第十二章 真実の勝者
最後の精神力(ちから)
正文の戦闘は、『初陣』としての常軌を逸していた。
十重二十重もの複雑な軌道パターンと斬撃パターン、常人での思考では到底処理しきれないそれらを、正文は絶妙に組み込んで、戦いに挑んだ。
全ては、
しかし、残念ながら……。
正文の『
ゴルドーがこれまで培ってきた膨大な精神力に、大敗を喫したのだ……。
猪苗代の
木っ端微塵に爆散したエムレイガの残骸は、モフゥニャンを操っていた歴戦の勇者、ゴルドーのルリアリウム・エネルギーに炙られ、猪苗代の大地を汚すこと無く、淡雪のように細かく溶けて、猪苗代の夏の夜を美しく彩った。
「すげぇ……!」
空のジョッキを両手に携えながら、バイトそっちのけで空を見上げる真琴の兄、耕太の驚嘆の声も……。
「うぅ〜〜〜〜ん……時緒くん」
背中で眠りこける、酩酊状態の芽依子の甘ったるい寝言も……。
みな時緒の耳を、通り過ぎていく……。
「正文……っ!」
時緒は降り注ぐ残骸の中を目を皿のように見開いて……正文の行方を探した。
ルリアリウム・エネルギーの恩恵がある。大事には至っていない筈……。
「ぁ……!」
残骸の泡に揺られながら、正文もまた、ルリアリウムの光に包まれ、引力に中途半端に逆らいながら、ゆっくり……ゆっくりと地に向かって堕ちていく……!
落下予想地点は大まかみ予測して亀ヶ城公園あたりだ。あそこの柔らか芝生が、正文をきっと受け止めてくれるだろう。
(俺は……俺は……)
ふと、脳内に正文の声が響いて、時緒は些か驚いてしまい、背負っていた芽依子を落としそうになった。
「ぅえ〜〜〜〜ん……!」
「姉さんごめん!よしよし……」
「…………ぐぅ…………」
芽依子は本当に酒癖が悪い。
ぐずり出した芽依子をあやしながら時緒は、Tシャツの中にしまい込んだルリアリウムが、熱を帯びているのを感じた。
商店街の街灯のせいで目立ちはしないものの、時緒のルリアリウムは煌々と輝いている。
虹色に……。
自覚はしていなかったが……時緒は今、正文の戦いに感極まった余り、限定的ながら
(俺は……何も……出来なかった……)
故に、正文の思念が、ルリアリウムと深く繋がった時緒の
一切の淀みのない、清廉な感情が……!
(シェーレ……悪かったな……。お前を……もっと色んな所に……連れて行きたかった……)
正文の静かな悲しみを感じ取り、時緒は独り感涙する。
「正文……!お前って奴は……!」
熱い涙が頬を伝う。
時緒は改めて、正文を心底尊敬した。
敗けたが……それがなんだ!
正文は何処までも真っ直ぐに、愛の為に突き進んで見せたのだ!
それが、どれだけ至難の業か、時緒は分かっている。
正文のようにありたい……!
正文のように、人を愛したい……!
時緒は今日ほど、正文と
「…………げふぅ!」
心を昂らせる時緒の背中で、芽依子が酒臭いげっぷを吐いた。
****
「シェーレ!この大馬鹿野郎ッ!!」
「うぅっ……!」
航宙城塞〈ニアル・スファル〉の格納宮に、スァーレがシェーレの頬を平手打つ、乾いた音が響き渡った。
「ごめん……姉上……!」
「どれだけ……どれだけ心配かけりゃ済むんだよっ!」
腫れた頬の痛みを受け入れ、頭を下げる
「良かった……本当に……無事で……!」
「大丈夫……!地球の……イナワシロの人達が……助けてくれた……!」
「えぇ……!?」
あれ程地球を嫌っていたシェーレが……!?
