懲りない女騎士



 怪獣の着ぐるみを着た時緒が、ゆきえにコテンパンに叩きのめされていた、丁度その頃ーー。


 磐梯山麓、イナワシロ特防隊会議室ーー。





「…………なんですって?」




 携帯端末を耳に当てた芽依子が、不意に声をあげた。


 緊迫の色を含んだ声だったので、同人誌のネタを練っていた薫と、妻の同人誌のあまりにも赤裸々な内容に渋い顔をしていた嘉男が何事かと顔を向けた。


 二人の視線に気が付いた芽依子は、苦笑を顔に貼り付けてその場しのぎの嘘をついた。



「……実家の兄が……包茎手術を決意したようで……」

「「あらま……!」」



 嘘ではあるが全てが嘘ではない……。現に兄は……。



「ええと……」



 芽依子はそそくさと廊下に向かう。


 興味津々の薫と嘉男は、不粋と思いつつも会議室と廊下を隔てる薄い壁にへばり付いて聞き耳を立てようとしたが……。



「うゅ〜〜〜〜ん…………」



 芽依子とすれ違いに、基地に遊びに来ていたティセリアがしょげた表情で会議室に入って来た。


 その右手には、一口チョコレートの入った大瓶がすっぽり嵌まっていた……。



「……………………ぬけなくなっちゃった」



「「腕………………!」」



「……………………たしけてくだしぇ」






 ****





 やれ石鹸だ、やれ洗剤で滑り易くしよう。


 痛いのはなのョ!



 焦燥を帯びた薫と嘉男とティセリアの声が響いてくる会議室ーーその扉に背を向けながら……。



 芽依子は、受話器の向こうから聞こえてくるダンディズムに満ちた声を、その言葉を、意図せず自身の口で反芻していた。



「……独断で出撃した……!?」




 静かに沸き燃える苛立ちに、芽依子は睫毛を震わせ、そっと瞳を閉じた。



「何をしているの……!?あのったら……!」




 溜め息を吐く芽依子。


 会議室から、スポンッと景気の良い音が聞こえた……。



「「「抜(ぬ)けた…………!」」」





 ****





「……………………」



 月の裏側に在る、ルーリア第一皇女メイアリア専用航宙城塞ニアル・スファルーー。


 その管制局は、ひりついた重苦しい空気に包まれていた。


 苛立たしく足の肉球を踏み鳴らす、ゴルドーの所為である。


 全長五十センチメートル足らずの直立したげっ歯類。プー・ニャン人であるゴルドーはそんなプリティーな外見ではあるが、齢十八でルーリア騎士となってからの三十二年間を常在戦場で培って来たその老練な気迫は、若い騎士達を震え上がらせるには充分過ぎるものだった。



「レ、《レガーラ》のルリアリウム反応……た、探知出来ません……。そ、捜索隊も……騎影発見出来ずと……」



 緊張に声枯れした若いショグスー人の報告が耳朶を打ち、ゴルドーは眉間の皺を更に深くする。


 彼が見つめる管制局のモニターには、数刻前の映像ーー。



『シェーレ卿!?出撃許可は出ていない!繰り返す!出撃許可は出ていない!』



 管制員の制止する声に一切応答せず、シェーレ専用騎ーー甲殻類に似たフォルムの超巨大騎甲士ナイアルド《レガーラ》が飛び去って行く映像だった。



「あの……馬鹿娘が……!」



 義娘シェーレの、無断出撃ーー!


 ゴルドーは自分が座している司令席のアームレストを、柔らかいピンク色の肉球が付いた拳で叩く。


 プニペコッ、と可愛らしい音が響くが、ゴルドーの溢れ出る怒気にその場に居た誰もが脂汗を垂らした。



義父オヤジッ……!」



 脚の代わりに水色の美しい尾鰭を持った少女が管制局に現れた。


 ゴルドーの義娘、シェーレの双子の姉、スァーレであった。



シェーレの部屋に……こんな手紙モノが……!」



 スァーレが持って来た紙切れを、ゴルドーは険しい目付きのまま受け取る。


 紙面には、お世辞にも綺麗とは言えないルーリア文字が並んでいた。





《敬愛なる父上……》


《矢張り私は我慢がなりません……》


《一刻も早く、愛するメイアリア様をあの穢らわしい地球から救って差し上げたい!》


《地球の迅速な被属を邪魔する忌々しい存在……エクスレイガはこの私シェーレが討ち取ります!》


《父上……貴方様が教えてくれたこの武腕……そして我が愛騎レガーラで、必ずや……!》


《いかなるお叱りも受ける所存です。メイアリア様を連れ、エクスレイガの首と共に帰還した後に……!》


《父上の愚かな娘 シェーレ・ラ・ヴィース》




 小さな手を慄わせながら、ゴルドーは手紙を読み終える。


 スァーレや他の準騎士達が戦々恐々と見守る中……。



「……何が愛するメイアリア様だーーーー!?!?あの脳味噌年中花畑のォ……ア・ホ・娘めーーーー!!!!」



 怒りが頂点に達したゴルドーは手紙をくしゃくしゃに丸め、激情のまま口の中へ放り込む。


 そして、ついさっきまで手紙だった紙切れをしばらく咀嚼し……ゴクリ、と喉を鳴らして飲み込んだ。




「「………………………………」」




 プー・ニャン人て紙食えたっけ……?


 スァーレ含む管制局内の誰もがそう思った。


 局内が嫌な静寂に包まれる……。


 聞こえるのは、怒れるゴルドーの荒い息遣いだけ。



義父オヤジ……私が探して……来ようか?」



 鉛めいた重い静けさを打ち払ったのは、スァーレの提案だった。


 しかしゴルドーは、額のツボを押して怒りを鎮めながら、首を横に振って拒否をした。



「……もう良い。放っておけ」



 ……放っておけ?


 義父の返答に、スァーレは眉をひそめながら首を傾げた。


 放っておいたら、シェーレは何をしでかすか……。



「え?でも……義父オヤジ……」

「我が輩は放っておけと言っている……。捜索隊も帰還させろ。捜索隊全員に特別賞与を支給させることを忘れるな」

「……シェーレは……?」

「……あいつの目的地は分かっている」

「……エクスレイガ……?……あ!イナワシロ……!?」



 スァーレの正解に応じる事無く、ゴルドーは疲れきった重い足取りで、管制局を後にした。



「……そんなに会いたいなら……好きにするといい……」




 年々重くなる首の凝りに苛まれながらも、ゴルドーは怒りを存分にはらんだ冷笑を浮かべた。



 地球の諺にもある……。



 "可愛い子には旅をさせろ"……と。



「お前もいい加減……メイアリア様の……いや、地球人の美しさをその身で知ると良い……!」



 かつての、のように……。



「任す……!マリィの倅……!」



 ゴルドーは過去……そして未来に思いを馳せながら、自室へと向かっていった。



 ……………………。


 …………。


 ……。



 紙を食した所為だろう。



 その夜ゴルドーは、……。





 続く

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