな。ゾクゾク。


 そんな鈴乃は徐々に目を閉じていき。

 直後、慌てたように目を見開いた。



「はっ! あ、危ないっ。危うく籠絡させられるところだった。危うく危ない」

「籠絡してるつもりもないし、危うく危ないって日本語おかしいぞ」

「そんなことはどうでもいいの!」



 鈴乃はソファの上に立ち上がると、腕を組んで俺を見下ろしてきた。



「こら、ソファの上に立たない。お行儀が悪いぞ」

「あ、ごめんなさい。……じゃなくて!」



 とか言いつつちゃんとソファから降りる鈴乃。うんうん、偉いぞ。



「私が聞きたいのは、何で夢葉と登校してるのかってとこ! いつから!? 毎日一緒なの!? 私というものがありながら、夢葉とはどういう関係!?」



 何だか浮気を責められてる男の気分だ。

 いや浮気について言及される関係でもないけど。個人的にはそんな関係になりたいんだが……話が拗れるから黙ってよ。



「落ち着け鈴乃。怒った顔も可愛いけど、鈴乃には笑顔が一番似合ってるよ」

「誤魔化さない! でもありがとう!」



 誤魔化してるつもりはないんだが。



「はあ……まあ正吾だからなあ……いつもの正吾に話しかけられたら、夢葉の気持ちも分かると言うか……」

「夢葉が何だって?」

「何でもない。いい正吾、正吾は誰にでも優しいし、手あたり次第に直ぐ声を掛けちゃうナンパ野郎だけど」

「鈴乃さんや、くっそ失礼なこと言ってるって自覚してます?」

「これからはそういうのは改めた方がいいと思う」



 おい聞けよ。



「俺は別に、誰にでも声を掛ける訳じゃないぞ。可愛いと思ったから可愛いと言い、綺麗だと思ったから綺麗だと言い、似合ってると思ったから似合ってると言ってるだけだ」

「それが駄目なんだよぉ~」



 何が駄目なのだろうか……女心は分からん。

 ただ、今の鈴乃がちょっと不機嫌なのは分かる。

 しょうがない子だな……でもそこが堪らなく愛おしい。

 クッションに顔を埋めてしょんぼりしている鈴乃の横に座り、そっと頭を撫でる。

 ゆっくり、なだめるように頭を撫でていくと、むすっとした顔が少しずつ綻んでいった。



「えへへ……はっ! こ、こんな風に撫でられても、気持ちよくなんてないんだからね! 私の不機嫌はこの程度じゃ直らないのです!」

「そいつは残念。だけど……なあ、鈴乃。一つお前にいいことを教えてやろう」

「ふーんだ。こんな時に何を言われようが頭を撫でられようが、しょぼくれた私の心が癒されることなんて……」

「俺が人生で頭を撫でたことあるのは、鈴乃だけだよ」

「――――」



 ……あれ、鈴乃? 反応なし? 滑った? うわ、恥ずかしっ。



「す、すまん。今のは気にしないでくれ」

「…………」

「……鈴乃?」

「……ふひ」



 え、ふひ?



「ん、んんっ。ま、まあ、そういう事なら許してあげるわっ。私は寛大だからね」



 お、よかった。機嫌も直ってくれたみたいだ。



「じゃ、そろそろ夕飯にするか。お菓子はその後な」

「あーい♪」



 完全に機嫌が直ったか、鈴乃はスキップしてテーブルの上の支度を始めた。



「正吾、今日のご飯は何かな?」

「朝に鶏肉を出汁醤油に漬けてある。今日はから揚げだぞ」

「から揚げ⁉ から揚げ! KA☆RA☆A☆GE!」



 謎のステップを踏む鈴乃。余程嬉しいらしい。



「から揚げ~もみもみから揚げ~♪ 美味しくなーれーもーみもみ~♪」



 何だ、そのみょうちきりんな歌は。


 テンションの高い鈴乃を眺めつつ、冷蔵庫から出汁醤油に漬けている鶏肉を出す。

 鈴乃はオムライスやハンバーグ、から揚げのどの子供っぽいものが大好物だ。


 機嫌も直ったことだし、また機嫌が悪くならないようにちゃちゃっと作ってやるか。


【あとがき】

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 ☆☆☆→★★★


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