134 カルファとルーナ
「ロゼス、あの、本当に、メイリンのことは何とも思っていないのですか?」
パティは、メイリンが立ち去って少しした後、相変わらず無表情のロゼスに後ろから追いつくと、声をかけた。
「ロゼスとメイリンは血が繋がった家族なのでしょう? それなのに、もう会わないつもりですか?」
ロゼスは足を止め、立ち止まった。
「パティ、いいんだ。さっき言ったことが俺の本音だ。あの女とはもう会うつもりはない」
パティは、「余計なことをいうな」とロゼスに怒鳴られるかと思ったが、彼は意外にも冷静だった。
ロゼスはもう、メイリンに対して何の思い入れもないようだった。
「パティ、ロゼスが決めたことだ。そっとしておこう」
アルがパティの背に手を置くと、パティは頷いた。
三人は遺跡を後にし、再び、馬車に乗り込もうとした。
馬車が見える位置まで来た三人の前に、数名の兵士を従え、長い髪を束ね、眼鏡をかけた若い青年と、まだ二十歳に満たない年に見える金髪の肩までの髪の少女が待ち侘びたように立っていた。
「アルタイア王子、私の名は、カルファ・グリードと申します。あなた様をお待ちしておりました」
すっと眼鏡をかけた青年が進み出て礼をし方膝を付くと、着衣したマントが揺れた。
「カルファ? あなたは、もしやウォーレッド国の—―」
アルがそこまで言うと、カルファはそっと微笑んだ。
「私の名をご存じだとは、光栄です。ええ、私はウォーレッド国の宰相であり、この第二帝国では国家元首の補佐を務めております」
カルファは立ち上がり、
彼は柔らかな面差しをした、穏やかな口調の青年だった。眼鏡の奥の瞳と髪は赤茶色だった。
カルファはああ言ったが、彼の名は各国に轟いている。
七大陸最大国である、ウォーレッド国、シュナイゼ王から絶大な信頼を寄せられているという、若い宰相カルファ、そんな噂がメイクール国にも流れていた。
各国を最も驚かせているのは、カルファは、およそ一年前に突如現れ、王の傍に仕え始めたという事実だった。彼はシュナイゼ王にいたく気に入られ、驚くほど短期間の内に、宰相にまで上り詰めたのだ。
アルは、年若い宰相を前にし、何だか不思議な心地がした。カルファと向かい合っていると、前から彼を知っていたような、思わず心を開いてしまいたくなる、そういう雰囲気があった。
「勿論、あなたの名は知っている。ジュノンアルタイア・ロード・メイクールです。僕にどのような用でしょうか?」
アルは右手を差し出し握手し、朗らかに挨拶を交わす。
アルは少し後ろにいたパティも挨拶をするよう促そうとして、彼女の異変に気付いた。
パティは片手を胸の前で硬直させ拳を握り、その手をがたがたと震わせていた。
顔色は酷く蒼褪めていた。
「――どうしたの、その天使の子。なぜ震えているのかしら?」
カルファの隣にいる少女に見える女は、腕を組んで、大人びた声で意地悪く言った。その女はストンとした白い繋ぎの服を着て、金髪がさらりと肩に流れ、顔立ちは可愛らしいが、氷のような冷たい眼をしていた。
「私の名はルーナ。ねえ、アルタイア王子の傍になぜ天使がいるの?」
女はパティに顔を近づけ、青い瞳でじっと見つめた。
「天使って、どこまで分かるの? ねえ、もう気付いているのよね」
パティはぎくっとし、蒼褪めた顔が徐々に恐怖に染まっていく。
「パティ様ですよね、失礼いたしました。ルーナは私の補佐的な役割をしていまして――」
カルファが慌ててルーナの肩を自分の方に引き寄せ、パティから離すと、ルーナは迷惑そうに顔を歪めた。
ルーナは肩を竦め、ため息を零す。
「いいじゃない、そんなこと。どうせもうアルタイア王子を連れて行くことになっているじゃないの。つまらないお芝居しても仕方ないわ。力ずくで連れ出せばいいだけよ」
ルーナがカルファのいうことを遮ると、アルの目つきが鋭くなった。
パティを自分の背後に立たせ、ルーナから遠ざけた。同時に、ロゼスも動く。
「王子、離れてください」
ルーナを睨んでいたロゼスは背から槍を引き抜き、彼女の前に立った。
「お前は……、いや、お前たちは何者なんだ?」
ロゼスは槍を構えて問う。
「それ、凄く馬鹿な質問ね。その天使に訊いてみたら?」
ルーナは口元に手を置くとクスクスと愛らしく笑った。
ロゼスがパティを振り向くと、パティは恐怖を堪えているようだった。
アルの方は、パティがこのような状態になる理由は、一つだけだということはもう分かっていた。
「そ、その方……、魔族の中でも、強い力を感じます。グリーンビュー国で、よく似た力を感じました。……きっと、ルーナは高位魔族です。それに――」
パティは震える指でルーナを指し、その近くにいるカルファに目を向けた。
「パティ、いい。もう黙っていて」
アルは顔色が変わっていくカルファの変化を察して、パティを制した。
「ルーナ、なぜ勝手なことばかりするのです。計画があると言ったでしょう」
カルファは、先ほどとは打って変った低く怒りを抑えた声音で言った。
「どうせ天使の子が気付いていたじゃない。こんな子がいたなんて聞いてないわよ」
「天使に魔を悟る力があるとは知りませんでしたね。まあ、いいでしょう。確かに、ルーナのいう通りです。本当のことをお伝えしましょう」
カルファはゆっくりとアルに近づくと、その赤茶の瞳を鋭くした。
「アルタイア王子、何か用かと訊ねられましたね?」
アルとカルファの間にロゼスが立っていたが、カルファは構わず、続けた。
「私たちに付いて来てもらいます。断ることはできませんよ」
アルはカルファにじっと見つめられ、抗い難い吸引力を感じ、彼も魔のものなのだと、はっきりと確信した。
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