スァーレは妹の言葉に酷く驚いて、改めてシェーレを見遣る。
今のシェーレに、メイアリアに忠誠を誓っていた頃の冷たく鋭い印象は全く無くて……とても……健康的に見える。
「シェーレ……あんた……太った!?」
スァーレの素っ頓狂な質問に、シェーレは少し恥ずかしそうなはにかみ顔を浮かべながらーー
「殆ど寝ていたから……。それに……イナワシロの食事が本当に美味しくて……!」
「そ、そうなんだ……?」
「姉上もいずれ行ってみると良い!」
「小太り気味のイケてる男はいるかなァ?」
格納宮のど真ん中で、再会を果たしたスァーレとシェーレの双子姉妹は、ついつい嬉しさの余り年頃の少女特有の声を弾ませてしまう。
「お前達、整備士の邪魔だ」
モフゥニャンの操縦席から降りたゴルドーが、二人の
「スァーレ、シェーレは未だ病み上がりだ。湯浴みと寝室の準備を手伝ってやれ」
「
スァーレはシェーレの背中に手を添えながら、格納宮を退室しようとしたが……。
「
当のシェーレは途中で歩行器を停止させ、気怠げに髭を撫でるゴルドーを伺った。
「何だ……?」
「あの……マサフミは……本当に、」
「その話は明日聞く。お前は早々に休め」
シェーレの話を遮って、ゴルドーは
「……はい」
シェーレは気落ちの声色を残し、スァーレと共に、光となって転送された……。
****
「ああ、
通信機を切ると、ゴルドーは専用の書斎で独り、晩酌の準備を始める。
お気に入りのグラスに、琥珀色の酒を注ぐ。温度の急激な変異に、グラスの中の氷が割れて鳴る。
こんな日は矢張り、高価な
ゴルドーはふと、先刻の戦闘を思い出しーー
「我輩も大人気ないな……」
と、己を嘲った。
あのような小僧相手に、少々躍起になってしまった。
開戦数秒で倒すことも可能だったのに、態と相手に攻撃の機会も与えてしまった。
シェーレに惚れ込んでいたあの小僧……。
「今頃は己の無力さに泣いているか……?」
『ゴルドー卿、お休みの所失礼します』
ゴルドーの前に立体ウインドーが投影される。
映っていたのは、プー・ニャン人の整備士だ。
「何用か……?」と、ゴルドーはややアンニュイな雰囲気を繕って、ウインドー内の整備士に向かって首を傾げる。
『はっ!モフゥニャンの修理の件ですが……』
「……修理……だと?」
……この
「修理とはどういうことか……?」
ゴルドーは訝しみ、整備士を睨みつける。
映像の向こうの整備士が、緊張に硬直した。
『あ、あの……!モフゥニャンの……後頭部の損傷のことで……!』
「損傷だと……!?」
映像が整備士から、格納宮で鎮座するモフゥニャンに切り替わった。
「な…………に!?」
今度は、ゴルドーが驚愕に硬直する番だった。
映像に映るモフゥニャンの後頭部には確かに、小さく……斬り抉られた
『幅は小さく、遠目には視認辛いですが……結構深い損傷です。あと僅かで操縦席まで貫通して……』
ゴルドーは整備士の説明を聞き流した。
それどころではなかった!
一体誰が……モフゥニャンに損傷を……!?
いや……!
そんなことが出来る奴は……ただ一人!
認めたくないが……認めたくないが……!
「あの……小僧かッ!」
瞬間的に沸いた激情に駆られ、ゴルドーは持っていたグラスを思い切り壁に叩きつけた!
グラスは微塵に砕け、床に破片と、とっておきの筈だった酒を無惨にぶちまけて、終わった。
『ひいっ!?』
恐怖に腰を抜かす整備士に、ゴルドーは怒りの瞳を震わせーー
「即刻で修理を済ませよ!残業代と夜勤代は倍出す!ルーリア本星の……一見お断りの料亭への紹介状も書いてやる!」
『レ、レーゲ……』
映像を乱暴に切って、ゴルドーは床に散りばったグラスの破片を何度も何度も踏みつけた!
破片が足裏の肉球に刺さって、ゴルドーの身体に激痛が馳しる!
「……あの時か……!?」
合点がいったゴルドーは歯を剥き出して唸った。
ゴルドーが油断したのはたった一瞬。
エムレイガの胸部をモフゥニャンの貫手で貫いた……ゴルドーが取るに足らない勝利だと確信した、あの一瞬!
あの
残った片腕で、最後の
確固たる一太刀を……決めて見せたのだ!
「……見事だ小僧!いや……マサフミ!」
恥じたゴルドーは己の心に、正文の名を刻む。
今、足裏の激痛は自戒である。
気付かなかったとはいえ、『モフゥニャンに一太刀入れたらシェーレの滞在を認める』という正文との約束を反故にしてしまった己への……最後まで
「認めてやる……!いけ好かんが認めてやるぞ……!マサフミ……!」
悔恨に奥歯を噛み締めながら、ゴルドーは独り絶叫した。
「我が
続く
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