102 第二試合
「第二試合、クルミ・レイズン対、ラリー・フィスト!」
司会者が再び選手紹介をすると、客たちは益々ヒートアップし、大きな波のような歓声が闘技場内に轟く。
クルミは客たちの歓声に片腕を上げて答えた。
二メートルほどの長身のラリーは筋肉隆々な体で格好をつけて現れ、時々ポーズを取って立ち止まると力瘤を見せたりした。
「……何、この目立ちたがり屋のゴリラは」
と言い、クルミは腕を組んで冷めた視線を送っていた。
「オレの相手はこんなちっこい姉ちゃんか。つまらんな」
がははと笑い、ラリーは馬鹿にしたようにクルミを眺めた。
むかあ、とクルミの胸が煮え滾る。
ラリーは、重量のあるバトルアックスを肩に担いだ。
通常の斧よりも重くて扱い難いため、力に自信のある者でしか扱えない。
「ふうん。なかなか良い武器だね」
クルミは自らもその手に馴染んだショートソードを構えていた。
「始め!」
審判の声が響き、二人は睨み合った。
「先手必勝!」
クルミは叫び、短剣を手にをふわりと飛び上がり、ラリーとの距離を一気に詰める。
ラリーは向かって来たクルミに蹴りを繰り出した。
クルミは腕を交差し防御するが、衝撃で小さな彼女の体は十メートルほど後方へ吹っ飛んだ。
「くっ……」
クルミは小さく呻き、着地する。
「意外と素早いんだね」
予選試合の相手とは違い、ラリーは動きが機敏だった。
「本選ともなると、今までのようにはいかないか」
「小娘、そんな悠長なことを言っている場合か? 死にたくなきゃ、降参しろ」
「冗談じゃないよ」
ラリーはクルミの答えににやりと笑い、今度はアックスを振り回した。
クルミは避けるが、それは思ったよりも早い一撃だった。
ズガーン、と、クルミを外したラリーのアックスはアレーナの床を割った。
ラリーは、アックスでの攻撃に時々拳の攻撃を交えていた。
アックスは当たれば一撃必殺となるが、振り幅が広く、攻撃までの時間が長いので、隙も多い。
ラリーは拳の攻撃でその隙を埋めていた。
ただでさえ重いアックスを振り回しながら他の攻撃も交えるとは、ラリーは意外と器用だった。だが器用なのはクルミも同じだ。
少しの間、互いに攻防を繰り返し、徐々にラリーの戦いに慣れ、目の良い彼女はラリーが次の攻撃に移る瞬間がはっきりと分かった。
(来る!)
ラリーは思わぬことにアックスをクルミに投げつけてきた。
ズガアア!
アックスは避けたクルミの真横を通り過ぎ、客席の塀に当たり、塀が罅割れた。
「何なのそれ! そんな使い方の武器じゃない!」
武器に愛情のあるクルミは、ラリーの放った一撃に顔を歪めた。
クルミは怒り顔で、クナイを立て続けに二本投げた。素早く対応したラリーは一本のクナイは避けたが、死角から放たれたクナイの一本に対応できず、腕に刺さった。
ラリーの太い腕は深くクナイが刺さり、血が流れた。
ラリーは怒り顔でクナイを引き抜いた。
「よくもやってくれたなあ!」
ただの小娘に見えるクルミに怪我を負わされたことが我慢ならず、ラリーは血管が切れそうな顔で叫んだ。
クルミが短剣で放った一撃を、ラリーは腕に装備した盾で防ぐと、盾を勢い良く押し返す。
ドンッ!
クルミはその衝撃に弾かれるように後方へ飛ばされ、地面に打ち付けられた。
その隙に、ラリーは落ちたアックスを拾い、クルミに向かって思い切りアックスを振り上げた。
「もらったー!!」
「クルミ!」
ラリーの雄叫びと、はらはらと応援席からクルミの有志を見ていたネオの叫び声が同時に響いた。
ガツッ!
クルミは、短剣でアックスの刃を防いだが、座っている状態で態勢も悪いので力が十分に発揮できない。
徐々にクルミはラリーのアックスに押されていく。
(こいつ、やっぱり力が強い! 駄目だ、このままじゃ押し負ける)
普通の男と比べても引けを取らない力を持つクルミだが、腕力で勝負をするような筋肉タイプと比べればその力は劣る。クルミは覚悟を決めたような表情をし、集中し始める。
「どうせ負けるなら、やってみるか――」
クルミの踝に嵌った石が、光を発し始めた。
熱く、痛みを伴う。しかし石の光と踝の痛みが収まると、どくん、とクルミの胸が大きく打ち、力が溢れてきた。
クルミは短剣でラリーを押し返すと立ち上がり、更に力を込め、今度はラリーが倒れる番だった。
(石の力は三分ほどしか持たない。それに力を発揮した後は動けなくなる……すぐに決着を付けないと!)
立ち上がったラリーにクルミは短剣を構え、一気に攻め込む。
ガツ、ガツッ!、と、アックスとショートソードがぶつかる音が響いたが、比べれば大人と子供ほどの背丈の差のある小柄なクルミの方がラリーを完全に押していた。
立て続けの攻撃に、ラリーは再び倒れ、クルミはその首元に短剣を当てた。
しかしラリーはにやっと笑った。
「オレは参ったとは言わないぜ。お嬢ちゃんにオレが殺せるか?」
ラリーはクルミを試していた。
小娘にはできないだろうと思って、舐めているのだ。
「あんたは勘違いしている。あたしは目的のためなら、できるの。人の命を奪うことも――」
一人旅をしてきたクルミは、盗賊や山賊、また暴漢に襲われそうになることもあった。だが無事に生き延びてこられたのは、躊躇わなかったからだ。
いざという時、最も重要なのは選択することだとクルミは知っている。
クルミはしゃがむと、ラリーの足に思い切り短剣を刺した。
「ウギャー!」
ラリーは耳障りな叫び声をあげた。
「降参しないと次は腹を刺すよ。どうする?」
幼く見える娘だが、クルミの顔は場数を踏んできたであろう冷徹さが見え、ラリーはごくりと唾を飲んだ。
「……参ったよ。オレの負けだ」
クルミは立ち上がった。
負けを認めるならさっさとすればいいのに、と思いながら。
「勝者、クルミ!」
審判の判定の声と同時に、クルミはその場に膝をつき、荒い息をした。
動けずにいるクルミを見て、ネオがアレーナに立ち入って彼女を支え、その場から連れ去った。
「ネオ、有難う」
「まだ試合は続きます。クルミ、一日の内に石の力はそう何度も使えないでしょう? まだ試合に出るつもりですか?」
「当たり前でしょ。神具を手にするのが目的なんだから。あたしもホントはまだ石の力は使う予定じゃなかったけど――」
ネオは、そう言ったクルミの顔を心配そうに覗き込んだ。
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