真実





「うびゃんっっ!!」



 突然、ティセリアが痙攣を始めた。


 リビングの床に倒れ、ティセリアの小さな身体が跳ねる。尋常ではない。



「ティセリアちゃん!?ティセリアちゃん!!」



 真琴は必死に呼び掛けるが、ティセリアは焦点の合っていない目を大きく開き、歯をがちがち鳴らして震えた。



「トキオがっ!トキオががががががが……」

「時緒くん……?時緒くんがどうしたの!?」



 真琴の問いに応じること無く、ティセリアの震えは更に大きくなる。


 どうすることも出来なくて、真琴は混乱した。



「…………!」



 すると、縁側に座っていたゆきえが、音も無く真琴のもとへ駆け寄りーー



「っっ!」



 ビシリ!ティセリアの額を、思い切り爪弾いた!



「うぎょんっっ!?」



 ゆきえの爪弾きを喰らったティセリアは一瞬その身を大きく仰け反らせーー



「お、おデコいてぇゆ~~~~ん…………」



 目を回して、気絶した……。


「ゆ、ゆきえちゃん!?」


 いきなりのゆきえの行動に、真琴は仰天する。眼鏡の奥の大きな瞳を白黒させながらゆきえを見ると、当のゆきえは素知らぬ顔で、タブレットのキーボードを叩いた。



【コイツ、時緒と精神リンクし過ぎていた。だからリンクを切ってやった】

「えっと……?」



 それも座敷童子の神通力か?と、真琴が思っていると、ゆきえはふんすと得意気に鼻を鳴らした。



【うんにゃ、ただのデコピン。あと30分もすりゃサッパリ目覚めるだろ】

「…………」



 畳の上に一列に並べた座布団にティセリアを寝かせながら……。


 真琴は……胸を押さえた。


 胸が……心臓がいやに昂る。


 ティセリアは時緒と精神リンクしていた……。すなわち、ティセリアが痙攣するほどの負担を、時緒が受けていた……ということ。


 つまり……。



 ゴオッッ!!!!



 突如、凄まじい突風が猪苗代町を駆け抜けて、真琴たちの居る神宮寺邸の全窓ガラスを揺らす。


 あまりに、不自然な、風だった……。



「時緒……くん……?」



 不意に真琴の頬を、涙が伝った。


 女の勘が否応なしに告げる。







 時緒に……何か良くないことが起きた……と。



 


 ※※※※





 先ほどの接戦が嘘であったかのように、ひっそり鎮まり返った斜陽の裏磐梯……。


 三騎の巨人K.M.Xは……勝者たちは静かに起っていた。







「終わった……のか?」





 一号騎のコクピットの中で、大竹は荒い息を繰り返す。


 一号騎の手刀に胸部を貫かれたデビル・エクスレイガはもう、微動だにしなかった。


 周囲に敵影らしきものは見当たらない。


 大竹は疲れていた。酷い倦怠感だ。冷や汗が止まらない。目を閉じれば……そのまま眠ってしまいそうだった……。


 精神力エネルギーの消費が予想よりも激しい……。それ程、あいてが強かった証拠だ。



『隊長!凄い!やりましたね!』



 先ほどの悲鳴が嘘のように、熊谷の弾んだ声が通信機から聞こえてきたが、大竹は「あぁ……」と、適当な返事でしか返せなかった。


 大義の為に、戦った。


 軍施設を、仲間を騙し討ちで攻撃したイナワシロ特防隊と戦い……勝利した。


 それなのに……。


 その筈、なのに……。



 大竹の心を、言いようの無い罪悪感が包み込んでいく……。


 足場が無くなるような不安を、大竹は感じた。


 何だろう……?何か…………?




『隊長?如何なさいましたか?』

「いや、何でもない……。少し疲れただけ……だ」




 渡辺の穏やかな口調に、大竹は頭を振る。



『お~~い!隊長!渡辺!熊谷!』



 今度は久富の声が聞こえた。


 コクピットスクリーンーー眼下に広がる草原を、久富が駆け寄って来るのが見えた。



『ははっ!』と熊谷が笑った。



『全部終わってから戻って来るなんて、久富先輩、ハイパーセブンのモロビシ隊員みたいですね!』



 成る程、熊谷の言う通りだ。確かに走り方が似ている。


 特撮ドラマに夢中になっていた学生時代を思い出して、ほんの少し……ほんの少しだけ大竹は安堵した。



 ーーだが。




 そんな、大竹の目の前で……デビル・エクスレイガが……その巨体が、みるみる白く変色していった。



『ひいっ!』熊谷の五号騎が戦慄き、尻餅をつく。



 更なる変貌を予期して、大竹は疲弊した身体に鞭打ち、臨戦態勢を維持する。



 しかし、デビル・エクスレイガは再起動することは無かった。


 白く変色した巨体は、まるで砂細工の様に風化し……崩れ落ちていく……。



 恐ろしい単眼を携えた頭部も、愛騎を切り裂いた腕も、力強く大地を駆けた足も……。


 いとも容易く崩れ落ちて……風に舞って消えていった。



「………………」



 奢れる者も久しからず、ただ風の前の塵に同じ。


 空虚さを感じながら、大竹はデビル・エクスレイガにとどめを刺した、我が愛騎の掌を見つめた……。



「む……?」



 ふと、一号騎の掌に何かが引っ掛かっているのを、大竹は発見した。


 デビル・エクスレイガのパーツかと思い、大竹はスクリーンを拡大させる。



「っっ!?」



 違う。パーツではなかった。


 人だ。人間だ。


 しかも、子どもだ。


 見たところ十代半ば、やや中性的な……虫も殺せないような顔立ちの少年が……眠るように……一号騎の掌に引っ掛かっているではないか。



 何故!?大竹は混乱した!



 何故子どもがあんな所に!?一号騎の掌上にいる!?



 考えて、考えて……そして導き出された答えは……。



「まさか……!?」



 たった一つ……。



「……エクスレイガの……パイロット……!?」



 大竹の唇が、混乱に震えた。


 後頭部を思い切り殴られた気分だ……!


 ――この少年が……我々の敵!?


 この少年が……今までルーリアと戦っていた……!?


 いや……それよりも……!



「俺は……!?俺が……!?」



 大竹じぶんが……倒した。


 理由はどうあれ……!知らないとはいえ……!


 子どもを……愛娘の優花と同年代であろう、この少年を……!


 大竹おまえは……手に掛けた!



「う……うぐ……っ!」



 己に対する嫌悪と拒絶反応が、精神的疲労と相まって、凄まじい吐き気となって大竹を襲った。



『隊長!?どうしました!?』

『た、隊長!?』

「なんて……ことを……俺は……俺はッ!!」





 部下たちに応答する心的余裕は……もう大竹には……微塵も無かった……。





 続く

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