第621話「大丈夫! 俺がついていますよ」
……それからも話が弾み、散々思い出話をし、礼を告げ、
ローランドの下を辞去したリオネルとヒルデガルドであったが……
ホテルの部屋へ戻ると異変が起こった。
それまでにこにこ上機嫌、饒舌であったヒルデガルドが、
いきなりしかめっ面となり、無言。
リオネルの手を決して放そうとはせず、
更にぴったりとくっついて、片時も離れなくなってしまったのである。
しかし、ヒルデガルドから、悪意や憎しみの波動は伝わって来ない。
ただただ侘しい、物寂しい、 物悲しい、空しい、切ない、という、
満たされない思いだけが強く強く送られて来るのだ。
どうして? 何があったと思ったリオネルであったが、
理由はすぐに分かった。
そうローランドが、
「今後、イエーラでの仕事を終え、もしも戻りたいと思ったら、いつでもソヴァール王国へ帰って来てくれ。国をあげて大歓迎するからな」
という言葉に反応、リオネルがまた旅立ち、自分から離れてしまうと、
大きなショックを受けたからだ。
ヒルデガルドがリオネルを愛する前、
いつかイエーラを離れ、再び旅に出ると告げられてはいた。
でも、その時とはヒルデガルドの心の内は全く違う。
操こそささげてはいないものの、ヒルデガルドはリオネルを深く深く愛し、
心身を預けていたのだから。
「イエーラが豊かになったら、リオネル様は、やはり故国へ戻ってしまわれるのですね……」
長い無言の後、寂しそうにつぶやくヒルデガルド。
ここで、その場しのぎに、とりつくろう事をする男も居るかもしれない。
……ただリオネルは、嘘をつけないし、つきたくない。
互いの想いを確かめ合った上で、理解を深めつつ、
気持ちをすり合わせて行こうと決めている。
当面はイエーラ富国の為にまい進し、その上で考え、
相談して、将来を決める。
その時に伴侶として人生を共にするか、否か、答えを出す。
それゆえ、今の時点で確固たる約束は出来ない。
故国には戻らない、帰らない。
軽々しく、一生、ヒルデガルドの傍に居る!……とは言えないのだ。
いくら考えても、ヒルデガルドへかける妥当な言葉が見つからない。
……部屋を沈黙が満たして行く。
……しばし経ち、ヒルデガルドが言う。
「……リオネル様」
「はい」
「お願い申し上げます。今夜は同じベッドで、私と一緒に寝て頂けませんか」
「…………………………」
「何も言わなくとも構いません。何もしなくて構いません。ただ私を抱きしめて、お眠りになってくださいませ」
「分かりました……」
リオネルは同じ経験をした事がある。
以前、英雄の迷宮において、リオネルへ愛を告げたミリアンを、
抱きしめながら眠ったのだ。
その時と同じく、リオネルはヒルデガルドを優しく抱きしめながら、
眠りについた。
安心したのか、ヒルデガルドは目を閉じ、すぐ寝息を立て始める。
何か楽しい夢でも見ているのか、ヒルデガルドは満面の笑みを浮かべていた。
リオネルは声を出さず、「おやすみなさい」と口を動かし、
少し遅れて眠りについたのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
……翌朝、愛するリオネルに抱きしめられ、ぐっすり眠れてさっぱりしたのか、
ヒルデガルドの雰囲気は一変していた。
リオネルの胸の中で、ぱちっ、と目を開けると、元気よく、
「おはようございます! リオネル様!」
朝のあいさつをし、「にこにこにこっ」と微笑みかけたのである。
対してリオネルも柔らかく微笑む。
「ヒルデガルドさん、おはようございます」
「うふふふ、昨夜は申し訳ありませんでした。将来の事は先日お約束しましたのに、ぐずぐずと弱音を吐いてしまいました」
「いや、俺の方こそ至らなくて何も言えませんでした。本当に申し訳……」
とリオネルが言うのをさえぎり、
「いえいえ! リオネル様は本当に誠実な方だと改めて実感致しました。軽薄な男性なら、偽りの言葉をささやき、私をつなぎとめ、あの場を適当にやり過ごそうとしたはずですから」
