夜天の雄



「先手……!貰うッ!」



 正文エムレイガの……一意専心の一刀がモフゥニャンの頭を捉える。


 会津生まれは、死んでも腐っても『チェスト』などと叫ぶものか!


 夜天を翻る鋼の量産巨人エムレイガの、一切の淀みの無い、光刃が振り下ろされる!



 コウッッ!!!!!



 刃を形成していたルリアリウムエネルギーが閃光となり迸って、正文の界をほんの一瞬白く塗り潰した。


 エムレイガの全身を通じて、正文に手応えが伝わる……。


 った……!?



 ………………。



 ………………。




『……ヌルい……なァ……?』




 余裕綽々、ダンディズムなゴルドーの嗤い声が、正文の神経を逆撫でた……。


 光が霧散し、視界が蘇る。



 モフゥニャンは………………無傷!



 それどころか、正文が全身全霊をもって振った筈のブレードを……。


 モフゥニャンはその短く太い、寸胴めいたプリティーな片手で、易々と白刃取っていた。



「…………っ!」



 ピンッ、と、モフゥニャンが掴んでいたブレードの光刃を爪引いた。


 ただ、それだけだ。


 反撃は……無い。


 猪苗代湖の全景を背に、モフゥニャンのつぶらなカメラがエムレイガを見据える。


 かかって来なさい、と言っているような、リラックスしきった姿勢。


 完全に、舐められている……!



 驚愕、悔恨、そして、ほんの一瞬でも虚を突いた勝利を確信してしまった浅はかさに、正文はゴルドーを恨む以前に己を恥じた!



「ち……ッ!」



 不満の舌打ち一つして、正文は意識を切り替え、次の行動を思考する。


 モフゥニャンの中でほくそ笑んでいるであろうゴルドーを睨み付けながら。


 正文が思考開始してから、およそ三十三の戦闘パターンを計算構築し終えるまで……。


 ……一秒と掛からなかった。





 ****





「ほほぅ……」



 モフゥニャンこちら側を見据えたまま、宙を翻り、距離を取るエムレイガに、ゴルドーは感嘆の声をあげた。


 一の太刀が妨げられるや、瞬時に次の行動へと移る。



「頭は……キレるようだな……」



 そのままエムレイガは、横滑りするように空を走り、亀ヶ城公演の山の影へと隠れる。


 正文の気配が……消えた。



「……気配の消し方も上手い……か」



 正文の戦闘技能一つ一つに値踏みするかのように首肯しながら、ゴルドーは座席の後ろで目を皿のようにしていたシェーレに目を遣った。



「シェーレ、一旦降りろ……」

「え……?」

「戦いに集中したい。見晴らしの良い場所に降りると良い」



 ゴルドーはモフゥニャンのハッチを開ける。


 濃密な、猪苗代の自然の香りがコクピット内に流れ込む。


 緑と水が織りなす、良い香りだ。


 心が沸き立つ気持ちを懸命に抑え、シェーレは「はい……」と義父の言い付けに従うと、歩行器を浮遊させてモフゥニャンから降り、しばしの空中散歩を行う……。


 高度が下がるにつれて大きくなる、柔らかな猪苗代町まちの灯が、とても綺麗で……愛おしい。


 シェーレは堪らず、この美しさを誰かの共有したい気持ちになった。


 義父ゴルドースァーレ?それともメイアリア主君……?


 いや、一番は……。


 一番共有したい正文ひとは、今、空で戦っている。


 見守るしか出来ない自分が、シェーレにはとても歯痒い。


 そして……。


 ゆっくりとシェーレが降下した場所は……。



 律の生家である【磐梯神社】の、境内の裏だった。






「よし、それで良い」



 シェーレが無事地上へ降りたことを見届けると、ゴルドーは大きく深呼吸を一つした。


 ーーこれで、気兼ねなく戦える。


 ーー娘を守る父から、ただの一人の騎士になる!


 ゴルドーが覚悟を決めた、その刹那に……。



「……!」



 モフゥニャンの直ぐ背後、今の今までなりを潜めていたーー正文の気迫が、爆ぜた!


 モフゥニャンの背後を取ったエムレイガが、ブレードを携えたまま風切り音を伴って回し蹴りを放つ!



「ハ……ッ!」



 衝突ッ!!!!



 ゴルドーは笑いながらモフゥニャンのマニピュレータで、エムレイガの脚を受け止める!


