125 山の神の試練 1

 クルミは、自分を包んでいた光の発光が鎮まると、ゆっくりと瞳を開いた。

 そこは森の中だった。

 鬱蒼うっそうと生い茂る木々が周囲を覆い隠し、夕暮れのせいもあるが、辺りは暗かった。


「ふうん、山の神の試練なのに、山じゃなくて、森なんだ」

 と独り言ちたクルミは、急に魔物が現れたら困るので、武器を取ろうと腰へ手を伸ばす。


「……え?」

 いつもあるべき短剣がそこにはなかった。

「な、何で……?」

 クルミは慌てて、他の武器も探す。


(クナイも、ナイフも、盾もない。何で――)


 クルミは混乱しそうになるのを堪え、暫し考える。


(まさか、山の神の仕業? でも何でこんなこと……)


 武器がなければ、魔物を倒すなどできない。

 

 クルミの顔は蒼褪め、焦りの色が浮かんでいた。


 とにかくどこかで、武器を調達しなければ、と思った時、背後で草を掻き分ける音が、がさっと鳴った。クルミが勢い良く振り返ると、そこには、自分より少し背の高い、髪に白い花を飾った少女がいた。


「あなた、誰? こんなところで何をしているの?」


 長い髪に、模様の入ったドレスを着た少女は、クルミを見て、心配そうに傍に寄って来た。


「別の村から来たの? もう辺りは真っ暗になって、

帰れなくなるわよ」

「ここから、村は近い?」

「ええ、少し歩いたところよ。私の村に一緒に行きましょう。うちに泊まらせてあげるわ」

 親切な少女は、クルミが道に迷ったのだと思ったようだ。

 

(村に行けば、何か武器が手に入るか)


 クルミは、ありがとう、と言って、彼女に付いて行った。


 十五、六歳に見える、民族衣装のようなドレスに身を包んだ少女は、名をカンナと言った。クルミはカンナに付いて歩き、やがて、小さな村に辿り着いた。


 その村は本当に小さく、僅か百人足らずで、カンナとその親族と、もう一家族くらいしか暮らしていない、小さな集落だった。

 クルミが最も驚いたのは彼らの家の造りだった。


 森を切り開いて作られたせいもあるが、一軒一軒が小さく、質素だった。家は木製だが、屋根は藁が積んであるだけの家も多く、簡易的な、素人が造った家そのものだった。


「ここが私の家よ」

 そう言ってカンナは自分の家を案内する。

家は木で囲ってあるだけの造りで、屋根は他の家同様、藁で出来ており、床は土が丸見えで、土の上に藁や布が敷いてあるだけだった。


「母さん、戻ったわ。今日はお客様を連れて来たの。この子、道に迷っていたのよ」

 カンナは、土間で食事の支度をする母に言うと、森で取って来た木の実や薪を母に渡す。


「あら、それは大変でしたね。ここには私とカンナの二人だけだから、遠慮しないでくださいね」

 カンナの母はゆったりとそう言った。

「もうすぐ食事ができますからね」

 カンナの母はそう言い、再び鍋に煮込んだ鶏肉や木の実の入ったスープを木のスプーンで掻き回した。

 

「ねえ、ここってどこの国なの? 随分田舎みたいだけど」

 食事の支度が整い、クルミはスープを一口飲んで、訊ねる。


「……クニ? 何のこと?」


 カンナは訝し気に眉を寄せただけで、何を言われているのか理解できないようだった。

「えっ? ここは、国の中の村じゃないの?」

 再び訊ねたクルミに、カンナも彼女の母も、顔を見合わせ、何を言っているのかしらと首を傾げた。クルミの言っていることが分からないようだ。 

 

 何か、変だ、とクルミは思った。

 

 ユリオスは過去へ飛ばすと言っていたが、考えてみれば、こんな質素な造りの家など、よほどの田舎でも今はほとんど存在していない。ということは、この時代はかなり昔ということだろうか。


 考え耽っていると、ドス、ドス、という大きな音が周囲に響いた。まるで地鳴りのような音だ。音に合わせて家の中の物が小刻みに揺れている。


「何? この地鳴りみたいな音……」


 ――もしや、魔物?


