127 山の神の試練 3

 クルミはその身体能力の高さで、くるっと一回転し着地しようとしたが、魔物は傷みのあまり暴れ、気付くと、空中でクルミの真上に魔物の足が迫っていた。

 その巨体の足で踏まれれば、ぺしゃんこに潰される!


 クルミはまだ石を光らせていたので、心で飛べ、と命じると、靴はその命令に応え、クルミの体を真横に移動させ、勢い良く上空へ持ち上げた。

 何とか魔物の足に潰されずにすんでほっとしたが、石の力を持続できるのももう後僅かだ。


(もう時間がない。一気に攻めて、こいつを倒す!)


 着地したクルミは弓矢の矢尻を持ち、思い切り走り出す。


 神具の靴は彼女の思いに応え、風のような速さで運び、魔物がきょろきょろとクルミを探している間に、巨体の魔物の心臓の前へと彼女は現れた。

 魔物が気付いてクルミに攻撃しようと手を伸ばすが、クルミは既に矢尻を心臓に突き刺す寸前だった。


「やあ!」

 クルミは力を込め、矢尻を心臓目掛けて突き刺す。しかし。


 ポキッ。

 矢は中央のシャフトで折れ、僅かに魔物の胸の部分に刺さっただけだった。


(この矢も脆い……!)


 攻撃に失敗し、クルミは魔物から距離を取ろうとするが、魔物は両手でクルミの両腕をがっちりと抑え込んだ。

 しかも、もう石は光を失いかけ、ほとんど消えかかっている。石の力を使っても魔物の腕から逃れられるかは分からない。

 クルミは一瞬の内に考えを巡らせ、一つの結論を下した。

 

(最後の一手に出る!)


 クルミは光の消えかかった左足を持ち上げ、ふう、と息を吐きながら、残る全ての力を込めて、僅かに心臓に刺さった矢尻目掛け、蹴りを繰り出した。


「ギヤアアアア……!」 


 クルミの蹴りを食らった魔物は、矢尻を心臓の深くに押し込まれ、その肉体は、後ろに倒れた。

 巨体を持つ魔物が背後に倒れる瞬間、ズズ、ン、と、村中にその倒れる音が響き渡り、振動がした。


「何とか、倒せた……」

 左足首の石は光を失い、クルミはその場に座り込み、肩で息をしていた。

 

 ツバキは石の嵌った方の拳で、大きな力を発揮していた。それを思い出したクルミは、自分も、石の嵌った方の足での攻撃は魔物にも有効なのではないかと考えたのだ。


 

 魔物の倒れる轟音を聞きつけ、村の人々が家の中から次々に出てきて、近くに寄って来た。

 クルミや、倒れた魔物をじろじろと見て、ひそひそと話し始める。

 彼らはとても感謝を言ってくれる雰囲気ではなく、むしろ、文句でも言いたそうな顔つきだった。


 村人が出てきた中にはカンナと、カンナの母もいた。彼女たちは他の人々のようにあからさまに嫌な顔をしてはいないが、困ったような顔で、周囲の様子を窺っていた。


「余計なことをしやがって!」

「もっと狂暴な神の使いが現れるだけよ。なんてことをしたのかしら」


 ひそひそと話していただけの村人は、一人が言葉を発したことがきっかけとなり、次々とクルミに悪口雑言を浴びせてきた。中にはクルミに石を投げつける者もいた。

 クルミは投げつけられた石をパシッと掴み、軽く上に放って、また掴む、という動きを数回繰り返し、それを止めると、周囲をキッ、と睨んだ。

 村人たちは、ぎくりとした顔をする。


「そうやって、あんたたちは魔物を倒そうとした人を罵って、排除してきたんだね。もしかして、追い出したりもしたの?」


 クルミは本当は怒鳴りたいのを堪え、静かな口調で言った。

「過去の記憶だから言っても無駄だろうけど、言われっぱなしは嫌だから、言いたいことを言っておく」


 クルミは、一定の距離を取って自分の周囲に集まった人々に、順に目を向けた。


「あたしはもう出て行くから、何を言われてもいい。だけど、これからはみんなで力を合わせて魔物を退治しなければいけない。神の使いだからそっとしておくなんて言っていたら、大切な人たちは死ぬだけ。自分たちの暮らしを守りたかったら、戦うしかないよ」


 クルミは言いたいことを言い切ると、顔を強張らせた人々の輪を通り抜け、そのまま、村を後にした。



 森の中の、丁度、クルミが山の神ユリオスに連れて来られた場所の辺りに辿り着いた頃、クルミの後を追って来た者がいた。

 始めに出会った少女、カンナだ。


「クルミ!」

 カンナは叫ぶと、クルミに駆け寄った。


「村を救ってくれて有難う。あなたに救われた人がお礼を言っていたわ。それにね、本当は、あれが神の使いだと信じていない人もいるの。……だけど、年寄りや村長の取り巻きが多いから、それを口には出せなかった」

 クルミが魔物を退治したせいか、カンナは多少興奮した様子で、一息に言った。


「私、目が覚めたわ。これからは、年寄りたちに従うのではなく、自分たちの言いたいことを言って、考えを伝える。あれが現れても、もう神の使いなんて言わないわ。みんなで力を合わせて、大切な人を守る」

 カンナはそう言ってクルミの手を取り、その瞳を輝かせた。


 クルミはにこっと笑んで、

「カンナ。分かってくれて、良かった。こっちこそ、親切にしてくれてありがとう」

「この村はね、グリーンビューというの。綺麗な名でしょ?」

 クルミが、え?、と目を見開くと同時に、カンナの笑顔がすうっとクルミの前から消えていった。



 周囲の景色が変わり、目の前にいた筈のカンナは姿を消し、クルミは周囲を確認する。元いた、恐らく現在であろう場所へと戻っていた。

 

(カンナがいた村は、グリーンビュー国の始まりの村だったんだ)


 クルミの目の前にはいつの間にかユリオスの姿があった。ユリオスは草のような緑色と土のような茶色の肌を併せ持ち、長い髪は木の根のようにうねっている。

 

「娘、試練を切り抜けたな。見事であった」


 ユリオスは心に直接語るのではなく、口を動かし、目の前で声を発していた。

 山の神ユリオスは、山のように大きな者かと思っていたが、彼は二メートルほどの身長をした、大きな老人に見えた。

 ユリオスを前にしたクルミは、背筋がぴんと張る緊張と、炎の神ライザと同じく、多大な、飲み込まれそうなほどのエネルギーを感じた。


「あの、ユリオス様、どうして、あたしをあの時代に飛ばしたのですか?」


 ユリオスは背を向けていたが、笑っているようだった。

「私は、武器や力に頼りすぎる其方の戦いに苦言を呈しただけだ。それ以上の理由はない」

 振り返り、ユリオスはクルミに一歩近づくと、手を彼女の方へと翳した。

 

「力を授けよう。この力で高位魔族とも戦えるであろう。この力で其方が何を成すか、成せるのか、それとも何も成せず、無駄に終えるのか……、私は天から見ていよう」

 ユリオスのその言葉を最後に、クルミはその場で意識を失った。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る