第644話「これでパフォーマンスは充分であろう」

結局、その日、ギルドマスターのマウリシオ経由で、

アクィラ王国宰相からの連絡はなかった。


なので翌日も同じような1日となった。


ホテルのレストランで朝食を摂ったリオネルとヒルデガルドは、

再びリーベルタースの街見物に出かけたのである。


たださすがに、出向く場所は昨日とは異なっていた。


博物館、美術館をじっくり回り、歴史的な遺産に資料、絵画、美術品の鑑賞をし、

アクィラ王国の歴史と文化にもしっかりと触れたのだ。


この見学は、アクィラ王国への理解を深めるのは勿論だが、

今後、アクィラ王国の王家や貴族達と話す際の下準備の為でもある。


そして昼となり、ランチは、リオネルがチェックしていた、

庶民的な雰囲気のアクィラ王国郷土料理のレストランへ。


この店は豚肉、魚、じゃがいもを使った料理が多かった。


かつてリオネルが食したミートボール、レバーソースがかかったチーズオムレツ、

サーモンのムニエル、干しタラの煮込み、

そしてポテトサラダもメニューに記載されていた。


この店にはドレスコードがないのも良かった。

常識的ないくつかのマナーを順守さえすれば、

皆、気楽な服装で自由に食事を楽しんでいたから。


そして主観的な見解の差はあったが、

交わす会話も他者や店の迷惑にならぬよう気を付けてくれればOKであった。


という事で、リオネルとヒルデガルドは、今度は肉声の会話で存分に食事を楽しむ。


ホテルで食べたアクィラ王国の宮廷料理のコースは美味しかったが、

ふたりとも、このレストランの郷土料理の方が個人的に好みだったのである。


そんなこんなで、ランチを終えたリオネルとヒルデガルドは、

ショッピングを楽しむ事に。


昨日チェックしておいた商店を回り、様々な買い物をした。


冒険者のお約束である武器防具店、魔道具店、

魔法薬店などには、敢えて行かなかった。


下手に武器防具その他の買い物をし、リオネルとヒルデガルドの動向をチェックしている王国宰相へ、変な刺激を与えない為だ。


という事で、訪れた衣料品店、化粧品店では、ワレバット同様、

配下達へのおみやげ兼国産商品のサンプル用に大量購入。


食料品店も巡り、先ほどのレストランで食した郷土料理の材料、飲料を購入。

書店では郷土料理のレシピ本も購入した。


宿泊したロイヤルスイートルームにはキッチンも備え付けられている。


同行した料理人に料理を作らせる為の部屋であるが、

リオネルとヒルデガルドは早速、

アクィラ王国料理クッキングにチャレンジする事に。


リオネルの提案を聞き、ヒルデガルドもノリノリ。

最近はヒルデガルドも、

アールヴ族や人間族の簡単な料理を作るようになっていたのだ。


という事で、今夜の夕食は自炊になり、ホテルの担当者と護衛達はここで解放。

明日は冒険者ギルドの訓練施設を使用出来るよう、護衛達に頼んでおく。


その後、リオネルとヒルデガルドは購入した食材を使い、

アクィラ王国郷土料理をたっぷりと作り、きままなディナーを楽しんだのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


