74 グリーンビュー国の異変 前半
店では初老の男がギターを弾き始め、民族的な音楽を奏でていた。
店の奥から、露出のある衣装の艶やかな踊り子が出てきて、客たちは口笛や拍手で出迎えた。踊り子は胸元が少し開き、腹部が見える短い上衣に、布を巻いたようなスカートを穿いていた。
首から長いアクセサリーを下げ、頭には黒いベールを被り、布のスカートは踊り子が歩く度に腿の付け根までが見えていた。
踊り子は小さな舞台に上がり、踊り始める。
彼女の激しくも美しい踊りは男たちを虜にした。踊り子――、メイリンは黒に赤が灯ったような瞳でウインクをし、微笑んだ。
「綺麗な踊り子だなあ」
ダンの子分も、メイリンにうっとりと見惚れていた。
薄紫色のドレス姿のメイリンは軽やかに踊っている。
ダンはちらと踊り子を見たが、特に興味を惹かれる訳でもなく、また酒をぐいと飲んだ。
その時、平穏な日常を割くような悲鳴が突如耳を劈いた。店の客がなんだ、とドアの外に出ると、
「魔物だ! 魔物の群れだ……!」
と蒼褪めた顔で叫び、客の男はドアをばたんと閉めた。
ダンは酒をテーブルに置くとすぐに窓の方へ寄り、外を確認する。
(何だこれは――)
目の前に広がっていたのは、何体もの魔物が街を練り歩き、人を襲っていたのだ。
ダンは信じられなかった。彼が生きている中で街中を魔物が練り歩くなどという光景は今まで見たことがない。
ダンはすぐに襲われている人を助けようとドアへと向かおうとする――、するとそこへ、一体の魔物が窓を割って入って来た。
「きゃあ!」
店の者や客たちはパニックになり、叫び声を上げた。
ダンはナイフを手にし、構えた。
さほど大きくはないが、牙の鋭い二足歩行の魔物は飛び上がり、降りた先、近くにいた踊り子に食らいつこうとする。しかし踊り子メイリンはふわりと飛び、魔物の攻撃を避けて一回転し、腰に差していた短剣を取ると、背後から、躊躇うことなく魔物の脇腹へ突き刺した。
魔物は血走った目でメイリンを睨み、爪を立てて再び襲ってきたが、メイリンは今度は懐に潜り込み、肘で腹を攻撃し、魔物が倒れそうになったところを、短剣を魔物の脳天から刺した。
魔物は倒れ、一瞬の内に絶命した。
「す、すげー」
トサカ頭のダンの子分が感嘆する。
踊り子の軽やかな身のこなしに、周囲の者は拍手したが、ダンは不審な者を見る目をし、警戒した。
「お客さん、大丈夫ですか?」
睨みつけるダンに、メイリンは労わるように言った。
「……お前、どこかで会ったことがあるか?」
「いやですね、お客さん。誘ってくださってるの?」
「いや。お前は美人だが好みじゃないな。俺は勘がいいんだ。お前からは危険な臭いがする」
メイリンは始終にこやかだったが、ダンは警戒を解かなかった。
「初対面の女に酷いことをいうのね。さ、お客様方、ここはもう危険です。早く逃げてください。こんなことになって、この国はもうお終いですよ」
後半は、周囲の客たちに向かって言い、メイリンは店の奥へ引っ込み、長いカーディガンを羽織り、鞭を手にして、ドアの外へと出て行った。
客たちもそんなメイリンを見て、騒めき、どうしようかと相談を始める。
ダンは、怪しい女だ、と思ったが、なぜかその女に見覚えもある。
ダンは女の後を追うようにドアの外に出たが、メイリンは既に影も形も見えなかった。ダンは目の前で襲われている親子を魔物の手から救うと、彼らは礼を言って走り去って行った。
「お頭、どうしますか?」
髪の長い手下がダンの後をついて来て言った。そのすぐ後にもう一人の子分もいる。
「俺はこの国で何が起きているか探る。お前らはトラヴィス海賊団で連携を取って、この国の奴ら――、特に女子供を救え。いいな!」
「へ、へい!」
二人の子分は酔いの醒めた顔でびしっと敬礼し、ダンが素早く走り去るのを見送った。
(あの女は何か知っている)
ダンはそれを本能で悟っていた。
(それにあの動き、素人じゃない。あの女何者だ?)
ダンは魔物に襲われた人々を救いながら魔物の動きを観察していると、奴らはどうやら目的があり、一か所へ向かっているようだった。
(奴ら、城へ向かっているのか?)
狙いは何だ? 魔物が徒党を組んでいるということは操っている魔族がいる筈だ。
(魔族は王族の命を狙っているのか? それとも、城に隠されているという、神の力を宿した宝物か)
ダンも海賊として、城の宝物に興味はあったが、その武器は選ばれた者しか使えないという話をどこかで耳にした。それを聞いた時、興味はすぐに失せた。
魔物――、いや、この国に現れた魔族が何をしようとしているのか突き止め、それを止めようとダンは思った。
彼は正義感が強いとは自分では全く思っていない。ただ、ダンは自分のように不幸な生い立ちを背負って生きる人を増やしたくないのだ。国が滅びる光景も、もう二度と見たくない。だから海賊団の名で、弱い者を救うのだ。
ダンは、背負った袋から愛用の武器、〝鎖鎌〟を取り出し、それを装備すると、城の方へと向かった。
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