あなただけ見つめてる……




「夏は良いな……」

「ああ……イナワシロの夏は良い……」



 猪苗代湖の畔でしみじみと呟いた正文に、カウナもまた、しみじみと応答した……。



 正文がおもむろに双眼鏡を構える。


【防衛軍制式採用モデル!】が謳い文句の最新型双眼鏡、その無骨なレンズの先にはーー。



 猪苗代湖の波打ち際で戯れる、ビキニ姿のギャル


 浜辺で日光浴を楽しむ、ハイレグのギャル


 ビーチボールを手に佇む、マリンデニムのギャル


 ギャルギャルギャル



 小麦色の肌、瑞々しい胸、健康的な尻ーー!



「でゅふふ……!」



 艶やかなギャル達の肢体を双眼鏡で見つめながら、正文はその二枚目な顔立ちを蕩けさせ、下卑た笑いを漏らした。


 女湯覗きで極限まで鍛え上げられた正文の心眼の前では、水着など付けてないのと同義なのである。



「まさに美だ……!美の極みだ……!」



 天にも昇る心地でカウナも目を細める。


 下心全開の正文とは違い、カウナはただ、湖を背景に際立つ女体の、その健康的な美に感動しているだけなのだったが……。


 突然、先刻のマリンデニムのギャルが振り返り、正文とカウナを睨みつけた。



 二人に緊張がはしる。



 律だった……!



「二人揃って目付きが……」

「リッ……!?」

「あ〜……気持ち悪い……っ!」



 カウナが弁解する暇すら与えず、律は手にしたビーチボールを放りーー正文の顔面目掛けて華麗なサーブ!



「へぶすっ!」

「あべし!?」



 ビーチボールは先ず正文の額に炸裂したのち、真横に跳ねてカウナの側頭部に直撃した。二人の身体はサーブのあまりの高威力に反転、顔面から浜辺へと間抜けな体勢で突っ伏した。



「……俺の美顔に何しくさるポニーテール馬のケツ毛女」



 猪苗代の大自然と温泉で培われた身体能力でいち早く回復した正文は、未だ浜辺でもんどりうっているカウナを跨ぎながら律を睨んだ。



「折角の夏だぞ……?夏くらい頭ン中ピンク色でいさせろ……!」

「お前は春夏秋冬頭の中蛍光ピンク色だろうが!」



 大口を開けて怒鳴る律を、正文はボールが直撃した額をさすりながらじっと見つめた。



「な、なんだよ?」



 律はたじろいだ。


 腐ってもイケメンだ。正文の切れ長の瞳で見つめられたら、大抵の女は参ってしまうだろう。


 抗えるのは芽依子や真琴のように他に好いた男がいる者か、今現在の律のように正文の長所短所を知った者か、はたまた佳奈美のような筋金入りの馬鹿ぐらいだ。


 正直言って、律は少しだけ正文の眼光に呑まれそうに……。こんな熱い視線で見つめられたら……流石にーー



「……お前少し太ったな」

「……!」



 律の頭が真っ白になった。


 正文は、今この男はなんて言った……?


 太ったと言ったか?華の乙女に……太ったと……!?



「お前は昔から肥えると腹よりも尻や足に来るからな。まぁそれでも芽依子嬢の尻に比べたら」

「喰らえっ!」

「ほげぇっ!?」



 律渾身の拳を喉に受けて正文は卒倒した。


 世界が狙えそうな良いパンチだった。呼吸が困難できない



「この正文アホ!この正文ハゲ!この……正文×××(自主規制)!!」




 怒り心頭の律は突っ伏したままのカウナの足を掴むと、正文を置いて大股で去っていった。


 ……事実、正文の言う通りだった。


 この夏に入って、律は体重が四キロ増加した。


 風呂上がりのアイスクリームは、悪魔の誘惑だった……。律は誘惑に打ち勝てなかった……。昼飯後の昼寝も最高だったのだ……!





「ふむ……ちょっとイジり過ぎたか」



 去っていく律を目で追いながら、正文は生まれたての子鹿のように震えながら起き上がる。


 流石に二度は回復困難キツい


 律を前にすると、つい意地悪をしたくなってしまう。分かってはいるがやめられない。




「……正文さん……?」



 背後から聞こえる絶対零度の妖声こえに、正文の背筋が凍り付く。


 凄まじい闘志……いや、殺気……!


 振り向くと、瞳を怒りで燃え滾らせた芽依子が仁王立ちで正文を見据えている。


 その横では時緒と真琴が、深妙な面持ちで合掌していた……。





「私のお尻が…………何ですって…………?」

「…………OH…………」





 特段別に見たくもない走馬灯が、正文の脳裏を勝手によぎっていった……。





 ****





「まったく!アイツは!あのバカは!」



 折角水着を拝ませてやろうと思ったのに!


 怒りが収まらない律は、湖畔の松林を肩を震わせながら歩き進む。途中、ナンパ目的で律に声をかけようとした男たちが、律の般若の形相を見て次々と腰を抜かした。



「それにしても……」

「あァ!?」



 律が振り返る。


 律の背後を、少し距離を置いて歩いていたカウナが、何処か悔しそうな苦笑を浮かべていた。



「マサフミはリツの事を……ちゃあんと見ているのだな。我は全然気付かなかった」

「良い良い!そんな所気付かなくて結構だ!」



 律は心底うんざりした声色で叫ぶが、カウナの悔しげな表情が消える事は無かった。



「我はマサフミが羨ましい。リツの……お前の如何なる変化にも気付ける男に……我はなりたい……」



 カウナが真っ直ぐな眼差しでそう言うものだから、律は気恥ずかしくなってカウナから目を逸らす。



 そうだ……。律は思い出す。


 正文という男はいつも……。


 小学生の時も、中学生の時も……。



「アイツは……気付いて……私は……いつも……」



 湧き上がる記憶を固定するように呟く律を、カウナはずっと見つめ続ける。


 その顔に、いつもの気障な笑みは、無かった。




「おーーい律!カウナモさーーん!」

「リツさん!カウナさん!こちらですよー!!」



 ふと、二人を呼ぶ声が松林に反響した。


 声のする方に律が目をやると、松の木陰にシートが敷かれ、その上で伊織とコーコが手を振っているのが見えた。



「佳奈美達はどうした!?」



 律が大声で伊織に尋ねると、



「佳奈美はラヴィーさんと飲み物買いに行ったぜ!」

「シーヴァンさんとリースンはティセリア様達の所へ行きましたよー!」



 伊織に次いでコーコが答えてくれた。


 喉が渇いていたからちょうど良い。


 律は佳奈美達が帰って来るまで待とうかと思って、



「カウナモ?お前はどうする?折角だから泳いで来たら……」



 そう言いながら振り返るとーー。



「…………あれは……!?」



 何故かカウナは、戦慄の面持ちで空を睨み上げている。



「バカな……!?何故が此処に……!?」



 カウナと同様、周囲の人達も次々と上空を見上げ、ざわざわと騒ぎ始めた。


 何事かと首を傾げながら、律はカウナの視線を目で追って……。




「………………は?」




 律の目が点になる。



 超巨大なロブスターだ……。



 真っ赤なロブスターの如き、超巨大な騎体メカが、猪苗代の空高く浮かんでいた……。





 続く

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る