第664話「実際、旅をしている時、必要がなければ人間は誰も、 私にかかわろうとしなかったし、むしろ避けていた」

特別地区での仕事を一区切りさせ、フェフの官邸へ戻ったリオネルとヒルデガルド。


事前に一報を入れていたので、イェレミアスが出迎えてくれた。


イェレミアスのスケジュール調整は既についており、

約1時間後からの打合せとなっている。


疲労回復の為、リオネルが回復魔法『全快』をヒルデガルドと自身へ行使。

予定に合わせて小休憩の後、早速報告と打合せを行う事に。


リオネルとヒルデガルドは、

「これまで人間族と接してこなかったアールヴ族の不信感をなくし、緊張感を緩和したい。そうすれば交易を円滑に遂行可能と考えているが、どうしたら良いか?」

という相談をイェレミアスへ投げかけたのだ。


リオネルとヒルデガルドの問いかけを聞き、

イェレミアスは、納得したように頷く。


「成る程、成る程。正式な開国を見据え、アールヴ族と人間族がトラブルのないよう接して行く為には、事前にどう対策しておけば良いという事かな?」


イェレミアスの言葉に答えたのはヒルデガルドだ。


「はい、その通りですわ、おじいさま」


「うむ、トラブルの事前防止と発生時、両方の具体的な対策を考えるという課題だな? ヒルデガルド」


「ええ、リオネル様はその課題に対し、特別地区のプレオープンを行い、アクィラ王国上層部、商人達へ対するお披露目と私達アールヴ族が、人間族に慣れる事をご提案されました。そのプレオープン実施の前には充分な準備をし、足りない部分を補足すべきだともおっしゃいました」


「成る程」


「またトラブル回避と、もしもの際の迅速な収束の為、合意したルールの明文化、共有化の徹底を行い、警備も強化し万全にすべきだともおっしゃいましたので、私は同意し、賛成致しました」


ヒルデガルドの話を受け、リオネルは改めて特別地区の総括を行った上で、

『プレオープン』の説明と実施の意義を話した。


対して、ヒルデガルドはうんうんと頷き、


「おじいさま、どうでしょうか?」


と尋ねると、イェレミアスは全面的に賛成してくれた。


「成る程、成る程。特別地区におけるプレオープンの実施とその事前準備。合意したルールの明文化、明文化したルール共有化の徹底、そして警備の強化か。私も全面的に賛成だね」


「はい、そこで約40年前イエーラを旅立たれ、冒険者となり、遂には人間族の親友を得たおじいさまに、アールヴ族視点での人間族とのお付き合いについて、ご経験とお考えをぜひお聞きしたいと思いましたの」


「分かった! ではだいぶはしょるが、私が故国イエーラを旅立ってからアクィラ王国のフォルミーカ迷宮へ潜り、探索し、後に親友となる魔法使いボトヴィッド・エウレニウス、そしてリオネル様と出会い、再び故国へ戻って来るまでを話そう」


……という事で、イェレミアスは話し始めた。


イエーラを旅立ち、様々な人間と出会った事を。


「……私が若い頃、鎖国政策を堅持していたイエーラにおいて、人間族との接点といえば、誤って迷い込んで来た商人に冒険者、そして邪な野望を持ち、密入国して来た奴隷商人くらいしかなかった」


「ふう」と息を吐き、イェレミアスは話を続ける。


「武官が彼ら彼女達を捕縛して事情聴取をし、悪意を持たぬ者に関しては厳重注意の上、国外へ追放した。しかし悪意を持つ者どもに関しては厳しく対応した。物理、魔法による肉体、精神への処罰を行ったのだ」


「………………………………………………………………」


「中でも国民を拉致し、商品にして売りさばこうとした奴隷商人どもは特に厳罰を処した。数百回の鞭打ちをした上、首謀者は容赦なく処刑したよ。追放した下っ端どもからその厳格さが伝わるようにな」


「………………………………………………………………」


無言でイェレミアスの話を聞くリオネルとヒルデガルド。


「そしてリオネル様の前でこう言うのは申し訳ないが……アールヴ族に対し、人間族には知力、魔力、品性、容姿などにおいて何も秀でたものを感じなかった。種族としては完全に下に見ていた。必要がなければ接したくない、人間族など動物に近い蛮族だという蔑んだ思いが強かったのだ」


イェレミアスは、そう言うと過去を懐かしむよう目を遠くしたのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


記憶を手繰るイェレミアスは更に話を続けた。


「……古来よりアールヴ族は神の眷属たる妖精の末裔としての誇り、そして自身の優れた能力と洗練された容姿から人間族を含む他種族を遥かに下へ見て、蔑んで来た。それがとんでもなく愚かな事とも知らずにな」


