休暇の意味


 函館基地内、ロッカールームにて。





「全ての軍務行動の任を解く……ですか?」

「ああ……明後日の朝8時ゼロハチマルマルまで、自由にして良い」




 自らの命令をそのまま鸚鵡おうむ返しにする久富に、ベンチに座っていた当の大竹は手持ちのタブレットで自身のバイタルチェックを行いつつ、頷いて見せた。



「また急な……」と久富は落胆の表情を見せた。



「つまり明後日まで休みですか!?やたっ!!」

「…………」



 休暇と聞いて万歳をして喜ぶ熊谷を、久富は流し目で睨んだ。


 眼鏡の奥の瞳が、冷たい威嚇の光を放つ……。



「…………すいません」と熊谷を萎縮させてから、久富は再び視線を大竹へと戻す。



「…………」



 大竹は、バツが悪そうに久富から視線を逸らした。


 実は……青木から臨時休暇の命を受けた際、大竹も熊谷と同様に、誰もいない廊下で万歳で喜び、スキップまでしてしまったのだ。


 久富に見られていなくて良かった。本当に良かった……。大竹は心底そう思った。



「納得がいきません。我々ブラック・バスター隊の使命はK・M・Xを一分一秒でも早く実戦投入させる為、より多くのデータを収集することです。臨時休暇なんて、そんな悠長な……。ぐうたらして何になります?」



 顔をしかめる久富に返答したのは……



……ですよね?隊長?」



 大竹ではなく、ロッカールームに入室して来た渡辺だった。



「渡辺?何処に行っていた……?」



 頷きながら問う大竹に、渡辺は何時ものアルカイックな笑みを浮かべーー



実家京都の母に電話をしていました。今年の夏は帰れそうに無いので」



 と答えると、渡辺は背後に手を組んだ姿勢で、首を傾げる久富に面と向かった。



「あのK・M・Xマシンは既存の兵器とは違います。異星人の兵器と同様にルリアリウム……我々の精神力をエネルギーにして稼動します」

「勿論知っている……!」



 ムッとした顔をする久富と対象に、渡辺は瞳を閉じ、リラックスした表情で説いた。



「つまり、我々パイロットは、マシンの操縦士であると同時にマシンの燃料でもあります」

「ね、燃料……?」



 奇妙な感覚、だが……改めて考えるとその通りだと、久富は思った。


 ルリアリウムが持ち主の精神力をエネルギーに変換するならば、パイロットは即ち燃料そのものだ……。



「燃料タンクや電池ならば、空になれば新しい物と取り換えれば良い。しかし精神力は違う。生きる力そのものです。無くなれば……死……あるのみ……」



『死』



 その言葉に、久富の心臓が嫌な跳ね方をした。


 思い出す……。思い出してしまう……。





 防衛軍へ入隊した翌年の、あの夏の日。


 応援してくれた……、自分に変わって亡き両親から実家の風鈴工房を継いだ姉の……無惨な最期。


 経営難を苦にして……自分に迷惑を掛けたくなくて……。


 幾つもの風鈴が鳴る中、夕陽に照らされ……天井の梁からぶら下がった……蝿がたかる姉の骸……。



『俊樹は優しくて……強い子だから……誰かのお役に立って』



 生前の姉の言葉が、今も久富の耳朶に残って、離れない……。


 自分の意志とは裏腹に動悸が……速まる……!



「だから……だからこそは……」



 だから、久富 俊樹じぶんは人々を護る……立派な兵士に……。







 ベンチから立ち上がった大竹の声が、久富の意識を現実へと引き戻す。



「ここから先、我々にとって『休暇』とはただ軍務から解放される……という訳ではなくなる」

「隊長……」

「K・M・Xの稼動、実戦運用に必要な精神力を回復させる……。これも重要な軍務の一つだ。分かったな?」



 大竹と渡辺(ついでに、渡辺の背後から恐る恐る顔を出す熊谷)を見遣り、暫くして……



「了解しました……」



 呟くように頷いて、その場を後にした。


 コツコツと、軍用ブーツの小気味良い足音が、徐々に遠のいて……そして、聞こえなくなる。





「前々から思ってましたが……久富君は規律にきらいがありますね?」

「だからこそ信頼出来るんだが……まぁ」



 腕を組んで、首肯を繰り返す渡辺に、大竹は苦笑で応えた。


 その時ーー



「やっと辛気臭せぇ声が消えて清々したぜ」



 シャワールームの戸が開いて、中から上半身裸の樋田が、気怠げに出て来た。



「樋田、明日だが……」

「臨時休暇なんだろ?聞こえてたよ」

「お前もちゃんと身体を休めろ?」



 微かな嘲りを含んだ薄ら笑いを浮かべながら、樋田は大竹に視線を合わせる事無く……



「アンタに言われるまでもねえや。何処ぞのお母さんかよ。気持ち悪りぃ」



 態とらしい溜め息を吐き、少しクセが付いた髪をタオルで乱暴に拭きながら、久富と同様に退室していった。


 あまりよく身体を拭かなかったのだろう。ロッカールームの床には、水滴が樋田の足跡を型取り、シャワールームから延々と続いていた。



「……久富君には樋田君みたいに少しラフにして欲しいですし……樋田君には久富君のように少しピシッとして欲しいと思うのは……私の我儘でしょうか?」



 樋田の足跡を見つめ、溜め息を吐く渡辺の意見に、大竹と熊谷は揃って同意の首肯を繰り返した。


 彼らには悪いが、全くもってその通りだと、思った。




 ****





「ではプロフェッサー、私はこれで……」

「うむ!ご苦労であるな!」



 偶々廊下で会った白鷺に自分や部下達のバイタルデータが入ったメモリーチップを渡すと、大竹は踵を返し、今大竹が居る地下から地上へと上がるエレベーターへと乗る。


 エレベーター内は大竹ただ一人。


 これにて今日の軍務は終了!


 浮遊感に身を委ねながら、大竹は明日の休暇をどう使うか考える。


 答えはもう決まっている。妻の美奈代と娘の優花と函館ショッピングに繰り出すのだ!


 基地近くに美味しいイタリアンレストランがあるという情報も基地内の女性オペレーターから入手した。


 明日は是非そこに行き、思い切り家族サービスをするのだ。


 何を頼もうか?シーフードピッツァか?それともパスタ?


 明日が楽しみで仕方がない!


 妻子の笑顔、妻子の幸福。それこそが、大竹の精神力を回復させる最高の糧である。



「……ん?」



 ふと、エレベーターの片隅に何かが落ちているのに大竹は気付いた。


 茶色い表紙の、ポケットサイズの手帳だった。


 誰かの落とし物か……?大竹は首を傾げながら手帳を拾い上げる。


 丁度、ポーンと電子音が響き、エレベーターの扉が開いたので、大竹は歩いて……おもむろに手帳を開く。



「……っ!?」



 手帳の表紙の直ぐ裏に、写真が貼ってあった。


 写真には若い金髪の女性と腕を組んで笑っている……樋田がいた。



「これは……」



 好奇心に駆られ、大竹はつい手帳を捲る。


 手帳はほぼ真っ白だったが……後半のページ辺りに……何やら文字の羅列が……。


 書いてあったのは……



「おいっ!ッ!!」



 突然、背後から怒号を投げつけられ、大竹はビクリと身を強張らせつつ振り向いた。



「その……手帳ッ……か、返せッ!!」



 いつも気怠げな表情だった樋田が。


 その樋田が。



 肩を震わせ、顔を真っ赤にして立っていた。





 続く

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