「………………………………」
無言のリオネルを見て、ヒルデガルドは雰囲気を切り替えるように言う。
「それよりリオネル様。私、昨夜あったローランド様からのお申し出をお受けしようと思います」
「……そうですか。メリットが大きいし、賢明な判断だと思いますよ」
……昨夜あったローランドからの申し出とは、
ヒルデガルドの『冒険者登録』である。
「アールヴ族の上級魔法使いたるヒルデガルド様なら、ランクB以上、いやランクAは確実でしょう。特例として、依頼遂行なし、本部闘技場の魔法行使のみのランク認定試験で、登録可能なように、私の方で手配致しましょう」
冒険者ギルドはワールドワイドな組織である。
この世界の殆どの国の都、都市、町に、冒険者ギルドの支部がある。
ギルドの冒険者として登録し、支給される所属登録証は、身分を保証し、
入国や町村へ立ち入る際にも、煩雑な手続きを簡略化してくれるという、
大きなメリットがあるのだ。
また、施政者ではなく、冒険者としてフリーに動ける可能性もある。
さすがに、昨夜その場で即答はしなかったが、
ヒルデガルドは、リオネルとの別離の可能性に思い悩みつつ、
この件も熟考していたらしい。
ちなみに出立前に、ヒルデガルドが冒険者にと、誘われる可能性も見越して、
イェレミアスには了解を取ってある。
「じゃあ、朝食後、ブレーズ様へ連絡を入れますね」
「はい! 何卒宜しくお願い致します」
という事で……リオネルとヒルデガルドは、起床。
身支度を整え、ホテルのレストランで朝食を摂った後、
魔導通話機を使い、秘書クローディーヌ経由で、ブレーズへ連絡を入れた。
昨日の今日で連絡を貰い、ブレーズは喜び、早速ローランドへ伝え、
きゅうきょ手配が為された。
急な話だが、本日午後1時、
冒険者ギルド総本部の闘技場で魔法行使の試験を行うと、連絡があった。
そして何と!
驚いた事に、試験にはローランドとブレーズがじきじきに立ち会うという。
「リオネル様」
「はい」
「少し緊張しています。ランク認定試験では、どこまで私の実力をお見せすれば宜しいでしょうか?」
「全てを明かす事はありません。上級レベルの攻防魔法を、ひとつずつ披露すれば良いと思いますよ」
ヒルデガルドは、水属性、風属性ふたつの属性魔法を使いこなす、
「ええっと、水属性、風属性、両方の属性魔法を使うべきでしょうか?」
「いえ、どちらか片方だけで構わないと思います。俺も表向きは風のみの魔法使いになっていますから」
「な、成る程。で、水と風、どちらが良いとリオネル様は思われますか? アドバイスをお願い致します」
「そうですね。ヒルデガルドさんと一緒に修行している時に感じましたが、水属性魔法の方が発動がスムーズですから、そちらで行きましょう」
「了解です」
そんなこんなで、30分前の午後0時30分にブレーズとゴーチェが迎えに来て、
リオネルとヒルデガルドは、冒険者ギルド総本部内の闘技場へ。
おおがかりな魔法行使訓練に備えて、
強固な魔法障壁がフィールドへ張り巡らされている。
狙いが外れた攻撃魔法がフィールド外へ出るのを防ぐ為だ。
観客席の一画には、特別席が設けられ、
屈強な護衛に守られ、ローランドが着席していた。
しばし経って、魔法発動の準備が出来たとゴーチェから告げられる。
そんな中、やはりヒルデガルドは緊張気味だ。
リオネルが柔らかく語りかける。
「落ち着いて、ヒルデガルドさん、いつもの訓練通り、発動すれば何の問題もありません」
「は、はい!」
「大丈夫! 俺がついていますよ」
「はいっ!」
愛するリオネルの言葉は絶対的な魔法の言葉。
……緊張が解け、リラックスしたヒルデガルドは、
まず水属性攻撃魔法高水圧弾をスムーズ&正確に撃ち、
更には、高さ20mにも及ぶ防御魔法の水壁を、これまた完璧に発動。
ローランド、ブレーズや試験官に認められ、
文句なくランクAに認定されたのである。
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