 相殺された互いの精神力ルリアリウムエネルギーが飛び散り、心地良い戦いの振動が、ゴルドーの身を揺らす。


 ゴルドーは高揚する。二十年は若返る気分だ!


 矢張り、戦いとは……こうでなければ!



『ありがとよ……ッ!』

「むぅ……?」

『シェーレを降ろしてくれて……ッ!』



 通信機から聞こえる正文の声に、ゴルドーはゆっくり頷いた。



「この方が、お前も思い切り戦えるだろう?」

『優しいじゃねえか……お義父とうさん……!』

「ハ……気安く呼ばないで貰おうか……。口を縫い閉じてやろうか……?小童……!」




 これでーー。


 この戦場そらは、正文とゴルドーだけの舞台ものとなった。





 ****




 正文の攻撃は終わらない!


 一打目が受け止められるなど想定内!直ぐ様に二撃めの蹴り!


 防がれる!それも想定内!


 宙返って体勢を立て直し、その反動を利用して頭部バルカン斉射!モフゥニャンの柔らかそうな体表の上で光弾が跳ねる!


 損傷らしき箇所は……皆無だ。



 しかし正文は止まらない!諦めない!


 次!ブレードによる連撃!一撃!二撃!三撃!袈裟懸けからの、慣性を殺さず横薙ぎ一閃!


 そのことごとくを、ゴルドーは、モフゥニャンは受け止め、いなし、弾き飛ばす!



「フッ……!まだまだァ!」



 正文は笑う。


 武士は食わねど高笑い、と猪苗代の諺にもある!



 数々の攻撃が無効化されても、それでも正文は諦めない!諦めてたまるものか!


 エクスレイガに搭乗したての時緒だったら、既に精神力切れを起こしてグロッキーになっていただろう……。


 しかし……!


 女湯覗きがばれて文子に折檻される、だが諦めず、スケベ心の赴くまままた女湯覗きを行う。そうして鍛え上げられた正文の屈強な精神力は、この程度では揺るがない!


 戦う!戦う!戦い続ける!



 夜の町、高層ビルなど一切無い……だからこそ美しい猪苗代の町中を、正文が駆るエムレイガは颯爽と飛び抜け、モフゥニャンの出方を伺った。


 騒ぎに外へと飛び出した町民達が、飛行するエムレイガを指差して、驚きと歓喜の声をあげる。



 分かっている……。



 若干の興奮状態にありながらも、正文はきちんと理解している。


 戦闘開始以降、モフゥニャンは浮遊した空域から微動だにしていない。


 それどころか、武器を持たず、反撃する素振りすら見せていない。


 何時も攻めるのは正文側だ。



「上等だぜ……!」



 とことん、遊ばれている。


 悔しさを、無理矢理顔に浮かべたニヒルな笑みで堪えながら、正文はエムレイガと共に夜を飛ぶ!


 必ず……必ず!


 あのゴルドークソ親父の何処かに、一太刀入れられる隙が……ある筈だと……!




 ****




「マサフミ……ッ!」



 磐梯神社の石段の上。涼しい夜風に紅色の髪をなびかせ、シェーレは上空の戦闘を見守り続けた。


 エムレイガがモフゥニャンへと突撃するたびに、美しいルリアリウムの光が、幾つもの粒子光の帯となって迸り、猪苗代の月夜を遍く照らす。


 綺麗ではあるが……。


 シェーレは分かっている。


 分かりたくはないが、分かってしまう。


 ゴルドーは……義父は本気を出していない。


 義父と、正文の能力差は……あまりにも……!



「……?誰かそこに居るのか!?」



 突然、背後から声が上がって、シェーレは慌てて振り向き、石段の上を見上げた。



「お前……は……!?」



 そこには、一人の少女がいた。


 シェーレは覚えている。


 あの時、正文とカウナが喧嘩した時……その場に居合わせた……!


 確か、修二が呼んでいた、その名前は……!



「リツ……!?」



 巫女装束姿の律は、しばらくシェーレを驚きの目で見つめたのち、ゆっくりと、上空で克ち合う二騎のロボットを見上げた。


 二騎のうち一方は、確か時緒が自慢していたエクスレイガの量産型。


 その動きは……!



「正文……なのか!?」



 見上げたまま、唖然と呟く律に、シェーレは薄暗い石段の上で、静かに頷いた……。




 続く

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