 クルミは周囲を警戒し、食事の手を止め窓の外を見ようと立ち上がった。

 窓と言っても、そこに硝子が嵌っている訳ではなく、開いた木の枠には布がかけられているだけだったが。


 カンナとカンナの母は、不安そうな顔をしたものの、立ち上がる様子はなく、びくびくと俯いたまま、食事を続けていた。


 クルミが窓の布を開き、外を確認すると、夜の闇が支配する中、獣のような呻き声を発した、見上げるほど大きな魔物がのしのしと村を練り歩いていた。

 クルミは大きな魔物を睨み据え、歯をぎり、と噛んだ。


(あれが、神の試練の魔物?!)


 十五メートルほどあるだろうか。これほど巨大な魔物はクルミは今までに見たことがない。四つん這いになり、蛙のような姿をした魔物は、やはりゆっくりと歩いたり、蛙のようにジャンプをしながら、進んで行く。

 地を這うような声で鳴き、そのあまりの迫力に、クルミは自然と体が震えていた。


(何なの、あれ? 信じられない大きさ!)


 クルミは窓辺に立ち、こそっと魔物を見ていたが、魔物の目がぎらりと光り、目が合いそうになったので、慌てて部屋の中に身を隠す。

 

「また神の使いがお見えになったのね……。まだあまり日が経っていないのに」

「まだ、足りないのでしょうね。生贄が――」

 カンナに続いて、彼女の母も重く口を開いた。


「それ、どういうこと? 何を言っているの?」

 今度はクルミの方が二人のいうことが理解できなかった。


「見れば分かるでしょう? あの方は神の使いよ。あんな姿の獣なんている筈がないもの」

「あれは魔物だよ。神の使いなんかじゃない。早く倒さないと、犠牲者が出る。ねえ、武器はどこにあるの?」


 クルミは家を見回すが、武器のようなものは見当たらなかった。狭い家なので、隠すような場所もない。


「倒すだなんて、あなた、何を言っているのです? あの方は神の使いなのですよ。そんなことが許される筈がないでしょう!」


「言っておくけどね、神様は生贄なんか欲しがらないよ。あれは魔物。知性のかけらもない、殺戮と食事をするだけの魔物――」

 少し興奮したカンナの母に、クルミははっきりと告げた。

 クルミは言いながら家の中を探り、武器になりそうなものがないか探すが、その家には何もなかった。


「ここには武器はないみたいだね。ねえ、狩りの道具でもいいから誰か持っている人がいるでしょ? どこの家か教えて! 武器を借りたい」

「……六つ先の家の、村長の家に狩りの道具があるわ」

 クルミの迫力に押され、カンナは呟くように言った。


「そう、ありがとう」

 クルミは言い、すっと家から出ようとした。


「ねえ、やめなさいよ! 神の使いに敵う筈ないわ」

 出て行こうとするクルミの背中にカンナが言った。


「カンナ、既にこの村では犠牲者が出てるんでしょ。今まで生贄なんて言って、どれだけの人を犠牲にしてきたか知らないけど、そんなことを繰り返していたら、こんな小さな村はすぐに滅びるよ。誰かが、あいつを倒さなきゃいけない。あたしはね、そのためにここに来たの」

 クルミはにこっと笑み、外に飛び出した。


 村長の家に着いたクルミは、ノックをし、すぐに扉を開いた。

 村長は、髭を蓄えた中年の男だった。


「ねえ、武器を借りたいんだけど。どこにある?」

 突然家に現れ、言い出した少女に、村長は、

「何を言っているんだ、貴様は!」

 と怒鳴った。

 その時、家が壊されるような、バキバキバキ、という大きな音が響き渡り、女性と子供の叫び声が響いてきた。


 クルミはその声を聞き、急いで、勝手に家の中に入ると、部屋の奥に石槍と弓が置かれていたので、その二つの武器を手に取った。武器を手にした彼女は素早く外へと出て行った。


「お、おい、貴様!」

 村長は怒鳴ったが、クルミのあまりの素早さに、すぐに彼女を見失っていた。


(脆そうな武器だけど、ないよりマシか)


 不安は当然あったが、もう戦うしかない。


 クルミは覚悟を決め、壊された家の前に来ると、舌をのばして子供を掴もうとする魔物の舌を石槍で思い切り叩いた後、子供を腕に抱いて飛び上がり、すとっと着地した。助けられた小さな少年は泣きながら母親の元へと駆け出し、それを見たクルミは胸を撫で下ろした。


「例えあんたが過去の産物であったとしても、悪いけど、あたしが倒させてもらう」


 クルミは、蛙のような姿の魔物を見上げて言った。


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