148 メイクール国の修道士
「ダン、少しいいか?」
アルは、不機嫌な顔つきで船作業に勤しむダンを呼び止めた。
パティたちが買い出しに出てすぐにクルミとネオが船に合流した。
が、彼らは抱き合うような格好――、ネオはクルミの腰を抱いていたので体は密着し、顔も数センチほどしか隙間がなかったので、ダンはその時のことを思い出し、ぶすっとして、機嫌も悪かった。
ダンが後でクルミに理由を聞いたら、
「〝飛翔の靴〟は、あたししか飛ぶことができないから、くっつくしか方法がないの。あたしだって、今はネオにくっつきたくなんかなかったけど……」
横を向いてそう言ったクルミの顔に赤みがさしていたのでダンは物凄く気になったが、あまり詳しく訊くのも余計に腹が立つ気がし、それ以上は訊けなかった。
「頼みがあるんだ」
そんな不機嫌な時に、アルはダンを呼び止め声をかけた。
「なんだ?」
ダンはアルに対しても、ぎろっと一度睨んでから言った。
ダンがそんな鋭い眼の時にはダンの子分たちは誰も話しかけず、近付くこともないので、周囲にはアルとダンの二人しかいなかった。
「クルミたちが合流したらメイクール国に帰るつもりでいたんだ。悪いが、北西大陸まで送って欲しい」
ダンは船の帆を張りながら、アルのいうことを聞いていた。
アルは囚われていた身なので、このウォーレッド国では船の手配ができない。
アルはシュナイゼから逃げ出し、今後、シュナイゼがどのような手に打って出るか分からない。今のところ、アルを捜索している様子も、ウォーレッド国がメイクール国に船や飛行船を出航させた様子もないので火急ではないだろうが、それでも、このままシュナイゼが何もしないとも考え難い。
アルはひとまず各国を旅して王に会うという役目を終えた今、メイクール国に戻り、父たちに無事を知らせ、対策を練りたかった。
「ああ、いいぜ。近くにいる他の船を手配する。けど、早くても三日はかかるな」
「構わない。助かるよ、ダン」
「アル――」
ダンは、パティを無視した今朝の態度を窘めようと口を開こうとしたが、彼は言いかけて、口を噤んだ。
アルの目は、何か一つの思いを胸に抱いている強い決意と、同時に失意のような悲しい光が瞬き、ダンは言葉をぐっと飲み込んだ。
少しして、パティ、ロミオ、ジルの三人が小舟で買い出しから帰ってきた。三人は何だか様子がおかしかった。
パティは仲が良く、慕っているクルミと再会しても、嬉しそうな顔をしたが、それは一瞬のことで、
「クルミ、お帰りなさい」
と言い、出掛ける前よりも更に落ち込み具合が進んだようで、黙って俯いた。
パティだけではなく、ジルもロミオも口数が少なく、船に戻ってから黙っていた。
その場にネオとダンはいなかったが、クルミが近くにいて、少し離れたところにアルとロゼスがいた。
「パティ? ねえ、また何かあったの?」
クルミはパティに訊ねる。パティは買い物袋を運ぼうとしている、まだ近くにいたロミオの顔を見た。
「……ロミオ、わたし、やっぱり黙っていられません。だって……、アルは助かりましたが、今度はイーシェア様が……」
そこまで言いかけたところで、食料を運ぼうと手伝おうとしていたロゼスが耳聡く、イーシェアの名にぴくりと反応し、何だ、と眉を寄せてパティに近づく。
「イーシェアがどうしたんだ、パティ?」
とロゼスは焦る気持ちを落ち着かせて言った。
「ああ、そうだね、パティ。これは黙っていられることじゃない」
ロミオがそう言い頷いたので、パティはロゼスの、不安を浮かべたグレイ色の瞳を見た。
「……イーシェア様が、ウォーレッド国に捕えられてしまったのです……!」
パティは、メイクール国にアルが帰るまでは言わないで欲しいと言っていたシリウスとの約束を破った罪悪感に見舞われたが、それでも、はっきりと告げた。
「イーシェアが……? 一体、どうして――」
ロゼスはなぜそうなったのか、事態が飲み込めず、混乱と戸惑いに襲われた。
パティは、ウォーレッド国王都でメイクール国の修道士、シリウスに会った事を集まった皆に話し始めた。
シリウスはパティを見て驚いていたが、すぐにパティに近づいた。
「パティ様……、船にはアルタイア王子も一緒におられるのですか?」
「ええ、アルも、一緒です」
「そうですか。王子は無事に戻られたのですね。……それは良かった。約束は、守られたのか……」
良かったと言いながらシリウスの顔は落胆の表情を見せており、呟くように言った。
「約束?」
「パティ様、今からいうことは、アルタイア王子がメメイクール国に戻るまでは、内密にお願いします」
「それは、どういうことでしょうか?」
「……シュナイゼ王は、アルタイア王子を無事に解放する代わりに、イーシェア様を所望したのです。イーシェア様は、王子のために自らの意思でウォーレッド国へ赴き、シュナイゼ王の元へと囚われたのです。私は、イーシェア様の付き人として、同行を許され、今まで巫女様のお世話をしておりました」
シリウスは絞り出すように言い、苦し気に顔をパティから背けた。
「パティ様、ロゼスというメイクール国の兵士も王子の近くにいますね?」
「え、ええ」
頷いたパティに、シリウスは懐から取り出した手紙をパティに差し出した。
「これは、イーシェア様から、そのロゼス・ラジャエルに渡して欲しいと頼まれました。国に帰ってから、これを渡してください」
パティはシリウスからその手紙を受け取ると、彼はぺこりと頭を下げ、その場から去って行った。
「な、なぜシュナイゼ王はイーシェアを――」
話しを聞き終え、ロゼスのグレイ色の瞳は揺れていた。
「恐らく、イーシェアが石を持つ者だからだろう。それに彼女には、不思議な力を持つと噂されている。シュナイゼ王が今までよりも強引な手にうって出たということは、その噂は真実なのかも知れない」
アルは苦し気に、顔を歪めていた。
自分のせいで、メイクール国にとって大切な巫女がシュナイゼの手に渡ってしまったことが、アルには苦痛だった。
考えてみれば、これほど簡単に城から抜け出せたことはおかしかったのだ。衛兵も大してなく、魔のものを手にしているのに、シュナイゼはそのものを見張りに立たせてもいなかった。
(僕は、逃げたのではなく、逃がされたのか。シュナイゼは始めからイーシェアが目的だった……!)
アルは、胸の内で思った。
「シュナイゼ王は、数日前、メイクール国のマディウス王に使者を送ったのだと、シリウスは言っていました」
パティは胸の前でぎゅっと手を握り、不安な気持ちを押し隠した。
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