95 マクーバ・リリア・ジャミス

 ガラガラガラ、と御者の引く馬車は田舎道を走っていた。

 アルとパティは王都まで行く用のある馬車に乗せてもらっていた。その馬車の御者は毎週、リリア国王都に荷を届けていると言っていた。二人は向かい合って座っていた。


 パティはアルを前にするといつもそうであるように、温かな心地でいた。しかしアルはパティをその眼に映してはいるものの、どこか寂し気だった。


「アル?……どうかしましたか?」

 パティには、アルは何かを決意しているようにも見えた。パティのその予想は当たっていた。


(六大陸を巡り、各国の王に会えばこの旅は終わる。そうなれば、もうパティと一緒にいる理由はない)


 旅も後半に差し掛かり、アルは、旅を終えた後のことをパティに切り出そうとしていた。


(……いや、今は止めておこう。もう少しだけ――)


 パティは髪飾りに少し触れ、幸せそうな笑顔を見せていた。アルが話そうとしていることを言えば、その笑顔は曇ってしまうだろう。


「何でもないよ、パティ。少し考え事をしていただけだ」


 ――もう少しだけ、とアルは自分に言い聞かせる。

 もう少し、アルはパティのその笑顔を見ていたかった。



 港から王都まではそれほどの距離はなく、ほどなく馬車は王都へと到着した。二人は馬車を降り、城へ向かって歩いていた。

 王都は何やら賑わいを見せていた。ところどころに飾り付けがされ、昼間だというのに人々は酒を酌み交わし、楽しそうに雑談していた。

 ムーンシー国に似た雰囲気だが、ムーンシー国ではいつも楽器がどこかから聞こえていたが、楽器の音はしないが、人々の笑い声がどこからともなく響いていた。


「楽しそうな街ですね」

「前に訪れた時も平和な国だったが、これほど陽気じゃなかった。祭りでも行われるのだろうか?」

 アルは多少の違和感はあったが、街は平和そのものなので、その明るい雰囲気が嬉しくもあった。


 暫く進むと、城が山の向こうに見えた。城は山間の崖の上に聳えていた。

 鼠色の外壁に屋根は群青色で、城の後方は崖だが、前方は開けた野原になっていた。

 まだ少し距離のあるその城が見えてきた頃、二人は円形闘技場を目にした。大きな円形の建物は遠い昔に建てられたものなのか、随分と古びていた。

 その闘技場の前に城の衛兵や、身なりの整った男、執事らしき者も傍らにいて、その内の何名かは何やら雑談していた。


「……何をしているのでしょう?」

 パティはタタ、と駆けて行き、近づいた。アルも続く。

「あの、何をしているのですか?」

 パティは誰とも話していない、少し離れたところにいる、テーブルと椅子が置かれ、椅子に腰かけた衛兵に声をかける。兵士は羊皮紙と羽ペンを持ち、顔を上げた。


「明日の準備だ。一般人は登録者以外はまだ闘技場には近寄れないぞ。すぐに帰れ」

 衛兵は興味本位で近づいて来たであろう娘に厳しく言った。

 アルがその後すぐに来たので、衛兵はアルの姿をじろじろと眺め、

「まさか登録するのか? 君が?」

 と、問いかけた。

 まだ少年に見え、多少は鍛えているが、痩せて、背丈も成熟した大人ほど伸びきっていないアルを見て、衛兵は眉を寄せた。


「十五歳以上ならば登録は可能だが、止めておくんだな。怪我ではすまないぞ」

「登録とは何の話だ?」 

「何だ、やっぱり参加者じゃないのか。明日、この闘技場で行われる異種試合の参加者の受付をしている」

「異種試合……?」

 アルとパティが声を揃えて言った。


「おぬし、メイクール国のアルタイア王子か?!」

 大きな声でアルを呼んだ人物にアルは見覚えがあった。

 白髪に髭を蓄えた初老の男は、リリア国の王、マクーバ・リリア・ジャミスその人であった。

 丁度アルからは見えない位置にいて雑談していたマクーバ王は、アルに気付き、友人の息子である彼を呼び止めた。


 マクーバは襟の立ったくすんだ黄色のシャツに、チャコール色の涼し気な生地のパンツを履いていた。胸元には大振りのネックレスをかけていた。

 王が傍に寄ったので兵士は敬礼した。


「ええ。マクーバ王、お久しぶりです」

 アルが言った。

 自分が話していたのは異国の王子だと知り、衛兵は敬礼しながら、ばつの悪い顔をした。

「アルタイア王子、これは、立派になられたことだ。メイクール国も安泰じゃな。マディウス王は変わりないか?」

 マクーバはアルの顔を覗き込み、両肩に手を置き、優しい顔で問いかけた。

 マクーバは、物腰の柔らかい、明るく気取りのない王だった。彼はメイクール国王マディウスと仲が良く、マクーバがメイクール国を訪れた際、アルはよく、二人に付き合い狩りへ出かけた。


 マクーバの隣に、いつの間にか大臣ナーダがおり、アルを見ると、深く礼をした。

「アルタイア王子、天使と共に旅をしているという噂は本当だったのですね」

 ナーダは前髪を横分けにした気難しそうな四十過ぎの男で、興味深そうにパティを見たので、パティはお辞儀をし、

「パティと申します」

 と二人に挨拶をした。

「これはこれは。愛らしい天使じゃな。……すまぬなアルタイア王子、今、わしは異種試合の準備に勤しんでいてな。明日は忙しくなる。三年振りの開催じゃから、わしも嬉しくてな」


「マクーバ王、異種試合とはどのようなものなのですか?」

「国の力自慢、また技に長けた者が集まり、腕を競うのじゃが、国の者だけではなく、他国からも参戦者が多数おるぞ」


「異種試合は武器や道具が使用可能な対戦試合で、気を失ったり『参った』と言わせる、また審判がもう戦えないと判断すれば相手の勝ちになります。武器は使用可能ですが、無闇に人を殺める行為は禁じています。試合の流れで命のやり取りをすることにもなるでしょうから、その際には罪は問いません。しかしだからこそ、盛り上がり人々が熱狂する、このリリア国の祭りですよ」

 続いて口を開いたのはナーダだった。


「うむ。アルタイア王子たちも時間があれば明日の試合を見て行ってくれ。今回は賞品目当てでも参加者が倍増しており、より腕に覚えのある者が集っているぞ」

「賞品とは、何でしょうか?」

 アルは何気なくマクーバに問う。


「城で保管し代々守られし神具、〝飛翔の靴〟じゃよ」

 マクーバは屈託のない笑顔を見せていたが、アルは驚きの表情を隠せなかった。

 神の手により作られし、神の力を得た道具。自分と仲間たちは今必死にそれを探し、調べている。それを、賞品に……?


「おお、まだやることがあったんじゃ。王子、悪いが城で待っていてくれ。用が済んだらすぐに向かおう」

 マクーバはそう言うと、忙しそうにアルの前から立ち去って行った。

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