変革の秋……
『そうですか……エックスレイガに恨みが……』
『…………』
『ならば好都合。樋田兵長、貴方に便宜を図りましょう』
『…………』
『その代わり、貴方にやって貰いたい仕事があります……』
****
宵闇の雲を音も無く切り裂いて、樋田は
そうだ……。
この任務の為に、今、自分はブラック・バスター隊に居る。
最初にルリアリウムを回収したからといって、一工兵が特殊部隊のパイロットになれるなど、そんなシンデレラストーリーがあってたまるか。
結局自分はこの極秘任務の為の、都合の良い駒なのだ。
超音速飛行の慣性が身体を蝕む、薄ら寒いコクピットの中、樋田は何度も何度も自分にそう言い聞かせた。
独りで飛ぶ
(貴様ッ!隊列を乱すなと何度言えば分かる!?)
(ひぇ〜〜っ!樋田センパイ助けて〜〜っ!!)
久富の怒号と熊谷の悲鳴が、こんなにも愛おしいものだとは……。
樋田は自嘲に表情を崩した……。
『ボギー1、予定空域に到達。作戦を実行せよ』
通信機からの指令が、樋田を辛辣な現実へと引き摺り戻す。
「了解……」
秘密回線で……此方の素性を知っておきながら……わざわざ
「バレたら俺だけ切り捨てるつもりかい」
樋田は溜め息を吐いて、精神を集中させる為の役割しかない操縦桿に、力を込める。
グリップ上部に嵌め込まれたルリアリウムが、一層強く光り輝いた。
偽りのエクスレイガが、その武骨な腕で背中に背負った大型試製ビームランチャーを担ぎ上げ、砲口を地上に……山間に在る何の変哲も無い防衛軍の備蓄倉庫に向けた。
ルリアリウムエネルギー充填。圧縮チャンバー内圧力正常。
出力、九十五パーセント。
「…………
ランチャーの砲口から圧縮されたルリアリウムエネルギーがビームとなって放たれて、その眩ゆい粒子光で夜闇を昼へと変える。
そのまま、ビームは減退すること無く、寸分の狂いも無く倉庫を貫き。
数秒、置いて……。
轟音と衝撃波を周囲にばら撒き、平穏だったと思う倉庫は膨れ上がる炎の泡沫に飲み込まれ、見るも無惨に破壊された。
あの倉庫にも、勤めていた同胞がいる。
ルリアリウムエネルギーで死ぬことは無くても、いきなり攻撃されれば内心穏やかではないだろう。
「……すまねぇ……すまねぇ」
コクピットの中で、樋田は独りよがりの謝罪を繰り返す。
自虐の念がどろどろと渦巻いて、樋田を冷たくしていく。
さっさと引き上げたかったが、そうも行かない。
この
防衛軍施設を攻撃したのがエクスレイガであると、知らしめなければいけない。
「…………」
樋田は呆と、自らが点けた戦火を見下ろす。
無機物だけを燃やすその炎の中に、大竹一家の笑顔が揺らめいているように見えた……。
(樋田、飯の前に一風呂入って来ると良い)
(今日は唐揚げを作ってみたの!樋田君、たくさん食べてね!)
(樋田さん!昨日配信の【ゆきえちゃんねる】見てくれた?面白かったでしょ!)
自分に笑い掛ける大竹達の幻影を必死に振り払うように、樋田は天を仰ぐ。
あの人達も、裏切った。
もう……あの暖かい食卓に着く資格は……自分には無い。
三日月が、樋田を照らして……樋田の愚行を嗤っているようだった……。
****
「な、ん、だ……?これは……!?」
呼び出された、会議室のスクリーンに投影された映像に、大竹は思わず後ずさる。
防衛軍の施設が燃えていた……。
破壊されて、紅蓮の炎が燃えていた。
そして……その惨状を、夜空から見下ろしているヒト型のシルエットが……。
それは……大竹にとっては、救いと憧れのヒーローだった……あの!
「エクスレイガ……!?」
まさか、エクスレイガが施設を攻撃した?
大竹の震える呟きに、傍らの久富が眉をひそめ、渡辺が静かに瞳を閉じ、パイプ椅子に腰掛けていた熊谷がぽかんと口を開けた。
ただ一人、樋田だけは大竹達から距離を取り、物憂げな顔で窓の外を見ていた。
「なんと…!恐れていたことが現実となってしまいました!」
青木長官が注目せよとばかりに手を叩きながら会議室に入場し、大竹達の疑念の視線を浴びながらスクリーン手前の段上へと上がった。
「この映像は一昨晩未明、災害用非常食備蓄施設が……エックスレイガの襲撃を受けた際の映像です……!」
エクスレイガの襲撃と言い切った青木に向かって、「意見具申」と大竹が挙手をした。
「本当に……コレはエクスレイガなのですか?」
大竹が問うと、青木が悲痛な表情で「ああ!」と俯いて、頷いて見せた。
「映像の調査と閣議の結果、我々上層部はこの襲撃した騎体をエックスレイガと断定しました…!」
「そんな……!」
大竹の背後で、樋田が小さく舌打ちをした。
「大竹特佐、貴方と私は同じ気持ちのようです!まさか、正義の戦士であるエックスレイガが、こんな……こんな非道な行いをするとは!」
「そんな筈……!いや、」
信じることが出来ない大竹は尚も青木に問おうとするが、背後から肩を掴まれ、制止させられる。
大竹が振り向くと、樋田が険しい表情で、首を横に振った。
「止めとけ、いや……ここは止めておきましょう、隊長……」
「樋田…!?」
感情的になりかけた大竹を樋田が制止する。
常に斜に構えていた樋田のその落ち着いた態度に、渡辺が、熊谷が、そして久富が驚きの表情を浮かべた。
「ブラック・バスター隊の諸君、どうか心して聴いて下さい……」
段上で青木が大きく手を広げる……。
「我々は今回の事件を重く見ることにしました。ここから先は緘口令を敷きます」
大竹達が注視する中、青木は決意の面持ちで、きっぱりと断言した。
「我々上層部はイナワシロ特防隊を防衛軍に反抗意思のある敵対組織と認定します!そして貴方がたブラック・バスター隊は新型兵器実験部隊から……イナワシロ特防隊強行捜査部隊へと移行します!」
大竹は耳を疑った……。
イナワシロ特防隊への強行捜査。つまりは……。
「イナワシロ特防隊へ……猪苗代へ襲撃を掛けるのですか……!?我々が……!?」
「そうです」と青木が頷く。
大竹は大いに動揺した。
エクスレイガと戦う……!?
何が……自分の預かり知らない所で……一体何が起きている……!?
この時、大竹は青木の薄い唇が僅かに笑みの形に歪んだのを、すっかり見逃してしまった。
「これは正当な報復です!我々防衛軍は、イナワシロ特防隊への武装鎮圧作戦を……一ヶ月ののちに実行します!!」
一九九六年、初秋。
今年の秋は、苦悩と葛藤の日々となる……。
大竹にとって……。
そして、時緒にとって……。
続く
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