……この日も、マウリシオ経由でアクィラ王国宰相からの連絡はなかった。


なので翌朝……昨日購入していたパンと作り置きしておいた料理を朝食として、

部屋で摂ったリオネルとヒルデガルドは、冒険者ギルドの護衛達とともに出発。


馬車へ乗り込み、ギルドの広大な訓練場へと赴いた。


ギルドの訓練場を借り、ヒルデガルドといつも行っている訓練を行おうというのだ。


これは通常の訓練であるが、アクィラ王国宰相へ、

実力を見せるデモンストレーションの意味もある。


訓練場には同行した護衛達は勿論だが、ギルドマスターのマウリシオ、

サブマスターのエベリナ、レミヒオの3人も顔を見せていた。


ランクSのリオネルとランクAのヒルデガルドの実力に興味津々という雰囲気だ。


そんな衆人環視の中、ふたりは、

破邪聖煌拳はじゃせいこうけんの組み手を行う。


創世神教会に伝わる戦闘僧モンクが得意とするこの拳法を、

師モーリスから伝授されたリオネルは、自分のアレンジを加え、

更に攻撃力、防御力を著しく増大させていた。


一方、ヒルデガルドも愛するリオネルの指導とそのひたむきな向上心ゆえ、

師範代レベルといえる結構な腕前に上達している。


今や、ふらちなナンパ男子の撃退など容易いものであり、

オークの上位種さえも素手で倒せる腕前となっていたのだ。


達人の域に達したふたりの組み手は凄まじい速度で流れるように行われた。


ヒルデガルド相手の組み手なので当然、リオネルの全ての攻撃は、

絶対に当てない寸止め。


一方、ヒルデガルドの攻撃は全て『本気』で打たせている。


その方がヒルデガルドの実戦訓練になるからだ。


念の為、究極の防御魔法『破邪霊鎧』をかけているのは、

もういつものお約束である。


ただリオネルはヒルデガルドの全ての攻撃を軽々とかわし、

時には防御と言うか、あっさりと弾いてしまった。


正直、ヒルデガルドの攻撃を受けてもリオネルは全くダメージを受けないが、

ヒルデガルドへ『防御の見本』を見せる為に、敢えてそんな対応をしているのだ。


さてさて!

周囲を固めていた護衛のランカー達10名は、ふたりの組み手を見て、驚愕。

呆然としてしまう。


組み手のデモンストレーションで、

ランクSのリオネルとぜひ手合わせしたいという、

護衛ないし冒険者が名乗り出るかと思われたが、怖れを為したのか、皆無であった。


しかしリオネルとヒルデガルドは、戦士ではなく基本的に魔法使い。

本領発揮はまだまだこれからである。


リオネルの指示で、訓練場の片隅には、巨大な攻撃魔法の『的』が置かれた。


「では、私から……的へ向け、水属性攻撃魔法高水圧弾を放ちます」


ヒルデガルドはそう言うと、体内魔力を高め、短く言霊を詠唱する。


魔法はすぐに発動、


どしゅっ! どしゅっ! どしゅっ! どしゅっ!


と、重い水の塊が4つ、的のど真ん中へ撃ち込まれ、的が大きく揺れた。

頑丈で魔法耐性のある的だから、破壊はされないが、

生身の相手なら、大ダメージとなるであろう。


おお!!


という歓声がギャラリーから起こる。


傍から見れば完璧な魔法行使なのだが、ヒルデガルドは満足していない。

効能効果、制御力を更にレベルアップさせるのは勿論だが、

特にこだわるのが発動速度。

リオネルのように無詠唱で、神速発動を目指しているのだ。


そして満を持してそのリオネルの魔法行使。


複数属性魔法使用者マルチプルのヒルデガルドが表向き、

水の魔法使いという事となっているが、

全属性魔法使用者オールラウンダーのリオネルも、

表向きは風の魔法使いである。


リオネルは、体内魔力アップ、無詠唱で風属性攻撃魔法、高風圧弾を放つ。

当然『本気』ではなく、相当手加減しての行使である。


どごわっ! どごわっ! どごわっ! どごわっ!


と、重い大気の塊が4つ、的のど真ん中へ撃ち込まれ、的が粉々に砕け散る。


魔法耐性のある的が呆気なく破壊されるのだから、

頑丈な身体を持つドラゴンでさえ、無事ではいられまい。


更にリオネルとヒルデガルドは、数種の攻撃魔法、防御魔法も披露した。


……これで、パフォーマンスは充分であろう。


リオネルの予想通り、この日の夕方、マウリシオから、

王国宰相が「ぜひに!」と言い、会いたがっていると、

部屋へ連絡があったのである。

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