イェレミアスは顔をしかめ、更に言う。


「アールヴ族の誰もが、人間族を含む他種族を自分達より遥かに下に見ていたよ。鍛冶と力仕事しか能がない仇敵のドワーフ――ドヴェルグ族ほど憎みはしなかったがね。私も生まれてからずっと、そんな誤認識に染まっていたのだが、ひとつだけ確かめたい事があった」


ここからの部分、リオネルは既にフォルミーカ迷宮で聞いていた。

ヒルデガルドも祖父が旅立つ際、聞いているだろう。


「多分、いにしえの時代のアールヴ族がその地へ足を踏み入れ、帰還し、

記録を残したのだろう。我がエテラヴオリ家に昔から伝わる古文書に、人間族が造ったという、アールヴ族を遥かに超える魔法と技術を駆使した幻の古代都市があるという記載があり、気になって仕方がなかった。


蛮族のような人間に、果たしてそんな素晴らしい機能都市が築けるのか?

この記載は本当に真実なのか? ぜひとも裏付けを取るべく確かめたかった。


まあ最初はそんな古代文明の存在さえ疑ったがね。


だが、長きにわたる研究の結果、古文書の記載内容はほぼ真実で、

その地がフォルミーカ迷宮だと判明し、私はいつか確かめに赴こうと考えていた。


そしてヒルデガルドへソウェルを譲ったタイミングがその時だと考え、後継の準備をし、退位するとすぐにイエーラを出国。

自由気ままな旅の末、フォルミーカの街へ到着し、単独で迷宮へ入り探索した。


その時、後に親友となったボトヴィッド・エウレニウスと出会い、友情を深めつつ、迷宮の探索を続行。もろもろあったが、何とか無事、最深層150階へ達した。


苦難の末、ストーンサークルに隠された転移装置の謎を何とか解き明かし、隠された地下151階層以降へ足を踏み入れ、古文書に記された古代都市を発見。

古代都市を調べたら、古文書の記載通りだと大いに感動したよ。


夢中になって迷宮の底で古代都市の研究を続けていた中、私はリオネル様と出会い、

生活を共にする事となった。


しばしふたりで暮らしてから、お越しになったティエラ様にもいろいろと諭され、

一旦イエーラへ帰国する事を決めたのだが、

その際イエーラの為尽力すると告げてくれたリオネル様と契約し、帰国したのだ。


これが……イェレミアスが、イエーラを出て再び戻って来るまでのくだり。

だが、ここまでは、リオネルとヒルデガルドが既に聞いている話。


肝心なのは、イェレミアスがどうやって人間族と打ち解けていったか……

それを知る為には、ここからが『本題』である。


「井の中の蛙大海を知らず、もしくは論より証拠とは良く言ったものだ。旅の途中、数多の町村に立ち寄り、人間達を目の当たりにし、実際に交流して分かった。私はとんでもない誤解をしていたと。


アールヴ族と能力の差、外見の差こそあれど、しっかりした文化を持っている人間族は、そこまでおとしめるような存在ではないと分かったのだ。


また旅をしながら、何人もの上位冒険者とも出会い、アールヴ族よりも人間族の方が身体能力や頑健度が高いとも認識した。そして彼ら彼女達が請け負った仕事ぶりを見て、依頼内容によっては人間族の方が適性があると認めざるをえなかった」


人間族は……そこまでおとしめる存在ではない。


ようやくそんな認識を持ったイェレミアス。

しかし自身の持つアールヴ族至上主義は基本的に変わらなかったようだ。


「こうして……私は必要以上に人間族を酷く下に見る事はなくなった。しかし、アールヴ族が世界で一番の種族だという思いは変わらなかったのだよ。


何故なら考え方は若干変わったのだが、

総合的にとか、トータルバランスを見てという言葉が、

私の中には常にあるようになったから。


他種族には身体能力や頑健度では譲るが、知力、魔力、品性、容姿などが著しく抜きんでているアールヴ族こそ、至高の種族なのだとな。


しかし、そんな考え方は普段の物言いや仕草で周囲へ伝わるものだろう?


人間族から見れば、とんでもなく上から目線の私はいかにも高慢で、

鼻持ちならない奴に見えるだろうとも気が付いた。


実際、旅をしている時、必要がなければ人間は誰も、

私にかかわろうとしなかったし、むしろ避けていた。


人間達から避けられている事に気付き、自己嫌悪に陥った私だったが、

そんな中、唯一、進んで声をかけてくれたのが、後に親友となる魔法使いの冒険者、

ボトヴィッド・エウレニウスだったのだ」


イェレミアスはここまで話すと、

一区切りつけるように「ふう」と再び息を吐いたのである。

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